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新たな冒険へ〈■幕間の物語〉

とある日のパパラチア博士の話です。
※本編はSVストーリーのネタバレが含まれています※


 その本は古代を、その本は未来を描き示すものである――。

 緋色、あるいは紫色の表紙に覆われたそれには、とある大穴を調査した人間によって描かれた探検記のような内容が記されている。どれも現実離れした話が多く、世の人間からはやれ絵空事だの虚言だのと嘲笑され、軽視されていた。しかし一方でこの本の内容に夢を抱き、思いを馳せ、それを現実のものにしようと生涯をかけた者がいたのもまた事実。けれどもそれは世に広まることなく、抱いた夢の果てに呼び寄せられた存在と共に静かに沈黙し、雲に覆われた断崖の檻の中に封じられた。

 ——今も、あの大穴は人界から隔てられた世界として古代と未来が現在と混じり合い、混沌たる渦を巻き続けているのだろう。大衆の目に触れることもなく、混沌はやがて共存という誰かの夢を形作るように、一つの生態系として姿を変えていくのかもしれない。

 ノルンタウンのポケモン研究所。膨大な資料の山に囲まれた机に向かい、パパラチアは二冊の本を読み耽っては唸っていた。
「スカーレットブックとバイオレットブックかぁ……なかなか面白い内容ね……探究心がくすぐられちゃう…………」
 先日、パルデア地方の研究者仲間から送られてきた本なのだが、内容はどれも突飛で現実離れしたようなものばかり。どちらもヘザーという著者によって執筆されたものだが、内容が内容なだけにパルデアの人間にとっては殆どがホラ話だの夢物語だのと信じてもらえなかったそうだ。実際、パパラチア自身もこの本の内容を全て信じている訳ではない。しかし、全てが嘘だとも思えない。
 特異な環境下で形成された独自の生態系やポケモンと呼んでいいのかも分からない未知の生き物達、叶うものなら実物を拝見したいところだが、現地へ赴くには何かと手続きが不便かつ危険地帯であると言われているので結局のところ想像でしか彼らに思いを馳せるしかできないのがなんとももどかしく感じる。
「エリアゼロ……大穴……見たこともないポケモンなのかも分からないもの……あ〜ぁ、一度でいいから行ってみたいなぁ…………ま、許可取れなさそうだけど」
 ぱたりと本を閉じ、緋と紫の表紙を見つめながらため息を吐いた時、近くの棚から分厚い資料の落ちる音が聞こえてきた。
「あ、また! こら! 大人しくしてなさい!」
 音のする方を見ると、ポケモン達が取っ組み合いの喧嘩を始めている。喧嘩……というよりは組み手や戯れ合いに近いものだ。炎を模した鎧をまとった小さなポケモン同士の取っ組み合いに、周りのポケモン達はキャッキャッと声を上げて歓声を上げている。いずれも先日パルデア地方から送られてきたばかりのポケモン達だった。
「カルボウ、特訓は外でって言ったでしょ! ニャオハもホゲータもクワッスも煽らない! もー、散らかさないで!」
 落ちた資料を拾い集めていると、いつの間にか二体のカルボウが取っ組み合いを止めてパパラチアの側までやって来た。ぐいぐいと白衣の裾を引っ張り、せがむように近くにあったモニターを指している。
「また観たいの? 仕方ないなぁ……」
 机に置いていたリモコンでモニターを操作すると、カルボウ達は一目散にモニターの前まで走って行く。
〈コランダポケモンリーグチャンピオン防衛戦! 立ちはだかるのはチャンピオン・ルヴィニ! 挑戦者は——〉
 今もなおコランダの頂点で輝く、まだ少年の面影が残った顔つきをしていた赤毛の幼馴染の姿が画面に映る。興奮した様子で手を振りながら熱心にバトルビデオを観始めたカルボウ達を見て、パパラチアは小さく息を吐く。

「本当、何回観ても飽きないのね、君達は」 何度観ても食いつくように夢中になってバトルを観続ける二匹のカルボウと違い、他のポケモン達は互いに噛みついて戯れ合っているところをパパラチアは掬うように拾い上げた。 TVモニターの向こうではポケモン達がフィールドを縦横無尽に駆けている。尻尾で宙を舞うライチュウを捕らえようと青いニンフィアがリボンの触手を伸ばして苛烈な攻撃を仕掛け、二人のトレーナーが朗々と指示を出しながら激しい攻防を繰り広げていた。 カルボウ達は瞳に宿る紅蓮と蒼炎を燃やして画面の向こうにいる二人のトレーナーを見つめている。それぞれの瞳の炎と同じ、赤と青の髪色をした青年達が真剣な表情で戦っているところを見ると親近感が湧くのだろうか。「やっぱ若いなぁ、十年くらい前のだっけ」 今も王座を守り続ける赤毛の青年に、今や大企業の社長となった青髪の青年。思えばこれがそれぞれの道へ進む時に行ったラストバトルだったな、とパパラチアは緩く口元に弧を描いた。「……さ、君達もそろそろ旅立ちの準備をしないとね」 そう言って腕に抱いた小さなポケモン達を床に降ろす。新芽のような色合いの毛並みを持ったくさねこポケモン、大顎と林檎のような特長が現れた赤いほのおワニポケモン、艶のある白い体毛と水々しいクリームで頭の毛をきっちりとセットしているこがもポケモン。どれもパルデア地方では旅立ちのパートナーに選ばれる三匹のポケモン達だ。「ニャオハ、ホゲータ、クワッス」 三匹を整列させて種族名を呼び、その小さな目線に合わせるようにパパラチアも膝を着く。「もうすぐ、君達のところに新人のポケモントレーナーが来る。君達は彼らと共に新しい世界を見る旅へ出るかもしれないし、新しい住まいで一緒に暮らすかもしれない。ポケモンと人間、その数だけ沢山の素晴らしい出会いと経験が君達を待っているんだ」 それは君達だけしか見つけられない『何か』を手に入れることができる。私やパートナーや誰のものでもない、君達だけの特別な価値を持つもの。

 言うなれば、それは————宝物。

 ——ピンポン、と玄関のチャイムが鳴る。冒険の時間はすぐそこまで来ていた。
「よし、皆! レッツゴーだよ!」
 パパラチアが玄関へ駆けて行き、ドアを開ける。後ろから軽快な足取りでついてきたニャオハ達が出迎えた一人のトレーナーの前まで行くと、行儀よく並んだ。緊張気味の顔を三匹が興味津々と見上げている様子を見て、パパラチアは歓迎の言葉を述べる。
 
「ようこそ、ポケモン研究所へ! 君が来るのを私もこの子達も待っていたんだよ! さぁ、これから君と一緒に冒険の世界へ旅立つパートナーを選んでね!」

 これから君達だけの夢と冒険が待っている。それを見送る立場を、いつか輝くであろう素晴らしい原石達を、私は心から嬉しく思う。


※お知らせ※
パルデア地方のポケモンが2023/03/01(水) 0:00より解禁されます。詳細は公式HPでお知らせ致します。