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世界的な建築デザインチーム Herzog & de Meuron のデザインアプローチと日本の工芸の可能性(連続講座 第3回)

名古屋市発の「伝統産業海外マーケティング支援プロジェクト」における第1期事業がフランス・パリ市での展示に向けて大詰めを迎える中、第2期も本格始動に向けて、6回の連続講座が開かれました。第1回と第2回は前年と同様に基礎講座として開催されました。続けての第3~6回講座では、各界からマーケティング、流通のプロフェッショナルや、実際にヨーロッパに於いて活躍されている方々をお迎えしての講演会やトークセッションが行われました。 今回は、2022年6月10日(金)開催の第3回講座のレポートをお届けします。

第3回のテーマは、「世界的な建築デザインチーム Herzog & de Meuron のデザインアプローチと日本の工芸の可能性」とし、ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)の元デザイナーとして活躍され、現在は独立され建築家・写真家としてスイス・バーゼル市を拠点に活動を続けていらっしゃる平林大輔氏を迎え、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の、統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏との、対談形式を中心に進行されました。

冒頭、司会進行のミテモ株式会社代表取締役 澤田より、「日本のものづくりの中心地であり、その生活文化を支えてきた名古屋ならではの、技術、文化、精神性を活かしながら、世界の需要を獲得し続け、自走できるブランドを創出する」と、本プロジェクトの趣旨説明がありました。その後、平林氏ご自身による自己紹介を踏まえ、「地域の独自性を世界から評価される価値に転換する」をテーマに、平林氏と村瀬氏を中心にトークセッションが展開されました。

左上が村瀬氏、右上が平林氏、下がミテモ・澤田

多国籍・多種多様な環境で生まれるもの(ヘルツォーク&ド・ムーロンの現場から)

村瀬氏:平林さんとお会いしたのは2年くらい前、共通の知り合いの紹介で知り合いました。今回、建築家として活躍されてきた平林さんと、このプロジェクトでご一緒できることとても嬉しく思います。
先ほどの自己紹介の中でも地域性というところをキーワードとしてお話しされていましたが、平林さん自身、マルチカルチャーの中で育ってきて、いろんな国を渡り歩きながら、就職されたヘルツォーク&ド・ムーロンの中にはいろんな国籍の方がいらっしゃると聞きました。だからなのか、組織自体もとても面白いと思いますし、クリエイティビティの生み出し方が面白いなという印象を持っています。

平林氏:当時ヘルツォーク&ド・ムーロン・バーゼル事務所には300人ほど、30~40か国の国籍の人たちがいました。組織の在り方自体が日本とは違い、どのプロジェクトを始めるにも白紙から始めます。その場所を見て、歩いて、食事しながらも常に考えていて、「見ること」が一番大事。建築予定地の下見では、そこにある街並みや人を眺めながら、食事をしている時でもスケッチを始めるし、食器の写真を撮ることもある、ただ行くのではなく歩いて、見ることが一番大切です。人がどう生活しているか、どういう洋服を着ているか、その時はただ興味があって見て写真に収めているだけなのが、後になってこれを使えるんじゃないか…と。

村瀬氏:「これがヘルツォーク&ド・ムーロンだ!」という建築がないという、特徴がないことが特徴になっていることが面白く、常に白紙からというのは、凄いエネルギーだと思うし、何十年もアイデアをゼロから出し続けるヘルツォーク&ド・ムーロンって凄い!と思っています。

平林氏:ジャックもピエールも凄いのは、今72歳でこれまでにたくさんの建物を建てていて、それでも白紙に子どもの様にスケッチをし続ける。「空に雲みたいに浮かんでいるようなものができないかな」とか、5歳の子供が考えるようなことを言い続け、考え続ける。

どんな職業でも、経験を積むにつれ色々なことを知ると、次第にそのような子どもの様なスケッチができなくなるんですよね。でも、色々なことを忘れて鉛筆で可愛いスケッチができるのは凄いと感じています。

村瀬氏:建築って規制がある中で自由の限界があると思いますし、そこが面白いなと思います。敢えて既にある企画の中でロンドンのテートのような四角の建物を作ってもいいわけだし、東京のプラダのように斜めのものもありますよね。

