悪いことに。。。
《小説》
トキは言った。
「お前さぁ、あのガイジンみたいな、綺麗な子と別れたんだって?」
「ああ。別れたっていうか、ある日突然、煙みたいに跡形もなく消えちゃったんだよ。一説によると、イギリスに行ったとかなんとか。。」
「今だから言うけどさ、なんであんな子がお前と付き合ってたんだか不思議でならなかったんだよな。」
そういうと、トキは意味ありげにニヤリとした。トキの本当の名前はトキオという。彼はジョン・レノンが撃たれた年に生まれた。トキオなんて外国人にも覚えやすいし、キャッチーでいい名前だと思っていたのだけど、彼はみんなにトキ、と呼ばせていた。トキオと呼ばれるのはあまり嬉しくないようだったのだ。そこで僕はある時、彼と飲んでいて名前の由来について聞いてみた。
「俺が母親のお腹にいる頃、丁度生まれる前の年の秋にYMOが流行っていたらしく、YMOって知ってるよね?それでその曲で『TOKIO、TOKIO』って言う奴があったらしくてさ。」
「あぁ、あのヴォコーダーで言ってる奴ね。TECHNOPOLISって曲だよ。確か最初のシングルだったんじゃねぇかな。」
「知らねぇよ。お前いつもそういう変なコトバを突然言い出すよな。」
「ヴォコーダー、知らないか。じゃぁ、クラフト・ワークとかジェフ・ベックがビートルズをカバーした"シーズ・ア・ウーマン”とか、」
「知らねぇーってば(笑)」
「で?」
「そう、うちの母親が『男ならトキオがいいんじゃない?』って親父に言ったらしいんだよ。親父はカズヒロとかシンジとか普通の名前が良かったらしいんだけどな。」
「ほぉ。それで?」
「ところが、年が明けて早々に、今度は沢田研二が『TOKIO』っていうそのまんまの題名の曲を出したらしいんだけど、それが悪いことにまたヒットしちまったらしくてさ。」
「で、親父さんはもう反対しなかったのか?」
「親父はその頃ちょうど、ポールがウイングスで来日するっていうんで、あらゆるコネを使ってチケットを取っていたらしいんだよ。臨月の妻をほったらかして。」
「ポール牧じゃないよな?」
「ビートルズ好きのお前なりのユーモアのつもりか?マッカートニーだよ。」
「で?」
「それが悪いことに、」
「またかよ(笑)悪いことが重なるな。」
「悪いことに、ポールが成田空港で大麻を持ち込もうとして逮捕されちゃったんだよ。それでもう親父は興奮しちゃって、ポールが収監されている東京拘置所の前に何日か居座って、他のファンと一緒にビートルズの歌を合唱していたらしいよ。」
「でも、さすがにそれとお前の名前とどう関係するんだよ?」
「それが、悪いことに、ポールが収監されていて親父が留守で連絡がつかない間に、うちの母親は産気づいてしまって、ひとりで俺を産んだよ。しばらくして戻ってきた親父が喜んじゃって、『ポールが東京にいる間に生まれた息子だから名前はもうトーキョーでもトキオでも東京太郎でも、とにかく東京だったら何でもいい!』とか言い出したらしくてさ、そのままトキオになっちまったんだよ。」
「なるほどぉ、悪いことが重ならなかったら、お前は今頃シンジだったかもしれないんだな。」
「で、親父さんは元気なのか?」
「いや、親父はその時のポールにとって、ビートルズでやって来た時以来の来日公演がキャンセルされたのがすごくショックだったらしくてさ、みずからイギリスまで会いに行くって行って言ってある朝、本当に鞄に着替えとパスポートを詰めて出て行ってしまって、それっきりもう30年以上帰って来てないんだよ。」
「えぇ!?それって、大変なことじゃないか?向こうで事件に巻き込まれたとか、旅の途中で事故にあったとか、ヤバくねぇか?」
「いや、その話は俺の母親が、俺が10歳の時に初めて俺の出生や名前の由来について説明してくれた俺の親父に関するエピソードでさ、この話の中身がどこまで本当なのか実際のところ俺にもよく判っていないんだよ。俺が物心ついた頃には既に親父が渡英した後で、母ひとり子ひとりで育ったから、親父に関する記憶は俺には全くないんだよ。」
「なるほどぉ。何か変なこと聞いちまってごめん。」
「いや、もうこの話はいつもネタにしているから全然構わないんだけどね。」
「でも、最後にもうひとつだけついでだから聞かせてもらうけど、どうして10歳の時に、名前の由来を聞こうと思ったんだ?」
「あぁ。10歳の時に、カブキロックスとかいう変な格好をした奴らが『お江戸−O・EDO−』とかいう曲を出して、小学校で流行ったんだけど、どうやらその元歌が『TOKIO』という曲らしい、ということでちょっとからかわれて、母親に聞いたんだよ。
まさか『TOKIO』と俺の名前って関係していないよねぇ?って」
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