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暗号通貨と NO WARRANTY

消費者・投資家の保護行政が介入している「仮想通貨」を含めると、話が複雑になるので「暗号通貨」について、本稿では取り扱います。概ね、改正資金決済法が発効した 2017 年よりも前であれば、異論反論の余地はりつつも、本稿は概ね通用していたはず。

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暗号通貨は、源流をサイファーパンクに由来し、自由ソフトウェア(って言葉に馴染がなければ  "オープンソース" って言い換えても本稿では構いません)の従兄弟みたいなものです。これは、識者らが再三指摘しているので、歴史に詳しくなくても耳にした方は多いのではと思います。

ところで、この文面をご覧になったことはあるでしょうか?

THE SOFTWARE IS PROVIDED "AS IS", WITHOUT WARRANTY OF ANY KIND, EXPRESS OR IMPLIED, INCLUDING BUT NOT LIMITED TO THE WARRANTIES OF MERCHANTABILITY, FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE AND NONINFRINGEMENT.

参考和訳を添えます。

ソフトウェアは「現状のまま」で、明示であるか暗黙であるかを問わず、何らの保証もなく提供されます。ここでいう保証とは、商品性、特定の目的への適合性、および権利非侵害についての保証も含みますが、それに限定されるものではありません。

これは、MITライセンスと呼ばれる、ソフトウェアの使用許諾契約の一部です。bitcoin-core を始めとする、暗号通貨系のソフトウエアの多くが、この MIT ライセンスに基づき使用が許諾されています。

MIT ライセンスは、ソフトウェアの利用者に 2つ求めています。それらのうち、本稿にとって意味を持つのは「無保証」です。

使ってもいいけど、その結果、何らか不利益があったとしても、作者たちは責任取らないので、よろしく。

これは「自己責任」と言い換えても良いのかもしれませんが、「自己責任」という語を都合よく使う際に伴いがちな「弱者切り捨て」のニュアンスはありません。

当業者BOTの中の人は、この「無保証」の言い換えとして適切な語は「無保険」だと思っています。

日本の SNS で「おれは自動車の運転が上手いから、任意保険は入らなくて問題無い」って言ったら、炎上待ったなしですね。なぜ袋叩きかというと、上手くても事故を起こす確率はあり、貰い事故から加害事故を引き起こす可能性もあるからです。そういうことが日本では過去に何件かあり、共有知となり、自動車運転するなら任意保険に入るのが常識となっています。

自由ソフトウェアも、何も考えずに利用する場合、実は「無保険」の状態で自動車を運転するのと大差がありません。大きな事故が何度も起きておらず、特にITリテラシの低い日本では、共有知となっていないだけです。

自由ソフトウェアも、「無保険」のままでは危ないので、実際には各種の保険をかけることになります。この「保険」は、弱者だから掛けるのではありません。潜在的なソフトウェアの(広い意味での)脆弱性に対して、情報強者もまた、時には無力です。

最も原始的な保険の掛け方は、ソフトウェアの内部を理解して、必要に応じ開発に参加することでした。しかし、これは敷居が高い。

次の保険は、組織化でした。Free Software Foundation, Opensource Initiative, Linux Foundation, Eclipse Foundation などなど、複数の財団が発生し、開発の費用分担や、知財権の管理などを現在も行っています。 

知見のある会社とサポート契約を結ぶという保険のとり方もあります。RedHat はこのビジネスで急成長しました。不振だった IBM の復活も、サポートビジネスへの転換が大きな要因の一つでした。

実際に、損害保険会社が取り扱う保険商品が組まれているケースもあります。

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長らく、自由ソフトウェアの話が続きました。暗号通貨に話を戻しましょう。

暗号通貨もまた、サイファーパンクを源流として持ち、暗号技術のみを信頼の拠り所としています。秘密鍵の漏洩や紛失は、情報強者も起こし得ます。弱者だけに起こるものではありません。 Twitter や Facebook でドヤ顔の識者たち、GitHub で活躍中の暗号通貨エンジニアたちに「セルフGOXしたことありますか?」って聞いてみると良いです。嘘だと思うなら。

暗号通貨というのは、本質的に「無保険」の存在なのです。そこに「弱者/強者」の概念を落とし込むと、「弱者保護」なる概念が発生し、おそらく諸々が歪みます。(…誠に残念なことに、日本の「仮想通貨」がまさにソレなわけですが )

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暗号通貨は、自由ソフトウェアの肩を借りている後発概念です。よって組織化に関しても、自由ソフトウェアが辿った道を、概ね沿っているように思われます。

分かり易いのが、組織化ですね。Foundation (財団)乱立です。

…ただし…次の段落は、当業者BOTの中の私見なのですが…

バブルで膨れ上がった時価総額と、それを狙う悪意あるエンジニアによる強奪リスクがあります。インシデント発生時に、財団が損害の直接補填は不可能であることが、直近数回の事案から浮かび上がっています。財団は、何を保険として提供するのか/しないのか。財団当事者のみならず、暗号通貨の利用者側も興味を持つメリットがあるはずです。

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自由ソフトウェアのときにも一部見られたのですが、暗号通貨において少し異なった発達を遂げている概念に「コミュニティ」があります。

情報共有の互助組織といったところで、これも「無保険」緩和の一環として作用するようです。自由ソフトウェアの世界にも、彼らが「ユーザグループ」と呼ぶ組織が存在し、それぞれのソフトウェア毎に特徴があります。ビットコイナーとモナコイナーとでは似ているが違いがある、みたいなものです。

ただし企業体が偽装した「コミュニティ」を除き、基本的には無償ボランティアの集まりです。場合によっては、サーバ運用などで自腹を切っているユーザさえいます。「コミュニティ」もまた、インシデント発生時における存在の直接補填はできません。 Foundation よりも損害保険としての能力は低いのは、容易に想像がつくでしょう。

このように損害保険としては著しく脆弱な「コミュニティ」ですが、暗号通貨において、奇妙な発展を遂げているように見えます。

具体的に言うならば、損害保険としての能力が著しく低い 「コミュニティ」 を、暗号通貨の価格形成の基盤となる価値として認定しようとする動きです。いわゆる "コミュニティが強い" という言説です。ここから「運営」なる概念がスピンオフし、自腹を切っているユーザに対し、損害保険機能を要求するに至っている姿も観測されているように思います。

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健全な意味での「コミュニティ」…草の根で楽しくやっていこうという方々を悪く言う意図はないのですが、pump 勢のイイように利用されつつあるというのが、当業者BOTの中の人の率直な概観です。

そして、なぜ利用されてしまうのかというと、「NO WARRANTY」の意味の取り違え、または咀嚼不足であると見立てています。

もし今後も「コミュニティ」が大事だというのであれば、「無保証」「自己責任」「無保険」「弱者/強者」諸々の語をステークホルダの利害関係と共に整理し、組織論に落とし込む。そのようなことを要する、時期が来ているように思います。

誰がそれを為すべきか、それは知りません。

当業者BOTの中の人は、有事にインシデント排除のための「タスクフォース」が結成されることはあり得たとしても、平時の「コミュニティ」なんて本当は無い方が良いくらいに、暗号通貨に関しては思っていますので。

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