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技術と技能が産んだ 量子のゆりかご「ガスセル」

 ガスエビは金沢でしか食べられない代表的な冬の味覚の一つです。甘エビより甘いとも言われますが、傷みが早く県外には持ち出せないのだとか。ある時季のその土地にしか存在しない、プレミアム性の高い食材のようです。
 さて、5年に1度の浜松ホトニクスのプライベートショー「フォトンフェア」会場で見つけた、興味深い展示テーマのご紹介、全5本中その3は「ガスセル」です。

何を期待し気体を封じた?

 気体(ガス)を封じ込めるための小部屋(セル)なのでガスセルなのですが、どんなガスが封じられ、どのような役割が気体、いや期待されるものなのでしょうか?
 あまりなじみのない4文字でしたので調べてみると、大きくフロー型と封止型の2つに分類できそうです。フロー型にはガスの出入口と光の出入口があり、流れるガスの赤外線吸収量などを測ることで、成分や濃度を計測する用途で使われるもののようです。
 いっぽう封止型ですが、展示会場の「量子」のコーナーで見かけたのは、アルカリ金属を不活性ガスとともに封じ込めたものでした。アルカリ金属とは、K(カリウム)、Cs(セシウム)やRb(ルビジウム)などといった反応性の高い金属元素です。

フェムトを読み取る鋭敏なセンサ

 説明によれば、OPM-NMRというきわめて鋭敏に磁気の変化を検出する装置で、ガスセル中の原子がプローブの役割を果たします。
 加熱されて蒸発し浮遊する金属原子に、光を当ててエネルギー的な飽和状態にします。その状態で原子は、外部磁気により性質が変化するため、セルを透過する光でその変化を読み取ります。
 名称のOPMはOptically Pumped Magnetometerという手法・目的を、NMRはNuclear Magnetic Resonanceという依拠する物理現象を表現したもので、検出能力は地磁気(数十μT)の9桁下、フェムトテスラ(fT)のオーダーといいます。ここでもフェムトが登場! 人体をさらに深く知る検出器として期待されるシステムなのだそうです。

チャレンジ途上の原子時計も展示

 そして磁気センサの隣には、原子時計がありました。ガスセルは原子時計にとってもキーデバイスです。
 数万年に1秒以下というオーダーの原子時計も、もはや先端科学のためたけのものではなく、放送局や携帯電話の基地局で周波数を正確に保つための発振器としてなど通信放送インフラを支える用途で当たり前に、一部のマニアも家庭に導入したりしています。これについては以下のような記事を書きました。

◆明菜の何が「セシウム」だったのか | FURUNO GNSS Column
https://www.furuno.com/jp/gnss/column/202307_01

 会場の原子時計は、10MHzの基準信号のゆらぎ(のなさ)を計測器で表示するスタイルで展示されていました。大きなシステムをパネルで目隠ししながら一部だけ見せつつの展示でしたので、まだチャレンジの途上のようです。
 しかしなぜ同社が原子時計を? 勝手な想像ですがそこには光電子増倍管から連なる、高真空・特殊形状のガラス容器成形、そこを貫通する電極の微細加工、内部でアルカリ金属(光電面もまさにそれ)を扱うノウハウがあるのではないかと思いました。
 尖ったオーディオマニアに聞くと「基地局の放出品、古いと程度が悪いのもあるよ」なんて注意も聞きます。熱せられて蒸気になったり冷えて金属にもどったりを繰り返すことで、ガスセルは経年劣化が避けられないそうです。そういうモジュールにこそ、素材や製造の工夫が必要に違いありません。
 光や電気やアルカリ金属を扱う密閉容器を開発製造してきた同社には、長年にわたる運用から得られた知見も蓄積されているのは間違いないでしょう。量子たる原子がプローブとしての役割を全うできるよう、原子にとって快適な環境を維持する、いわば「量子のゆりかご」とでも言えるような役割を果たすガスセルを、ただしく作る技術や技能がここにはあった――。
 日本の産業史におけるこの時期に、この土地にしか存在しないガスセル、なのかもしれません。

(つづく)

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