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桜紅葉


 日曜の朝の通りは、店々の軒先で店員が開店の準備に追われていた。役所の前の歩道に鳩の死骸が仰向けに落ちていた。すれちがった女が死骸を見て顔をしかめていた。
 歩廊のベンチに腰掛けると、朝の鋭い陽射が膝へ落ちた。礼服の黒が冬日を吸ってじんわりする。高い青空には刷毛ではいたようにうす雲が棚引いていた。若い車掌がずっしりとした手提げ鞄を提げて登場した。車掌は鞄を置いて次の電車の着くのを待っていた。指の骨をならし、腕を伸ばし、足首を回して、静かに気合を入れていた。

 電車が来て乗り込めば、はしなくも先頭車両であった。子連れの母親が運転室の窓に貼り付くように陣取っている。小さな子供を抱えて前方の風景を見させていた。子供はしずかに風景を見ていた。運転室では、歩廊で一緒に待っていた若い車掌が、あちこちに書類を吊るしたり、機械に向かって指差し点検をしていた。白い手袋の指が運転室のなかを手際よく飛びまわる。電車が走り出すと、母親は携帯電話で動画を撮影していた。

 寺に着くと叔母たちが祭壇の準備をしているところだった。親戚の子供達がごちゃごちゃいて、どれがだれだかさっぱりわからない。まもなく坊主が来て読経をはじめた。いつ来てもすすけた小汚い寺で、床の達磨大師の掛け軸がいつも同じだけ傾いている。来るたびに色は沈んで形は崩れて古りていく。目新しいのは、坊主の眼鏡が新調されていたことと、賽銭箱に向かって防犯カメラが設置されていることだけだった。
 坊主は大きな身体をしていて礼拝のたびに頭が欄間を擦するようだった。いつかぶつからないものかと期待をもって眺めているが、いつでも紙一重でかわす。長年の仏道修行で間合いを心得ているようだった。
 供養が終わったらさっさと寺を辞してしまった。寺の玄関先に座っていた従妹の旦那が、私のつっかけてきたボロ靴を見て目を細めていた。

 背広を脱ぎネクタイをはずしはずしバス停に向かうと、待ち構えていたようにバスが到着した。白けた町を眺めながら駅まで運ばれる。駅前の足湯に不潔そうな年寄たちが足をつけて、往来する人々をじろじろと見ていた。
 人のまばらな歩廊から対面するさびしい山を眺めていると電車がするすると滑り込んできた。手すりがぬるぬるして気持ちが悪い。指先を添えているばかりなので揺れるたびによろめいた。隣に立っている若い女は直立不動で携帯電話に見入っていた。

 駅に着くといつにも増して構内が混雑していた。繁華街もごみごみしていて歩きにくい。人混みを抜けてからマスクをとった。初冬の澄んだそよ風が城跡にかよう。苔のむした石垣を撫でるように桜紅葉がはらはら散って、お濠に水紋を描いた。ピエロとすれ違う。今日は大道芸ワールドカップが開催されている。



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