動き出す光と闇〈■幕間の物語〉

第二回目公募に合わせてイベント『真夏ノ巨人ノ巣穴』終了から数ヶ月経った時系列となります。季節は冬です。


「さびぃ~~~~っ!」
 モッズコートのフードに顔を埋めながらルヴィニはふるふると震える。波のように押し寄せる調査団の一件に関する書類仕事に溺れながらも、やっと休暇をもぎ取ることができた休日。チャンピオンとしてではなくただのルヴィニ・ハーヴィとして、ダグシティにあるギャラルホルン・エンタープライズの本社ビル前で待ち人が来るのを相棒のソウイルを湯たんぽ代わりに抱えながら待っていた。ふわふわでもちもちしたパンケーキのような色をしたアローラライチュウの身体は抱き締めるととても温かい。
「ちゅう……」
 主人がコートのフードと自分の背中へ交互に顔を押しつけているので、ソウイルは迷惑そうに眉間に皺を寄せている。
 ――早く来てよ、ルヴィニのせいでせっかくブラッシングした毛がボサボサになっちゃうじゃない。そう思っているとやっと待ち人がエントランスから出てくるのが見えたので、丸みを帯びた尻尾で主人の背中を叩いた。
「お待たせ、ルヴィニ」
「やっと来たか……」
 聞き慣れた声に振り返ると、高級感のあるシックな黒のコートに身を包んだ身なりの良い男が柔らかく微笑んでこちらを見ていた。傍らには青いニンフィアがソウイルに親しげに挨拶する。
「エントランスで待っていればいいのに。ソウイルが湯たんぽ代わりにされて嫌がってるよ」
「嫌がってるなら俺に電撃浴びせてくるから大丈あべべべべべべ」
 余計な一言を言ってしまったばかりに苛立ったソウイルから電撃をお見舞いされてしまったルヴィニは、パッと彼女を離して倒れた。
「まったく……本当に君は変わらないね」
「変えようがないだろ~……」
 待ち人であるギャラルホルン・エンタープライズの社長であり幼馴染のサフィロに助け起こされながらルヴィニは唇を尖らせた。
「ところで、お前大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」
「え? 参ったなぁ……薄くファンデかけて誤魔化してたのに」
「大変だな、社長も」
「社員に弱いところは見せたくないからね……」
 サフィロは困ったように笑うと、コートの襟を直す。
「実はポケモンの盗難に遭っちゃって」
「はぁ!?」
「あっ、僕のじゃないよ! 会社のポケモンでね……」
「いや、それでも大事件じゃねぇか!」
「うん、まぁ、事件っちゃ事件だよね……」
 サフィロは軽く笑うが、すぐに溜め息をついた。
「ここじゃ寒いし人も通るから移動しようか。車を停めているから乗って」
「あれ、お前運転できんの?」
「GEの若き社長は車からジェット機まで何でも運転できますよ」
「ハイスペック過ぎる」
 悪戯っぽく笑うサフィロについて行き、ルヴィニとソウイルは彼の車が停まっている駐車場まで歩いて行った。

「……――で、どこまで話したっけ?」
「ポケモンが盗難に遭ったところ」
「あぁ、そうだったそうだった」
 黒塗りの高級外車の助手席で寛ぎながらルヴィニはサフィロに話の続きを促す。
「あれは一ヶ月くらい前だったかな……本社に侵入者が入った報せが届いてね。本社が保管していた貴重なポケモンが盗まれてしまったんだ」
「どんなポケモンなんだ?」
 サフィロはチラリとルヴィニの顔を横目で見て、一呼吸置いた後に言った。
「ウルトラビースト」
「……マジか」
「一番セキュリティが厳重な研究エリアにいたのにだよ……遠隔操作されていたのか警報は一度も鳴らず、警備室にいた警備員を含め当直の研究員は皆気絶させられていた。全員、犯人の顔は見ていないけど黒ずくめで複数人いたって証言があった。とても計画的な犯行だよ。なにせ研究エリアのマップは僕を含めてGEの上層部と勤務している研究員しか知らないからね」
「……まさか、この間の夏に出たって話の――」
「そう、UB『PARASITE』……ウツロイド。ラーン湾でルギアと共に大量に飛来した彼らを調査団の皆が捕まえてくれたんだけど、何体かボールごと奪われてしまったんだ」
 バックミラー越しにソウイルとサフィロのニンフィアが尻尾と触覚を使って遊んでいるのを眺めながら、ルヴィニは静かに尋ねる。
「……もう犯人の目星はついてんだろ、サフィロ」
「当然さ」
 サフィロの視線は前を向いているが、表情は先程と変わって険しい。
「――ラグナロク」
「しかも相当な手練れだな。厳重警備のGEに乗り込むなんざ、末端のメンバーにゃ不可能だ」
「うん。恐らくは幹部クラス……かな、予想だけど。戦闘に特化したり智略に長けたり、複数の幹部がいるってことしか警察にも分かってないんだ」
「幹部……か。最近記憶喪失者が各地で現れているってリーグ上層部も頭抱えてたな。けど、ここ数年目立った活動をしていなかったラグナロクがどうして今……」
「分からない。でも、幹部が動き出したって考えていいかもね。UBを奪ったとなると何か恐ろしいことを企んでいるのかも……今はまだ確証も何も無いから空想論でしかないけれど」
 サフィロがゆっくりとハンドルを切ると、大きなドームの前で車を停めた。
「とりあえず、重たい話は一旦おしまい。目的地に着いたからね」
「うぉ、でっけぇ!」
 車から降りたルヴィニはドーム型の建物を前に目を丸くする。
「これなんだサフィロ!? 新しいバトルスタジアムか!?」
「ぶー。残念ながらバトルスタジアムじゃないんだなぁ」
「なぁなぁ、中に入っていいか? こんなにでっけぇ建物なんだ、ポケモンが動き回ってもいい施設なんだよな!?」
「まぁ、慌てないで。今案内するから」
 車内で見たチャンピオンの顔から一転、子供のようにはしゃぐ幼馴染を見てサフィロは嬉しそうに笑いながら入口へと案内する。遅れて車から降りたソウイルとニンフィアは「置いていくな」と言いたげに二人の主人の尻に頭突きしながらついて行った。

