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いまさらEBS。誤情報についてのやりとりが素晴らしかったのでシェアします。個人的には非常に学びになりました。

先日変な情報(日本で既にEBSが放送されている)が飛び交いましたが、当然私はスルーでした。そういうのにはほとんど興味はありません。(※EBS:緊急放送システム➡世界緊急放送の意)


ただ面白かったのは、この誤情報に対して警鐘を鳴らされた佐藤さんと読んだ方の誤解へ向けての再投稿です。そのやりとりが大変勉強になりました。


ありがちな反論に見事に対応しており、パラレルワールドや信じれば実現するなどの単純な思い込みに対して、適切に分かりやすく言語化して説明していました。


佐藤氏は、モヤモヤして言葉にならないことを整理整頓し、言語文章化する能力に秀でていて、その言葉選びや表現の仕方を学びたくnoteにシェアを兼ねて置いておくことにしました。太字は私が施したものです。


2023-11-23

【EBS情報の虚偽、誤訳、コメントと考察】


佐藤芳明

皆様、おはようございます。昨日、”アミエルアルストン氏からの緊急メッセージ”と題されるEBSに関する情報(「ウルビーが投稿していましたので紹介します」と記されていました)について、誤訳と虚偽が含まれる旨を指摘する以下の投稿を行いました。

【警鐘】このEBS情報は虚偽と誤訳を含むものです。
has just gone offはオフになったではなく、「放送された」。日本は今現在EBSの最中という意味で、完全な虚偽情報です。EBS関連の情報は不用意に拾うのではなく、慎重に吟味すべきでしょう。和多志はほぼすべて偽情報と捉えています。EBS関連は。

☞ 投稿後19時間経過した現在、共感リアクションは89名。
その他、興味深いコメントがありましたので、その内容について、少し立ち止まって考えてみたいと思いました。

◆OMさんコメント:「そうなんです…365日こんな調子で、もうすぐです、何日です、と数名リツイートしてます。彼らは相互フォローで繋がってます」(共感1名)


☞ EBSに限らず、覚醒イベント系の情報について、アライアンスが直接発する情報というのはなく、すべてメッセンジャー経由で流れてきます。たとえば、フィル、ウルバリン、マークZ、アレックス・コリア、ジュディ・バイントン、ベンジャミン・フルフォード、メディア・グリア等々。

ですが、彼らとて、流す情報がすべて真実という保証はなく、ときに誤情報を意図的に混入させていることは、たとえば、フィル自身もみとめています。

今回のウルビーがひろった、アミエルアルストンのメッセージというのを、わたしは音声で実際に聞いてみましたが、緊張感のない声で、やや冷めた感じというか、やらされてる感のあるイメージでした。ですが内容的には、はっきりと「日本でEBSが発信され、今現在日本はEBSの最中です」と虚偽の発言を行っていました。


やはり、意図的な誤情報発信と推測するほかありません。

なんのためか。主に考えられるのは2通りあります。

ひとつは、アライアンス側が意図的な誤情報を流してDS残党の尻尾を掴みやすくしている。

今一つは、アライアンス系の情報を装った偽情報が流通してしまっているという場合。

前者の場合は、一緒に騒いでも大過はないかもしれませんが、後者の場合はスルーしないとまずいということになります。


現段階では、決めうちはできない。ということは、乗ってはいけない情報だということです。



◆MNさんコメント:「EBSに何故そこまで、拘るのか、私には理解できません」(共感1名)


☞ むしろ、拘る心理自体は、分かり易いと思います。そもそも、庶民の覚醒度が低い、いまだにマスク民が過半を占めているという現状など、はっきりいって、放送メディアがDSカバールだからです。だから、それをジャックして、緊急放送で、テレビしかみないシープルにも目覚めてもらうのだというのは、誰しも願うところです。


そういう願望はわたしも、強く抱いています。その「必要性」と「願望」というのは、あまり議論の余地はないと思っています。

ですが、ここから先、勘違いが生じやすい点であり、以下の2件のコメントは、その勘違いと通ずると思うのですが、上のような虚偽と誤訳をEBS情報について指摘しているという、わたしの行為を、まるで、そのような願望をわたしが抱いていない、それはけしからん、なぜ一緒にEBSを希求しないのか、お前がそういう考えだからEBSがいまだに起こらないのではないか、とまるでそのように考えてしまう人がいるということ、これがどうもひっかかる点です。

コメントを見てみましょう。

◆TYさんコメント「僕たちは既にサーベイランスが存在しないので、ひとりひとりがパラレルワールドを持てるんですよ。だったら、早く終わる未来を想像すれば、引き寄せられますよね。後は多数決だけでしょ」

(※サーベイランス➡調査監視)

☞ サーベイランスが存在しない。そうでしょうか。
SNS上で、ボットや工作員が今に世論を操作していますね。Google検索の結果は、個人で全て異なっていることをご存知ですか。