平林氏:プラダの時は表参道を歩きながら、ここにある建物とは違ったものができないかと皆で考えているうちに、ハウス&プラザというコンセプトができ、低めでワイドでなく、高めで狭いものを作るために、規制があって上部を三角形にしなくてはならなくなった。スイス人がイタリア人のクライアントと、あの場所で作ったから、ああなった。コンセプト作成にかける時間が普通なら1~2か月のところ、ヘルツォーク&ド・ムーロンは1~2年かける。そこに付き合ってくれるクライアントさんでなくては成立しないのです。

自身の中にある日本人としての感性

村瀬氏:私の場合、色々な国の間を行き来する中で、自分はやはり日本人だなと思えてきました。自然の中に風景に溶け込んで、一旦受け入れてそれにフィルターをかけてもう一度出すのが日本人らしさなのかな? 無理矢理に人間の力を誇示する人間ありきの都市の作り方がヨーロッパで、日本は人間よりも上のところに自然が壊れる前提のものがあるそういうところから、シンプルなものが生み出されているのかもしれません。自分が日本人である思える感性とはどんなところにあるのでしょうか?

平林氏:森の中で何か創るなら、ヨーロッパの考え方だと石でお城を造っちゃうけど、日本だったら森の木を切って、暗いところに明かりを作って、そこに斬った木でお寺を建て、そのお寺で障子を開けると周りに溶け込んで、でも台風が来たら壊れてしまう、テンポラリー性のもの。デリケートなものは凄く日本人的なものかと思っていて、「がつん」「ごつん」としていない、自然の取り込み方。風が入ってくるようなところでしょうか。

村瀬氏:日本の中にある一つの地域である「名古屋という地域」を、いかに切り取って創っていくかを常々考えていて、今回かかわってくださる方を敢えてヨーロッパ在住の方達にしているのは、どういう風に日本を見ているのか、日本以外に住んでいる人の目が是非欲しいと思ってのことです。

平林氏:一番重要なのは、名古屋に行って職人さんに会うだけではなく、周りにあるものや風土や、色々なものを見ること。どれだけWEBサイトを見ても、働く場所や作業している様子を写真で見せてもらっても、それは人から見た目でしかありません。壁に貼ってあるもの、天井からぶら下がっているものなど、背景にあるものも含め1~2時間ぼ~っと座って見ていたい。作業がどのくらい時間がかかるものかは写真でなく、何日か居て体験しないとわからない。使っている道具も実際に使っているところを見たいし、見ながらイノベーションできるかもしれない。バーゼルにいて思うのはバーゼル出身ではないから、バーゼルを見る目が違うんじゃないかなと思います。海外から来ているがゆえに、そこに住んでいる人にとっては、当たり前にあるバス停のベンチも「このベンチは、なぜ木でできているの?」とか、そういう目で見ないと見えてこないものがある。

名古屋の持つ魅力と課題

村瀬氏:名古屋に住んでいない人として澤田さんから、名古屋を見るとどうなんでしょうか?

澤田:名古屋の引き出しの多さ、真摯にモノづくりに向き合っていこうとしている姿勢は 随所から感じられますが、伝えきれていない。地元の方々が愛着はあるが自慢しないというのはもったいないところだし、より外の人たちの目線を導入していきながら、皆さんが愛着を持っていること、やってらっしゃることを、誇らしくもっと発信できるのではないかなと、この1~2年強く思っています。

村瀬氏:ヘルツォーク&ド・ムーロンでいえば、造ることで、その都市のランドマークができていて、 びっくりするような建物ですけど、街の人は誇らしく思っていて、僕が知る限り、街の人が一つとして「何でこんなの、作っちゃったの?」って思うものはないように感じます。地域の人の生活を本当に、じっくり見ることでそれが出来上がっているんだなと思います。

澤田:ローカル性に目を向けてみると、神社仏閣や歴史がしっかり根付いていて、そこにルーツを持っているものづくりが多くある。ローカルカルチャーを自分たちで作り出されていて、そこに愛着を持っている。創造性が至る所にある。文化性の密度を磨いて尖らせていき、一つ一つの要素を外部の視点で捉えて磨いて、尖らせていくうえでのポテンシャルはあると思います。是非一度平林さんにも来て、実際に見ていただきたいと思います。

