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錯覚に気付くための『半歩』の無い時代

片方だけが歩み寄っても駄目だったし。
だから突き付けた結論に「否や」と唱えもしない。
その「否や」を抱え続けたまま拗れた感情を
表明もせず『逃げる』。


平和でよろしいこと


それくらいなら腹を立てられる方がマシだ。
相手が違う価値観を持っていて、違うと感じていて、私にも推敲の躊躇くらいは生まれる。
ぶつかり合わない社会。
平和でよろしいこと。
解決能力が削がれていくだけの現実から目を背けて、一体何を得るの。



私は「腹を立てられるほどのことをした」という振り返りの機会すら与えられず。
「争わない方がいい」という他人の信念に気持ちを決め付けられる。

争わない方がいい?
みんな仲良く桃太郎するの?
違わない?

相手を大事にするために、異論を呈して、お互いに熟考する。
それがヒト科の専売特許ではないのか。


熟考するに値しないと言ってるようなもんなんですよ。

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