検索履歴が違うのですから当たり前ですね。その他、個人情報、趣味、友好関係、エンゲージメント等の履歴の集積が、推奨されるコンテンツすべてを変えている。

つまり、インターフェイスそのものが監視の結果なのです。そういう事実認識の甘さが、まず気になります。


ひとりひとりがパラレルワールドを持てる。可能世界というのは、もちろん、複数のシナリオを受容することでしょう。夢はいくらでも見ることが可能です。しかし、生きる現実は同時的に2つというわけにはいきません。

「早く終わる未来を想像すれば、引き寄せられる」これは、ある意味正しいのですが、”条件つきの真” ではないでしょうか。常に真といえる命題ではない。ポイントは、道理にかなっているか否かです。

たとえば、寒くて暖かいお湯が欲しい、水を沸かしたいと言う場面で、水の入ったヤカンを見つめて、湯になれ湯になれと、想像しても、永遠にそれは起こらないでしょう。それを世界中のひとで願望しても、実現しない。道理にかなっていないからです。


ですが、コンロにかけて加熱している状態であれば、その願望は理にかなったものとなり、実際に早く沸くということは、量子力学的にあり得ないとは断定できないと、わたしは思っています。サイコロでも願ってふれば、その数字が出やすくなるという統計もあるくらいです。


上の緊急放送の虚偽と誤訳といったのは、EBSに関する情報自体に、「誤訳」が含まれており、そもそもの元発信情報が「虚偽」を含むという「事実」を(私は)指摘しているのです。


そのような「虚偽」や「誤訳」を含む情報にもとづいていくら何かを願望しても、それは道理にかなわないために、筋の悪い徒労に終わってしまうのです。



しかも、それがもし上でみたような、いわくつきの偽情報であった場合には、その邪な波動にのせられて願望を抱くことによって、その願望に邪な波動が共鳴して、ますます願望の実現が遠のくということすら起こりえるでしょう。

ですから、

願望を抱いて、引き寄せる、というときには、偽りや誤りを含む認識からスタートしてはいけないのです。

それは思考や感情の濁りとなって、その濁りの波動が社会をまた濁してしまうのです。


まずは事実関係をしっかりと見極めて、真実性が高いところを確認した上で、純度の高い願望を抱くことによって、願望の実現へと近づけていく必要があると思います。


◆TFさんコメント:「信じるか信じないかはアナタ次第で、そこを強制や矯正することはできません。皆がいるその居場所が三次元なのか五次元になのか、スマホの中の二次元か、内在神とまで言わないですが、自分に聞けば答えは出ます。自分がどう有りたくて、何が気持ちが収まるかそこです。信じるならそれが答えではないでしょうか」(共感4名)



☞ 「信じるか信じないかはアナタ次第」というのは、おそらくわたしが、指摘した「虚偽」「誤訳」というのが、まるでEBSという事象そのものをわたしが否定していると誤解されたために出てきたコメントなのでしょう。


わたしは、EBSという事象の価値そのものを否定しているわけではありません。そもそも、そういう趣旨の投稿ではない。

「和多志はほぼすべて偽情報と捉えています。EBS関連は」と述べたときですら、「情報」や「発信」についての純度を懐疑的にみていると言う意味であって、EBSの事象そのものを否定しているのではありません。


メッセンジャーが発する情報、インフルエンサーが無批判に垂れ流す情報が、ほとんど偽物だろうと推測して述べているに過ぎません。そして、それはこれまでの経緯からして、確率論的に真の命題になっているのです。


「信じるならそれが答え」というのも、上でみたのと同様の問題が残ります。いわゆる思考は現実化するというあれですが、思考と感情と意志が全人格的に糾合されて一つの方向へ向かうときに、限りなくある事態の実現へと接近するでしょう。ただし、個人と社会では、後者に複雑な相互影響を考慮しなければならないと思います。


人々がみな心をひとつにして信じるに足りる事象とはどのようなものでなければならないのか。そこに虚偽や誤情報が含まれていては、その条件は満たせないという条件が残るでしょう。


その条件を満たすような事柄については、集合意識を高めて、みなで願望を抱くということが健全な結果へと接近することに通ずると思います。


ということで、EBSひとつとっても、その事象自体と、それをとりまく情報というのは、必ずしも一枚岩ではないということですね。


そこをいったん、縦分けて捉えていかないと、「情報」にふりまわされたり、それに足元をすくわれたりしてしまうのではないかと思います。そうならないように、情報のありよう、その内実、意義、因縁、影響等を絶えず、問い直す必要があると思います。


情報をコントロールするのは我々です。情報が我々をコントロールするのではない。


今まではそうだったのですが。

それでは、皆様、よい一日を。ごきげんよう。

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