マガジンのカバー画像

小説(しょうせつ)

50
noteに掲載している小説や脚本をまとめたマガジンです。
運営しているクリエイター

#眠れない夜に

掌編小説|『夜を駆ける』

作:元樹伸  霞の中を流離うような浅い眠りのせいか、真夜中になって目が覚めた。  スマホで時間を見ると午前一時過ぎ。どうやら床の上で眠っていたらしい。部屋の電気も点いたままだ。  ああ、そうか……思い出した。  昨日はこれまで気になっていた彼女に振られて帰宅した後、冷蔵庫の酒をがぶ飲みしたんだっけ。  それから未練たらたら、彼女が写っているスマホの写真やメッセージを眺め、想い出にも足らないような記憶の欠片に浸っているうちに、いつの間にか意識を失ったらしい。  あれか

青春小説|『タイムリープ忘年会』

『タイムリープ忘年会』 作:元樹伸 第一話 忘年会の誘い  年の暮れになって、久しぶりに高校時代の友人から電話があった。聞けば、年末に部活OBの忘年会があるという。平成元年の今年は、成人したばかりの後輩たちも参加してくれるらしい。 「つまりは松田も来るってことだ」  幹事を務める同期の真関くんが、電話口で含みのある言い方をした。 「へぇ」  勘ぐられたくなくて、気に留めないそぶりで相槌を打ってみせた。けれど僕の気持ちはすでに過去へとタイムスリップしていて、好きだっ

掌編小説|『パンと小麦粉』

作:元樹伸  僕は以前から同じクラスの佐波さんが好きだった。  彼女はいつも窓際の席で静かに本を読んでいて、僕はその姿を遠くから眺めているだけで胸が苦しくなった。  そんな彼女に異変が起きたのは今週に入ってからのこと。これまではお弁当を持参していた佐波さんが、何故か昼休みにあんパンばかりを食べるようになった。育ち盛りの十五才に起きた食生活の急変。彼女に何が起きているのか心配になった。 「購買のあんパンって人気ないけど、食べてみると美味しいよね」  佐波さんがあんパン

掌編小説|『傘子さん』

作:元樹伸  千晶が通う小学校の通り道には、朝子さんがいます。  朝子さんは黄色い旗を手に、いつも横断歩道を渡る千晶たちの安全を守ってくれていました。  でも彼女はいつもしかめ面で、小学生たちから怖がられていました。  それに彼女は晴れた日でも赤くて小さな傘を腰にぶら下げていたので、みんなからは朝子さんではなく、傘子さんと呼ばれていたのです。 「今日も傘子さんがいるぞ」 「こら、悪ガキども!」  男の子たちが面白がってからかうと、傘子さんは顔を傘みたいに真っ赤に

掌編小説|『給食当番』

作:元樹伸  うちのクラスのA男くんは給食当番をしているとき、いつも私のお椀にだけ沢山のおかずを盛ってくれる。  はじめは気のせいだと思って、配膳で並ぶときに毎日気にして見るようにしていた。だけどやっぱり私に入れるおかずだけが、自分の前後に並んでいる子たちと比べても圧倒的に多いのは間違いないみたいだった。  だからって私はたくさん食べるように見える太んちょじゃないと思うし、彼にそんなことを要求した記憶もなかった。もしそう見えているのなら泣きたいくらいショックだけど、他に

掌編小説|『噛みつき魔(起の巻)』

作:元樹伸  昔馴染みのカザミには、興奮するとすぐに噛みつく癖がある。  この悪癖はどんなに注意をしても直らないらしく、俺は今でも彼女と喧嘩をして噛みつかれることがあった。  俺たちはこれまで同じ小中学校に通い、同じ高校を受験して合格した。  白磁のような肌を持つカザミは清楚にして可憐、さらに優秀でハイソな存在であり、女子にとっては憧れの対象、男子にとっては高嶺の花であった。  ところが俺は美男でもないし運動音痴の引きこもりで、学校の成績も中途半端と質素を絵に描いたよ

掌編小説|『古ぼけた社則』

作:元樹伸  ある時、会社の設立と同時に入社した女性社員が、急にやめたいと言い出した。でも彼女は真面目で仕事ができる人だったので、社長としては引き留めたかった。そこで彼は女性社員と面談をして、理由を聞くことにした。 「考え直してはもらえないだろうか?」 「それは無理です」 「なら理由だけでも教えてほしい」 「言いたくないと申し上げたはずです」  女性社員は頑なだったが、社長は根気強く彼女を説得しようとした。 「もちろん聞いたことはここだけの話にする。しかしこれま

