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一般人がエッセイを書く理由。

エッセイや日記を書いて公に披露したがる人は案外多い。

実際note内で「エッセイ」と検索すればそれ関連の記事がかなりの数表示される。

僕もそういったジャンルが好きだ。

無心になって感情を吐露するのは簡単だし、面白い。

一方で露骨に文章を使って読者を啓蒙しようとはあまり思わない。

「誰でもできる超簡単なスキの稼ぎ方」とか「人に好かれる人がやってること5選」とかそういう類の見出しから始まる記事のことである。

別にそういう記事が気に食わないとか、そんな野暮なことは思わない。

僕自身そういうブログやらnoteは読むし、参考にしたりする時だってある。

ただ書き手となるとちょっと違う。

ひとえに好みの問題である。



エッセイというと有名な芸能人や作家が仕事の片手間に書く副業っぽいものをイメージしがちだ。

そのイメージは正しい。

実際エッセイ一本で生計を立ててるケースは非常に稀で、エッセイで稼いでる人は必ず本業がしっかりと軌道に乗っている。

下記の記事にも載っているがエッセイストという職業は存在しないらしい。

職業としては成り立ちにくいものなのか。


本として売れるようなものを作っている著者はどこかしらの業界でかなりの知名度を誇っている人ばかりなのだ。

この傾向はごくごく自然なもので、何かの分野において成果をあげている人のエッセイを読むことに価値を感じるのは当然といえば当然だ。

著者が有名であれば純粋にその人の人柄に惹かれてついつい読んでしまう読者もいるだろう。

ミュージシャン、お笑い芸人、小説家など芸能界で活躍するような人が書くエッセイは出版社から執筆のお声がかかるほどに需要がある。

なぜなら本業において一定数のファンが存在しているからだ。



と、まあこういう現実を直視すると「じゃあなんでお前はエッセイ、雑記、日記を書いてるんだよ」と自分に問いかけることもしばしば。

有名人とは対極に位置する僕が書く理由は、目的は、一体何なのだろうか。


僕の場合エッセイを書く理由として真っ先にあがるのは自己表現欲求を満たすことだ。

だがエッセイを通して一番やりたいことがそれかといえば違う。

一番はやはり人に共感してもらうことだと思う。

日常の些細なことや、過去の体験談を使って読者に共感を植え付けたいのだ。

誰かの意見を聞いて共感すると、仲間ができたような安心感を感じたり、自分の意見は正しかったんだなと思えて心地よくなることはないだろうか。


そう、人は共感することにより多かれ少なかれ癒しを感じるのである。

癒しを与えたい。

それぐらいなら一般人の僕にだってできるだろ?

むしろ一般人だからこそ生み出せる共感の方が多いはずだ。

今はエッセイの種類が雑多でごちゃごちゃしてるけど、いつかは特定の人にささるものを作ってみたい。

子育てとか、仕事とか色々あるでしょう。

そのためには今以上に表現力や語彙力を高める必要があるな。

伝え方が豊富であれば共感を生む可能性はもっと高まるはずだ。


収益化したいという下心は無きにしも非ずだが、

現時点では夢のまた夢である。






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