村瀬氏:20歳まで名古屋で暮らして、そのあとで外に出てからの人生でのほうが、「こんなものがあったんだ」という発見が多かった気がします。

平林氏:海外に1回出ないと自分の居た所への見方が変わらない。外に出て、他を見て、戻ると、「何でこうなってるの?」と疑問がわいてきます。

村瀬氏:サンフランシスコの友人に円空(仏師)のカタログを見せたら、コンテンポラリーですごくかっこいいと言い、どこで共通感覚を生み出すか、自分が出したいものとずれていて面白いし、その中でどうアジャストするかが面白い。アダプターを作るような感覚。各国の形も大きさも違う電気プラグをつないで電気を通す。自分は、そんな役割なのかなと思っています。ぜひ、このプロジェクトでやってみたいところです。

平林氏:ここ一年やってみて、今から2年目で新しくやってみたいことはありますか?

村瀬氏:建築という新しい視点が入ったことで、空間という捉え方ができるようになりました。今までは身につけるものが多かったけれど、生活に触れるもので、何かできないかなと思っています。

文化・生活様式の違いから感じ取り、得られること

澤田:常にその空間に過ごす人を中心に、生活者の文化の違い、その国・地域の生活に違いがある中で、空間の中にいる人に合わせていくために、どういう風に観察アプローチして理解を深めているのか教えてください。

平林氏:特に特別なことはないのですが、35年間、海外に住んでいる経験からの感覚はあると思います。例えば、ディナーパーティーの時にどういうものをどう使っているか、どういうところに住んでいるか、経験があるからであって特別にリサーチしているわけではないですね。ただ、イスラエルは、出張で行ってみただけなのでちょっと違って、もう少しリサーチが必要でした。行ったときは勿論、帰ってきてからもインターネットでのリサーチや、クライアントミーティングで向こうからプレゼンしてもらって、「こういうものがあるんだ」と。出張で行くとホテルとレストランしか見られませんから。

澤田:今回、実際にパリへ参加者の皆様に行っていただく時に、現地での対話の中から気づけること、現地で何を観察すれば今後のものづくりに生きるかというのは、平林さんのおっしゃるようにホテルの中にいただけでは学べないことですよね。

村瀬氏:メゾン・エ・オブジェ(展示会)に何度も参加していますが、アテンドはスタッフに任せて、散歩に行くことがよくあります。「油を売りに行く」という表現がありますが、油を売っているその間に会話した相手が友人を連れてきてくれたりしますし、そこの場所だけにいないということは、私も常々考えていることです。

平林氏:私もイスラエルのプロジェクトに関わっている時、どうしても見たい歴史的な「壁」があったのですが、危険だから行ってはいけないと言われて。それでもどうしても見たくて一人で行ってみました。結果、凄くインスピレーションを受けました。出張では、ミーティングだけでなく街を歩かないといけないのだと思います。

村瀬氏:コロナで外出規制があった頃は外に出られないから、どこからインスピレーションを得たらよいのかと思った時期がありました。植物を育て始め、そこからインスピレーションを得た新作をまもなく発表します。見方を変えれば「そこにもあった」と思えた訳です。皆さんには、滞在期間中に色々なものを感じ取ってもらいたいですし、日々受け取れることはたくさんあるのかなとも思います。

日本のものづくり・技術について

澤田:「地元や地域の良さはそこから出てみないと」という話があって、海外で30数年のキャリアを歩まれる中で、客観的に日本を見ていて、可能性、価値、面白み、課題を感じることは何でしょうか。

平林氏:直接、伝統産業に触れたことはなく、今回このプロジェクトに参画するにあたり様々リサーチして思ったのは、ヨーロッパには無い技術がたくさんありました。歴史のある技術を使って、デザインしながら、コラボレーションすれば受入れられると思います。フランスはずっと前からそれをやっていていろいろなブランドが成功しています。ルイ・ヴィトンやエルメスでは、大昔のトランクを作る技術、乗馬用の鞍の技術から、今のブランドに繋がっています。300年~400年の技術を使って、若い人にクールと言ってもらえるものができると良いと思います。

