Un homme et une femme 〜オトコとオンナ〜
《小説》
マキは言った。
「もし犬を飼うとしたらどんな名前にする?」
「うーん、『ネコ』かな?」
「なにそれ?」
「そして子猫も一匹飼って『イヌ』にする。」
「冗談としても面白く無いわよ。」
「そして、僕に子供が生まれたら、その子が言葉を覚える過程で、『犬がネコで猫がイヌで。。。あれ?』って混乱するんだろうなぁ。」
「。。。アタシが小さい頃から気づいている秘密があるんだけど。」
「うん。」
「随分と気のない返事ね。」
「いや、続きを聞きたいよ。」
「まぁいいわ。実は男と女って違う生き物でしょ?聞こえている音が違うのよ。」
「言っている意味がわからないよ。」
「だから、今アタシが「いぬ」って発音しているでしょ?これは女の子の鼓膜には「いぬ」って言う風に空気を振動させて「いぬ」って聞こえるの。でも、男の子の鼓膜を女の子の言葉でいうと「ねこ」って振動させるのよ。だからあなたには「ねこ」って聞こえているの。」
「随分とややこしいこと考えたね。」
「音だけじゃないのよ。あなたが赤だと思っている光は、実は女の子には男の子の言葉でいうところの青が見えているの。わかるかしら?」
「かなり面倒くさいけど、言わんとしていることはわかるよ。」
「だからあなたの観ている世界と、アタシの観ている世界は、実は色使いが全く違うの。そして聞こえている世界の音も実は全く違うのよ。
でも、それを伝える時には一定の法則に基づいた誤差が維持されるから会話として破綻しないの。」
「つまり、僕が青空の絵を描く時に、青い絵の具のチューブを取り出して、パレットでちょっとだけ他の色と混ぜて碧を作ってそれをキャンバスに塗りつけてそこには青空が広がる訳だけど、それは君の目には赤いチューブを取り出して、パレットの上でちょっとだけ色味を変えてキャンバス上に綺麗な夕焼け空を描いているように見えている、そういうことでしょ?」
「そう。よく出来たわね。わかってるじゃない。
(そしてあなたは私の方があなたより少しロマンティストだって思っているけど、実はアタシは自分がリアリストで、ロマンティックなあなたを手玉に取っているってことがわかっているけどそんなことおくびにも出さないの。)」
それからマキはみたこともないような素敵な笑顔を浮かべて僕を見つめた。
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