 シャインニングコンテスト。サフィロの口からこの建物の使い道が説明される。各地のコーディネーターと呼ばれるトレーナー達がポケモンの技や外見や個性を魅せる為に競い合う大会、ポケモンコンテストを開く為の施設がここなのだと一つ一つの会場を案内する。この建物は今しがた入ってきた中央のドームから伸びる通路から五つの小型ドームの会場に分かれ、小会場一つにつき一つの部門のコンテストが開催される。
 かっこよさ、うつくしさ、かわいさ、かしこさ、たくましさ。五つの部門は各曜日にそれぞれの小会場で開催され、土曜日と日曜日には中央の本会場で全ての部門とランクが開催される。更に時間帯によって開かれる大会のランクが異なるのだと、サフィロはルヴィニにパンフレットを手渡しながら説明した。
 サフィロが言うには、このコンテスト会場はつい先日まで改装工事をしていたので働いていたスタッフ達はそれぞれ旅に出ていたり別の仕事をしていたらしく、ようやく工場が終わったので営業再開の為にじきにこの会場へ戻って来るのだという。
「ふんふん、このシャインニングコンテストで一番下のランクから優勝していけば次のランクに挑戦できて、マスターランクになるとこのプレシャスリーダーってのに挑戦できると……。まるでジムや公式リーグみたいなシステムだな」
「そう。プレシャスリーダーはリーグ風に言えばジムリーダーや四天王の立ち位置。彼らに勝てればジムバッジのような装飾品が手に入るんだ」
「へー面白そうだな!」
 ソウイルとくっついてパンフレットを眺めるルヴィニは目を輝かせている。
「特にコンテストにもバトルがあるってところ、めちゃくちゃ気に入った!」
「相変わらずバトルジャンキーなんだね、ルヴィニ。でもコンテストバトルは綺麗に技を決めたりしないと減点されちゃったり、色々な制限があるんだよ」
「ふーん。ただポケモンを着飾ったりして見せびらかす感じの大会じゃないんだな……」
「当然さ。コンテストも力や技、精神力や知識などが試されるんだ。バトルと同じくらいそこに熱中する人達がいるんだよ」
 サフィロの言葉にルヴィニはパンフレットから目を離さずに尋ねた。
「……なぁサフィロ、プレシャスリーダーがジムリーダーや四天王みたいな立ち位置なら、チャンピオンはいないのか?」
「流石王者。当然ながらプレシャスリーダーの上に立つ存在はいるよ。全てのコンテストを制覇したコーディネーターなら誰もが憧れる存在、その名もコンテストマスターさ」
「コンテスト、マスター……!」
 楽しげに両手を広げるサフィロにようやく顔を上げたルヴィニの目の輝きが一層増した。隣にいるソウイルだけは呆れたようにパンフレットを眺めている。
「めちゃくちゃ戦ってみてぇ……!」
「はは、土俵が違うけど僕も見てみたいな。コンテストもバトルも楽しむ君の姿を」
「サフィロもパーチも一緒にコンテストやろうぜ~!」
「奇跡的に皆のオフの日が合えばね」
「確率低過ぎる~!」
 誰もいない広いエントランスホールの中、仲の良い二人の笑い声が響いていた。


