ゼミレポート

近代文学を代表する小説家と言われたら太宰治(1909-1948)を思い浮かべる人は多いだろう。太宰治は波乱万丈かつ決して模範的な人物でないにも関わらず当時から多くの人々を魅了した。太宰の作品はどうして当時の人々を惹き付け、当時の人々に影響を与えたのだろうか。その理由を具体的に知りたいと思い、太宰が当時の人々に与えた影響についての先行研究を調べた。これから太宰の作品である『斜陽』にフォーカスして、先行研究をまとめて太宰の作品の与えた影響を解明していく。

太宰治の『斜陽』について述べた先行研究に、安藤宏「太宰治「斜陽」における"ホロビ"の美学」(東京大学国文学論集、2021年3月)がある。この論文では、敗戦後の復興や新しい日本の創設の中で『斜陽』は、人間はみな同じものであるという思想に対する登場人物の反発を民主主義への反発と捉え、GHQに占領され指示されるままに改革を行い、日本が生まれ変わる中できわめて反時代的なアンチテーゼであると述べられている。
また、孫才喜「太宰治『斜陽』論:かず子と蛇をめぐって」(国際日本文化研究センター紀要、1999年6月)では、敗戦後、ずっと進めていた近代化政策が破局し、その社会の経済、政治、文化など各方面での力関係の揺れが生じ、社会的秩序が目まぐるしく変わっていった。そのような社会の中で『斜陽』は発表されて、敗戦直後の混沌と変化の中で滅びの道を辿った人々を意味する「斜陽族」という言葉を流行させるなど当時の人々に影響を与えたとある。そして、貴婦人を貫き滅んでゆく主人公の母を「沈みゆく夕日」、変わりゆく時代にたくましく生きる主人公を「夕日の後に昇る太陽」を捉え、『斜陽』というタイトルはただ滅びゆくものではないと述べられている。

これらふたつの論文には共通して述べられていることと異なった捉え方をされていることがある。
これらの論文には共通して、『斜陽』は変わりゆく戦後の時代の中で強く生きる登場人物を描き、変わりゆくものを否定する描写があると述べられている。
一方、安藤宏は『斜陽』を敗戦後に勝利国の支配下に置かれ、今まで築き上げてきたものを容易く崩し変わっていく日本への痛烈な批判が込められていると捉えている。それに対して、孫才喜は主人公の恋と革命に自分の道を切り開く姿をこれまでの価値観を脱する姿であると捉え、『斜陽』というタイトルを変わりゆく人々のことが含まれていると述べているが、孫才喜は『斜陽』を滅びゆく人々についても焦点を当てていると捉えている。滅びゆく人々を意味する「斜陽族」という言葉が流行したことについても触れ、変わりゆく人々だけでなく滅びていく人々の存在についても述べた。
つまり、安藤宏は『斜陽』を変わりゆく人やものに注目し、それらの痛烈な批判をしていると捉えており、それに対して孫才喜は『斜陽』を滅びゆく者と変わりゆくものどちらも描かれていると捉えている。

以上のように、上記で述べてきた『斜陽』についての論文では、太宰治が戦後に発表した『斜陽』という作品は、変わりゆくものへのアンチテーゼや明確に描かれた滅びゆく人々の存在が当時の社会の人々に大きな原因を与えたと述べられている。
『斜陽』という作品は、戦後に没落した主人公一家が変わりゆく社会に流されながらも、主人公は変わろうとたくましく生き、主人公の母は貴婦人を貫き通し「最後の貴婦人」として最後を迎える姿が描かれている。変わらず美しく朽ちるものと変わっていき泥臭く在り続けるものが美しい文で綴られていると私は感じた。『斜陽』という作品は、節操もなく変わりゆく日本への批判と、変わりゆく世の中で滅びゆくものへの哀悼が描かれており、戦後間もない人々に寄り添った作品となっている。そのため、当時の人々は戦後の世の中を鏡うつしにして描かれたような『斜陽』という作品に共感し感銘しそして愛したのではないだろうか。

引用文献一覧

安藤宏(2021)「太宰治「斜陽」における"ホロビ"の美学」『東京大学国文学論集』
孫才喜(1999)「太宰治『斜陽』論:かず子と蛇をめぐって」『国際日本文化研究センター紀要』


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