伝統工芸/伝統産業の独自性を活かしたイノベーションの起こし方(スズサン:前編)
2021年8月16日(月)17:00~19:30に、連続講座「実践者から学ぶ、ブランドデザインの哲学と手法」の第1回目を開催しました。第1回目のテーマは「オリエンテーションとデザイン経営」とし、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏を講師に迎え、講演が行われました。
村瀬氏からは、スズサンがどのように海外で販路を開拓し、売上を伸ばしてきたかを、海外展示会での実例を交えてご紹介いただいております。
本記事は前編とし、村瀬氏の講演から、製品を流通させるために必要なもの・ブランドを作る意味・ビジョンを持つ重要性についてまでの内容を掲載しました。
講演の前に、司会進行のミテモ株式会社 代表取締役 澤田 より、本日のテーマは「オリエンテーションと伝統産業」だが、主な内容は伝統工芸/伝統産業の独自性を活かしてイノベーションを起こし、「どのように価値を生み出していくのか」であることが話されました。
また、伝統産業の事業者が海外進出とブランド開発(イノベーション)に取り組む理由について、1)伝統産業の日本市場は縮小傾向であるが、2)海外のラグジュアリー市場は未だ成長市場にあること等の解説がありました。
伝統工芸/伝統産業の独自性を活かしたイノベーションの起こし方
続いて、村瀬氏の講演が行われました。
スズサンは2008年に村瀬氏が立ち上げたブランドです。この講演では村瀬氏から、1)スズサンというブランドの例、2)イノベーションの起こし方が共有されています。
そもそもイノベーションとは
村瀬氏は、2008年にブランドを立ち上げた際、株式会社スズサンに保管されている過去の型紙を改めて見てみたそうです。それを見ていると、先人である職人たちが各時代に合わせて意匠(デザイン)を作り出してることが再確認され、「本当に素晴らしいことが続いてきている」と村瀬氏は思われたとのことでした。
そもそもイノベーションとは「今、イノベーションが起こった」という、ひとつの出来事ものではなく、時代に合わせてイノベーションが繰り返されている、出来事の連続であると村瀬氏は指摘します。
また、その「イノベーションの繰り返しが型となり、道筋として伝統になった」とも説明がありました。伝統は過去のものではなく現在進行のイノベーションである、ということは村瀬氏の考えの大前提になります。
ものづくりのための5つのエッセンス
続いて、キックオフ・イベントでも解説いただいた5つのエッセンスについて解説がありました。
(5つのエッセンス)
①技術
②知識
③経験
④センス
①、②はどちらかというと職人、ものづくりをしている人のテリトリー
③、④はどちらかというとデザイナーのテリトリー
この①~④の4つを掛け合わせると「良いものというのは出来上がる」と村瀬氏は言います。しかし、ある日、「それだけではどうも足りないぞ」ということに気づかれたそうです。
ものは自分では動かない
良いものが出来上がった後は、それを誰かに伝えなければなりません。ものは自分では動かないためです。ものは、誰かにそのものが出来上がったことを伝え、動かさなければ流通していきません。
村瀬氏は、良いものが出来上がったものを伝えるために必要な5つ目のエレメント(要素)は、情熱、だと言います。
情熱は「love」「愛」という言葉にも置き換えられますが、「ものを動かす力」のことです。マーケティング用語に置き換えれば、「ブランディング」とも言えますし、「情熱=マーケティング」と言っても良いことだろうと村瀬氏から解説が加えられました。
情熱は伝える力、発信する力です。一方で、より一般的な意味での情熱もデザインをする段階、ものを作る段階で必要になります。その意味合いでの情熱は、出来上がった後にものを動かすための「原動力」になるからです。
村瀬氏は、「良い技術が、良い知識があって、というところがあったとしても、結局『情熱のないものだったらものっていうのは動かない』というのも改めて感じています」と話されました。
製品が「ブランド」になる瞬間
この講演では、情熱、要するにブランティングとマーケティングについて解説を行うと村瀬氏から改めて説明されました。そこにつながる話題として、まずはブランドについて話されています。
技術があれば製品は作ることができ、ブランドがなくても製品を流通させることはできます。では、なぜブランドというものが必要なのでしょうか。
村瀬氏は、ブランドを作って、3年目くらいのときに「実感値として『あ、ブランドになったな』という瞬間」があったと言います。
スズサンの初期の頃から取引があったセレクトショップが、南ドイツのシュトゥットガルトにあります。
2008年当時は資金に乏しく、半年に1回程、ストールなどをスーツケースに入れて、そのショップに新作を見せにいっていたそうです。半年に1回の取引を重ねるごとに段々と売り上げも伸びていきました。
3年を過ぎたある日、そのショップから「次のデリバリーはいつなの?」と電話がかかってきました。そのショップのバイヤー兼オーナーに時期を尋ねた理由を聞いてみると「実は、うちのお客様がスズサンの次の製品を買いたい、見てみたい、と話しているから聞きました」という答えがきました。
現在(2021年)ならば、Instagram 等を介して、新作が出来ればすぐに消費者にイメージを届けることが可能です。しかし、2011年当時は、現在のようにはインターネットが普及しておらず、お客様はスズサンの新作をまだ見ていない状態でした。まだ見ていない状態でありがなら、スズサンの次の製品を欲しいと要望を出したことになります。
