夢は乾いて、街はまだ濡れている
昨日いちにち吹き荒れた雨は止んでいた。明るい曇天
に鳥がのびやかな声を鳴きとよもす。昨日のなごりのし
めった風が、雨に洗われた樹木の梢をゆらしている。窓
と玄関とをあけて風のとおり道をつくった。しめやかな
ふんわりとした空気が流れていく。しんみりとして気持
ちのよいそよ風だ。
朝方に夢を見た。目が覚めたときにあとで日記に書い
ておこうと思いながら、雑用にまぎれて忘れていた。午
後に一息ついて、先日買って読みはじめている小説をひ
らいたら、主人公が夢を見たいう記述が出てきた。それ
で自分の夢のことを思い出して、日記に書き付けた。枕
辺で思いだしたときよりあいまいになってしまった。夢
は水の乾くようにすぐに霧消してしまう。
こんな日に流す音楽はなにが良いだろう。バッハのパ
ルティータにする。グールドの演奏。明るい曇り空のひ
ろがる休日には、遊び心のあるグールドの音色がいい。
ときおり厚みのあるゆたかな風が音をたてて部屋をす
ぎると、グールドの音がパラパラとこぼれて風にはこば
れていく。
文庫本を繰りながら、手探りで口に運んだコーヒーカッ
プは空だった。
夢は乾いて、街はまだ濡れている。
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