【 ヒーローのかたわれ 】

「これが今回の仕事内容ね。確認しておいて」

現場監督は、そう言いながら
各業種の職人へ紙の束を渡していった。

その中のひとり、
リペア職人へ手渡された資料の中には
各フロア平面図に
印が記載されているものが入っていた。

現場となる仕上がったビルの各フロア
あちこちに印となるマステが各所無数に貼ってあり

各業者、職種毎に渡された
図面上のナンバリングが
現場に貼られたマステに反映されている。

リペア職人は
図面と現場のマステのナンバリングを
照合‥確認をして、

補修箇所に手を当て、状態を確認しながら…
いつもこう‥想いながら、作業に入る。

『(交換レベルの重傷じゃなくて良かったねぇ…)』

『(交換に負けない位、綺麗に‥治してあげるから…)』

フロアに広がる
無数のマスキングテープの印…

これをひとつ…またひとつと‥
職人の手で‥丁寧に、
見た目は元通りの様に治していく‥。

左手の手袋の甲に
どんどん重なっていくマステの切れ端。

その数と同じだけの、
綺麗になっていった…傷ついた箇所。

多くの…、
その治された箇所の事を想う度‥

きっと治された方は、
その職人の事を【ヒーロー】だと感じる事だろう

だけれど‥当の本人、
リペア職人は違う事を想っていた。

自らの手で治した箇所に手を添えて‥
度々、こう語り掛ける様に呟くのだ。

『(綺麗になって良かったなぁ…)』

『(今の私の腕じゃ完全に元には戻してやれんが
《こいつら》のお陰でだいぶ助かっとる…)』

…ぽんぽん、そう腰に手を当てながら
腰袋にぶら下がった専用工具や材料たちを
傷ついた箇所に…魅せる様に置いていく。

現物に合わせた色、質感の‥
多種に渡る‥各種補修材。

それを元の形へと‥成形する為の
各々大きさも違う、いろんな形の道具達。

そんな資材や道具たちへと向ける
リペア職人の‥
誇らしげで…温かく優しい眼差し‥。

傷の状態に合わせたものを
適材適所、選びながら
傷ついた箇所を治していく…後ろ姿。

その後ろ姿が進み、残された先には‥
綺麗なフロアの姿だけが‥そこに残されていた。

フロア全体に
無数にあったマステがなくなっていく‥

それに比例して
左手の手袋の甲に増えていく
マステの切れ端‥


最後の補修箇所が治されたとき…

その左手の手袋の甲に、
最後に残ったものは…
重なったマステの上に固まる
補修材の余剰分たちだ…。

成形時に出てしまう、
へらに残る補修材の余剰分。

時間経過と共に固まってしまうものだから

それを手袋の甲の、
回収の為に貼り重ねたマステに擦り付けて
次の作業場へと移動する。

そうして出来た
手袋の甲にある塊を見つめる‥
リペア職人の表情が、

何よりも‥、優しくも哀しい…
そんな表情をするのだ…

『また‥残っちまったなぁ…、すまない‥』

『あいつらは《建物の一部》として、
これからも残り続ける。
傷ついたところを元通りに魅せて…』

『でも、おまえさん達は…
印だったマステの塊と一緒に捨てられちまう…』

『元は一緒のもので…誇らしくも讃えられる存在なのに…成形する際にどうしても出てしまう余剰材…』

『表舞台にも立てずに、
捨てられちまうのは、心苦しいけれど…
私は、そんなおまえさん達の事も好きなんだよ‥。』

『また‥生まれ変わっておいで。
それ迄に私も少しでも余分を減らせる様に、腕を上げておくから‥』

『私の中では…、助けてくれる
《おまえさん達…全てがヒーロー…》

誰が一番か…
そんな事は決められないけど、
捨てられちまう‥おまえさん達も私にとって‥立派な【ヒーロー】に変わりないのだから…』

そう…心の中で呟きながら…、

リペア職人は、
ぽんぽん…と手を添える‥。

捨てられてしまう、
ヒーローのかたわれ達と‥お別れをして…

次の現場へと‥、後にするのだった。






~ おしまい ~



… 同じ種なのに‥切り捨てられてしまう‥ …

… 全てのもの達へ …

… どうか‥届きます様に …

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