 暗い街を一人の人間が歩いている。明かりも人気も無く、煌々と空に昇る月だけが唯一自分達を照らす光だ。不意に隣を歩いていたルガルガンが唸った。視線の先を見ると自分と同じ姿の人間がもう一人ルガルガンを伴って立っている。昼と夜、全く正反対の姿なのに不気味な青の体毛だけは似ている。
〈ご苦労、レナトゥス〉
〈お前もご苦労だった、レナトゥス〉
 男とも女とも分からない不気味な機械音声を発し、二人のレナトゥスは向かい合った。
〈終末は見つからなかった〉
〈私もだ〉
 黒ずくめの格好の二人は手を伸ばし、合わせるように掌をくっつける。すると二人の姿が影となってどろりと溶けた。二体のルガルガンがその様子を静観していると、暗がりからもう一体のルガルガンが現れた。エメラルドのような深い緑の目をしているが、やはり他の二体と同じで身体の色が青い。
〈スコル、ハティ、マーナガルム。私の可愛い狼達よ〉
 影の中から声が聞こえた。スコルと呼ばれた真昼の青い狼は頭を垂れる。ハティと呼ばれた真夜中の藍色の狼は妖しく目を光らせてニタリと笑う。マーナガルムと呼ばれた群青の狼は表情を変えることはなかった。
 やがて影の中から一人の人間が出てくる。レナトゥスの影は溶けあい、一つに戻っていた。
〈……来たか〉
 レナトゥスを守るようにしてルガルガン達は四方に向かって低く唸り声を上げる。それに応じるように更に闇の中から四人の黒ずくめの人間が揺らめいて現れた。
「ご命令通り、ギャラルホルン・エンタープライズの研究エリアからUB『PARASITE』ウツロイドを数体捕獲して参りました」
〈ご苦労、フェンリル。知略に長けた狡猾なる狼よ〉
「この程度、造作もありません」
 フェンリルと呼ばれた黒ずくめは恭しく頭を下げながら答えた。
「我らが導き手、レナトゥスよ」
〈なんだスルト。猛き炎の巨人よ、不服そうだな〉
 フェンリルの隣にいた黒ずくめが不満の声をレナトゥスに向ける。
「いつ、我々の出番が訪れるのですか? このスルト、心躍る闘争をこんなにも渇望しているというのに」
〈相変らずだな。だが、もう少し堪えろ。未だこの時もフィンブルの冬は終わりを迎えていない〉
 スルトは少し唸ったが、レナトゥスの言葉に「……御意に」と従い下がった。
〈それで、ヨルムンガンド。全てを食らい尽くす世界蛇よ、資金繰りは順調か?〉
「ええ、勿論」
 ヨルムンガンドと呼ばれた黒ずくめはくすくすと笑う。
「若干数は減りましたが、ノートなどの闇市場の売り上げは半年前より上がっています。コランダに着々と人間が増えてきた証拠に市場は活気づいています。捕獲したポケモンの質も上がりましたので、更なる収入はお約束します」
〈そうか。お前はどうだ、ガルム。冥界を見張る血塗れの番犬よ〉
 他の三人が話し終えると、ガルムと呼ばれた黒ずくめは静かに前へ進み出る。
「……裏切り者や脱退者が増えつつあります。皆、意思が弱い。神罰の執行が今月に入って立て続けに三件ありました。コランダへの移住や流れ者から来たメンバーの増員により組織が肥大化しつつあるので改めて統制が必要かと」
〈ふむ……それはそれでまた面白いとは思うのだがな。今は好きにさせておけ、ただしニーベルングの支配だけは途切れさせぬように〉
「畏まりました」
 ガルムは小さく一礼するとまた静かに下がった。
〈親愛なる同士達よ。悲しいことに未だ終末は我々から遠のくばかりだ〉
 四人の黒ずくめが一歩下がると、レナトゥスは静かに両手を広げて語り始める。
〈ウツロイドの入手により、異界からの来訪者であるウルトラビーストの研究もこれで進展するだろう。ラボはガルムを中心に研究を続けよ。ヨルムンガンドは組織を活かす資金繰りを続け、スルトとフェンリルは来たるべき神々との戦いに備え、牙と爪を研いでおけ。新たな任務があればそれぞれ指示を出す〉
 レナトゥスの言葉に全員は頭を下げる。それを見たレナトゥスはそっと自らの胸の上に手を置き、機械音声でも分かる程慈愛に満ちた声で言った。

「全ては、より良き終末の為に」


【補足】
※1 描写的に人外めいていますが、レナトゥスはれっきとした人間です

※2 ラグナロク幹部のキャラクターは公募が決定していない時期に書いたものなので、あえてキャラクターを特定しづらくして描写しています

※3 ラグナロクがギャラルホルン・エンタープライズから奪ったウツロイドはガルムが任されている研究所(ラボ)で保管されている設定です。研究者キャラクターであればガルムの許可を得てラボへ出入りできるようになります(ただし入口は毎回変わるので正確な場所が分からない設定とさせてください)。