掌編小説|『バレンタインデー』

作:元樹伸  二月十四日。セント・バレンタイン・デー。  昨今は日本でも女性が男性にチョコを渡すという慣習が薄まり、性別に関係なく好きな相手にチョコを渡す世の中になりつつあった。そして僕には好きな女の子がいたので、この機にチョコを渡してみようと考えていた。  でもいざとなると、どんなチョコを渡すのが良いのかわからずに迷った。彼女は同じ吹奏楽部。たまにおしゃべりをして笑い合うだけの仲だけど、そんな人が気負いなく受け取れるチョコとは一体どんなものだろう。  昔のドラマや映

掌編小説|『地球最期の日』

作:元樹伸  二〇XX年、某日。  早朝に僕を叩き起こした母親が「これを見て!」と、テレビの電源を入れながら言った。テレビでは報道番組が放送されていて、『地球滅亡までのカウントダウン』というテロップが大きく表示されていた。 「これってどういうこと?」  詳しい情報を求めて携帯端末でニュースを確認する。どこも地球滅亡の記事が話題を独占していた。  有識者による研究チームの発表によれば、地球に小惑星が衝突するのは今から数時間後だという。被害は甚大かつ壊滅的で、上空や地下

掌編小説|『湯本さんの番台』

作:元樹伸  年の暮れに大事な用事ができたので、久しぶりに地元まで戻ってきた。  懐かしい田舎の駅に降り立ち、目的の場所まで歩きながら街並みを眺めていると、遠くに長い煙突が見えた。あれは昔ながら銭湯、湯本の湯。当時、賃貸で家にお風呂がなかった少年期の僕は、いつもこの銭湯に足しげく通っていた。  今から十五年前の夏。  時代はまだ昭和で、僕はちっぽけで負けん気の強い小学五年生だった。  その日は学校で水泳があり、授業の前半は女子がプールを使って、途中から男子と入れ替わる

掌編小説|『一途な恋』

作:元樹伸  つい先日まで探偵の仕事をしていた。ところが浮気調査をしている最中に思わぬ事故に遭い、俺は仕事を続けられない身体になってしまった。  しばらくは絶望に駆られて寂れた街を彷徨い続けた。だがそんな時、俺はあの子を見かけたことで、生きる望みを取り戻した。  彼女はちょうど一人で買い物に来ていて、俺はその姿を遠くで眺めながら、今すぐにでもお近づきになりたいと思った。だけど俺と彼女は月とすっぽん。提灯に釣り鐘。こんなに醜く汚らしい男が、あんなに可憐な女性と釣り合うわけ

脚本|『モンスターカフェ』

<紹介文> 物語の序盤を読んだChatGPTの感想の一部を掲載します。 序盤の感想なのでモンスターのことに触れてませんが、本編のつづきにも興味を持っていただけたら嬉しいです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「モンスターカフェ」は、物語が秋葉原の小さなお店で展開される作品です。主人公の千尋は、お店の経営に悩む父親と共に暮らしています。千尋は大学に進学したいと思っており、そのためにお金が必要です。千尋はメイド喫茶でアルバイトをしながら勉強に

短編小説|『漫才童子』

<紹介文> 時は平成。 今年十年目の若手芸人、久遠亜紀は人生の節目に立たされていた。 さらに彼女は同期の人気芸人コンビの二人の間で気持ちが揺れ動く。 仕事か恋愛か、それとも……彼女が選ぶ道は? <登場人物> 久遠亜紀 物語の主人公 殿居   人気芸人コンビ、トノ&カシンのトノ 香椎   人気芸人コンビ、トノ&カシンのカシン。亜紀の同期 ヒロキ  とつぜん亜紀の部屋に現れた、謎の少年 ◇ ◇ ◇ ここから本編がはじまります 漫才童子 作:元樹伸 第1話 売れっ子と低空

掌編小説|『シャンゼとリミと弓使い』

作:元樹伸  ある大きな森の中に、とてもちいさな村がありました。  村にはリミという心のやさしい娘が住んでいて、彼女は木こりのお父さんといっしょに、毎日森へと出かけました。  リミは小川の岸辺に腰かけて歌を唄い、お父さんを応援するのが日課になっていたのです。  森にはいろいろな動物や木々、そして妖精が住んでいて、村の人たちにたくさんのめぐみを与えてくれました。  風の妖精シャンゼも、この森で生まれました。  シャンゼという名前は、森の神様が祝福とともに贈ってくれま