生き残る製品は「ちゃんとした」の脇にある

先日、雑談をしていて「その視点は無かった」って反応を頂いたお話。確かに技術者でないと、こういうヒネた視点は出づらいのかも。

...

全ての工業製品分野で言えることかどうかは知りません。でも、コンピュータの分野では、真理と言っていいくらい当てはまる法則として…

製品として生き残るのは「ちゃんとした」な技術に基づくものではなく

「ちゃんとした」を少しだけ崩した技術に基づく

…があります。

Android OS や iOS の重要な土台として存在している Unix は、かっちりと設計された MULTICS という OS を参考に、開発者の手元にあった廉価なミニコンでも動くようにユルく簡素化した実装が起源です。

結局商業的にはイマイチに終わったと言わざるをえない MULTICS がどれくらい"かっちり"だったかというと、今でも教科書に(悪い例としてではなく)載るくらいには、高いレベルでした。

MULTICS は PL/I というプログラミング言語で記述されていましたが、Unix は、PL/I よりも遥かに設計がグダグダな B言語 (BCPL言語の劣化版) で書かれました。後に C言語で書き換えられましたが、C 言語にしたって、計算機科学の成果が採り入れられている他の言語に比べるとお世辞にも「ちゃんとした」言語ではありません。ちなみに、この C 言語、今でも現役です。現在有効な車載系(ちゃんとしていないと交通事故死者が出る)ソフトウェアの欧州標準規格に「C言語を使った開発が行われることを考慮しろ」という項目があったりします。

Android OS は、Unix 系の OS である Linux を使っています。Linux は、分散システム研究の第一人者である Tanenbaum 教授が教育用に作った(非力な IBM/PC で動作するよう妥協はあるものの、設計としては「ちゃんとした」) Minix という OS を参考に、当時大学院生だった Linus が作ったものです。どう考えたって教授と大学院生とでは力量が違うわけで、実際初期の Linux のコードは酷いものでした。でもあれから 20 年以上経って、圧勝したのは Linux です。

Windows や MacOS などのウインドウシステムが、「ちゃんとした」研究所である Xerox PARC の成果の、劣化コピーから始まったことは割と有名かもしれません。 

みんな大好き iPhone は、「ちゃんとした」思想や実践に基づく Dynabook という構想からクリエイティビティを骨抜きにした劣化コピーであると、教育系や純粋オブジェクト指向系の原理主義の人々からは見られています。

ソフトウェアのバグが出ないようにするにはどういうプログラミング言語であるべきかという研究はあって、それに基づく成果も具体的にあります。しかし、それらをガン無視するかのように、相対的に「ちゃんとしている」とはお世辞にも言いづらい言語、JavaScript や Ruby や Python や PHP は大人気です。今もバグだらけのシステムが、量産されています。

これらを俯瞰すると、「ちゃんとした」技術は意外にもシェアを持てず、そこから少し崩した技術が生き残りやすいことが、経験則として浮かび上がります。

...

とはいえ、「ちゃんとした」技術を追い求める必要がないかというと、もちろんそんなことは無いでしょう。軸として存在していないのに「少し崩す」は無理ですから。

「大事だが、生き残る確率は低い。」「技術の進歩のため、投資の価値はあるのだが、そこからの直接回収は期待できない。」

そういうことを想定しながら、投資を行うなり開発に身を投じるなりを検討する余地がある、というのが当業者BOTの中の人の直感です。

...

以上、つらつら書きましたが、この辺りで本丸へ。

暗号通貨も、ソフトウェア技術です。よって、タイトルに挙げた法則がそのまま成立する可能性があります。

ビットコインは、諸々革命的ではあります。しかし、計算資源の効率化/最適化という計算機屋さんが重視する点では、ちゃんとしているとは言い難い技術です。というか落第レベルかも…? ただし、実際に価値保存や交換のシステムとして動作していますし、実用としては十分に合理的です。

Enigma、ちゃんとしている感じ、ムチャクチャあります。萌えます。でも、どこか、ちゃんとしすぎている感も、あります。(中の人の直感です。Enigma 推しの気分を害するのが目的ではありません。)

匿名系技術はどうでしょうか? サイドチェーン系はどうでしょうか? ストレージ系は? Ripple 社の、NEM 財団の、その他諸々の特徴的な技術はどうでしょうか?

それらは、どれくらい「ちゃんとした」技術でしょうか?

いつも斜に構えて世の中を見ている中の人は、そんな目で暗号通貨技術を眺めているっぽいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?