村瀬氏:伝統産業が常に形を変えていくことは、ヨーロッパに学べることの一つだと思います。隣同士の国であっても言葉が違うと並んでいるものも全然違います。お店を覗いてみるだけでも、生活者と近い場所だから、どういうものが店頭に並んでいるのか、現地の生活をイメージするには有効な手段かなと思います。

欲しいと思われるモノづくり

澤田:モノづくりをするうえで大事な要素・ほしいと思ってもらえる顧客にとっての価値とは何か見抜く、それがビジネスとして成り立つのか、技術的に可能なのか、この3つが全て満たされることが、ものづくりをするうえで大事だと私自身は思っています。現地のライフスタイルの情報量を日本にいながらすべて得るのは難しい。こういった状況下において「欲しいとは思われるものは何か」を補完してくださる現地の生活を理解し、欲しいものを洞察してくれる人をチームに入れることが大事だと思っています。それぞれの役割が完全に分かれていると難しいですが、言われたとおりに作るのではなく、それが良いというデザイナーが持っている背景を自分もわかろうとする。どこまでできるかわかろうとする。実現可能なのかどこが重なるところなのか、一緒に探っていくためにしっかり対話を深めていくことが、良いモノづくりに繋がると思っています。

村瀬氏:職人とデザイナーのバトルも起こるかもしれない。過去に工場では大反対されたが、現地の生活をよく知っているドイツ人セールススタッフは売れると言う、といったようなこともありました。結果的に売れました。 このプロジェクトの中で、そういうフィルターを何度か通そうと思います。例えば漆を知らないドイツ人が初めて手にしてどういう反応をするか、興味があります。その情報を日本の職人にもデザイナーにも伝えたいと思います。

平林氏:漆を知らない人が漆を手にした時の反応ってすごく大事で、プラスチックだと思われないものを作らないと、漆を知らないヨーロッパ人には売れません。漆以前に大切なことで、手に取って「これ綺麗!」と言ってくれて初めて「これは名古屋の…」と話ができる。 日本の文化を知らないところで売るときに、例えば、みそ汁を飲む文化の無いところで、漆のお椀に200ユーロ払うことはありません。職人さんにとっては「変だ」と捉えられることでもオープンに考えて、「可能性があるのではないか」と思ってほしい。

村瀬氏:イスラエルの建築でも生活の中に日々あるものと考えていても、イスラエル文化圏以外の人が切り取ってできた建物があの建物。イスラエルの人が作っても、ああはならなかった。

平林氏:「なぜ?」と言われても、モックアップを作って試してみると反応が変わったことがあります。初期の段階でダメ、進めないというのではなく、試してみることが大切です。

村瀬氏:東京での建築でもそうですけど、わざわざスイスのヘルツォーク&ド・ムーロンに頼むのはそこなんじゃないかな。そういった意味で人選を行い、信頼できるデザイナーの方々にお願いしている分、職人の方々と良いものを作っていただけると思っています。よろしくお願いします。

平林氏:50年後100年後の人々にも使われ語り継がれ、インスピレーションとなるものを作りたいと思います。

平林大輔氏 プロフィール 
1980年大阪生まれ。1984年から6年間ニューヨークに住み、 帰国から3年後の14歳からロンドンに4年間住む。その後ポルトガルに移り2年間高校生活を送り、卒業後は米国ボストンマサチューセッツ芸術大学基礎コースに入る。そこで「空間的に考えるアート」を学んだことから建築に興味を持ち、大学卒業後はハーバード大学大学院で3年半建築学を専攻した。大学院時代に、自分の視点の大切さ・人前でプロジェクトをプレゼンすることの重要性に気付く。
卒業後スイスのバーゼルに移り、2008年〜2017年にかけて世界的に有名な建築事務所である ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)で建築デザイナーとしての経験を積む。 その間にイスラエル国立図書館、Novartis Office、Tate Modern Project Londonなどの数々の有名な建築プロジェクトに参画した。2017年に独立。現在、写真家としても活躍中。

※Herzog & de Meuronとは、ジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンの 二人で1978年に開業した現在では世界的に有名な建築事務所です。

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