冬なのに
オフィスに戻ると、先ずは秘書のルキノが座っている。うちの会社はアメリカの西海岸で生まれた会社だから、本社に行ってもみんなのファッションはとてもカジュアル。当然、青山にある日本法人のオフィスだってドレスコードなんてものはあってないようなもの。
で、僕が、裏にゴム引きがしてあるウールのコートの襟を立てて、更にマフラーをぐるぐる巻きにして、R246沿いの歩道を、真正面からかなり強く吹きつけてくる木枯らしになんとか諦めずにビルにたどりついてエレベーターで最上階のオフィスまでたどり着いて、寒い、寒い、って思いながらドアを開けると、ルキノがいるのだけど、冬なのにアイスグレイのノースリーブのニットだったんだ。
ハワイでの遅い夏休みから戻ってきてほどない、こんがりと焼けた30代の彼女の二の腕は、緩やかなカーブを描いている。
僕に気づくと彼女は左の眉毛をもう少しだけ持ち上げて
「おはようございます。」
という。目元のメイクがクールである。OK。
コート掛けが彼女の席の後ろのあたりにあるので、僕はそこに立ち止まり蝋引きの牛革の鞄を置き、コートを脱いでかけるまでの一連の動作を執り行う。毎日のちょっとした宗教儀式のように厳かに。
ルキノが一枚の紙を手におもむろに立ち上がり、コピー機の方へ向かう。正しくはMFPという。コピー以外の機能もあるから。彼女がさっと一陣の風のように通り抜けると、フランスの薔薇の花弁を使った香水の匂いがほんの僅かばかりあたり一面の情景を変えた。
僕は、鞄を持ち上げ、自分のオフィスのドアを開け中に入る。壁全面を覆う大きな窓から神宮球場や、代々木にあるクライスラービルみたいな形のビルや、西新宿の摩天楼群のシルエットをみつめるが、見えていない。脳裏にはルキノの二の腕のラインが再現されている。
(余計なもん見せやがって。大体、もう冬じゃねーかよ。)
そんなことを考えながら、気がつくと口元が緩んでいることに気づいて、さっと自分の顔から表情を取り除いた。
イチョウ並木は黄金色に輝き、空は蒼い。
11月。僕はまたひとつ歳を重ね、そしてまたあたらしい1日がはじまる。
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