要するに、そのお客様の中には「スズサンのストールというものは『良いもの』で『私に合うもの」で、『まだ見ていないけれど、もうイメージとして欲しいもの』」というようになっているわけです。
そのことに気づいたときに村瀬氏は、「あ、ブランドになったな」と感じたと言います。製品が「イメージとして欲しいもの」になるというのは、1つの製品だけで成せることではありません。3年間、新しいものを作り提案し続けたことで、お客様の中にスズサンというブランドイメージが出来上がった、ということになります。
ブランドが出来る、というのは「イメージを作る」「イメージを作り出す」ということだと村瀬氏は言います。
ブランド化する意味は「why」にある
上の写真はスズサンの2022年春夏の新作です。 もしも、ブランド無しに製品を流通させるだけならば、絞りのストールを作ってそのストールの写真だけを載せれば良いことになります。
しかし、スズサンというブランドでは、現在の社会情勢を反映させた「JOURNEY」というテーマを掲げ、ブラウンの肌の男性とベトナム国籍でドイツ生まれの女性という二人を起用し、ドイツの田舎に行って、この車(MINI)と一緒に写真を撮っています。
つまり、絞りのストールというwhatの話ではなく、「なぜ、今この時代にこれを作るのか」「なぜ、我々が、あえて手仕事で、この素材を使って、この色で、こういう世界観を伝えたいのか」というwhyの部分が、ブランドとしてやっていく意味である、そう村瀬氏は考えていると話がありました。
「どうなりたいのか」を心に持ち続ける
また、ブランドを作る上ではブランドポジショニングが重要になります。ブランドポジショニングは「地図のようなもの」と考えて良いそうです。
例えば、パリコレでは1週間で約5,000ブランドがパリに集まります。その約5,000のブランドからなる地図の中で、①自分がどこにいるのか、②どういうものを発信したいのか等を確認する作業というのは、ブランドを作る上で非常に重要です。
「自分たちのコア技術」と「資金力」等の関わりの中から「何ができるのか」を考えることも重要な切り口になります。
しかし、村瀬氏は、「皆さんに敢えてお伝えしたい」と前置きをし、「何ができるのか」よりも「何になりたいのか」「どうなりたいのか」というビジョンを持つことがポジショニングを検討する上で必要であると話されました。また、ビジョンは、最初は「夢」でも良いと説明がありました。
スズサンの12年間の道のりは、村瀬氏が「どうなりたいのか」という夢を常に心に持ち続け、その夢を計画的に実現していくプロセスだったそうです。
ブランド創出・海外進出の初めの頃というのは、様々な困難が連日出現します。資金力がないこと、お客様がいないこと、ものが作れないこと、言葉が通じずにコミュニケーションが取れないこと、現在は、そもそもCOVID-19の影響で海外に行けないという壁もあります。
「何ができるのか」をスタート地点にして、ひとつひとつ出現した壁に取り組むよりも、「どういう風に自分がなりたいのか」というはっきりとしたビジョンを心に持ち続け、それを現実にするために計画していく方がその壁を越えやすいだろうということです。
村瀬氏の経験から
次に、村瀬氏のはっきりとしたビジョンが実現した成功例について話がありました。
ミラノの目抜き通りに、50年以上の歴史がある老舗のセレクトショップ「BIFFI」があります。そこは本当に素晴らしい、世界中のバイヤーが注目する目利きのブティックです。村瀬氏はスズサンを始めて3、4年目の頃に、スーツケースに製品を入れてそのブティックに訪ねたそうです。
初めて「BIFFI」に入ったときに、村瀬氏は「セレクトといい、世界観といい、本当に素晴らしいお店だ」と感じ、「まだこのお店には置けない」「自分自身はまだこのレベルには到達していない」というのがわかったと言います。そして、店員に「あなたのお店は本当に素晴らしいと思います。いつか、あなたのお店の、ここに入れるように頑張りたいと思います」と伝えました。すると、その店員は「いつか、あなたのものがこのお店に並ぶのを待っているわ」と返事をしてくれたそうです。
月日が経ち、スズサンが「BIFFI」のあるミラノの「WHITE MILANO」という展示会に出展したところ、朝早くにひとりのバイヤーが訪れました。そこで製品を紹介していると、そのバイヤーは「ねえ、じゃあ、オーダーしたいわ」と言ったので、村瀬氏が「なんという名前のお店ですか?」と聞いたところ、その店名は「BIFFI」でした。
最初は、すごく小さなオーダーだったそうです。しかし、村瀬氏の心中ではとても大きなオーダーでした。「ついに、あのお店にスズサンの商品が並ぶ」ことになったわけです。
「BIFFI」とスズサンの付き合いは継続し、8年目になります。毎シーズン、継続的にオーダーがあるそうです。2018年のミラノ・コレクションの期間、「BIFFI」のショーウィンドウのインスタレーションをスズサンが手がけています。スズサンの新作コレクションを並べて、世界中のバイヤーが注目するセレクトショップである「BIFFI」のお客様を招待しての店内イベントも開催されました。
これは、村瀬氏が「BIFFIにスズサンの商品を置いてもらいたい」という夢(ビジョン)を持ち続け、その夢に向かって計画を立てて実行することで、結果的として夢が現実になったという一例です。
これを踏まえ、村瀬氏から、これから海外進出を始める方に向けて以下のアドバイスがありました。
「何になりたいか。どうぞ、その自分が描ける『最大の夢』というのを、まずは心に描いてもらいたい」とのことです。
(後編に続く)
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