こーらぬるい

約十年前のなんでもない記憶。

大学に入学した私はアルバイトを始めた。なんと、アルバイト未経験者が無謀にも3つも始めてしまった!元々は入学してもアルバイトをする予定はなかったが、イレギュラーが発生した。実家が火事に遭ったのだ。親が亡くなり、家が無くなり、お先真っ暗~。

大学入学の二週間ほど前の出来事だった。卒業したら誰も知らない土地に逃げてやる。私は自由を手に入れて、そこで人生をやり直すんだ。
そんな風に思っていた。まさかこんなタイミングで更地に放り出されるなんて思いもよらなかった。

ゲームも漫画も、映画も音楽も、親のクレジットカードで買い物し放題!
全部適当でいいや。そこそこでいいや。どうせ、自由なんてないし。学校以外で家から出たら怒鳴られるし。運が悪いからそういう時に限ってバレるんだよな~!私ってば。
反抗したってどこにも行くあてもないし。ア行からミステリ映画でも五十音順に観るか。欲しい物もないな~。毎日がつまらない。

よく二世俳優が薬物に手を出したってニュースを見かけるけど、気持ちが少しわかる気がする。私はそこまでの暮らしってわけではないけど、欲しいものが簡単に手に入ったならば、物じゃ人って癒されなくなるんだよな。じゃあ、どうするか。人に依存するか、もしくは脳をだますのだろう。アルコールだってそんなものでしょ。自分でだませないなら、そういう力を借りるしかなくなるんだろうな。今すぐその渇きを解消するにはどら息子になるか死ぬかどっちかしか解決策なさそう。なーんて思ってた。
そんな生活が一変した。

親の干渉を跳ねのける労力もなく、人と殆ど関わってこなかった私が急にアルバイトを3つ始めるのは正直無謀だった。早朝バイト、大学、夕方バイト。休日はロングタイムで。毎日とてもつかれていた。話しかけられても話すことがないよう~。どうしたらいいの。講義も頭に入ってこない。ずっとこれ。

アルバイト先の1つがコンビニだった。初の出勤でレジに立った私はグラタンの温めを依頼された。しかも、そのお客様は私の家の現場検証をした警察官だった。気まずい。ひたすら、気まずい。レンジで温めている最中、ずっとそう思っていた。温め完了の音が鳴り、取り出そうとした私は、よく考えずに容器に触ってしまった。
「あっつ!」
あ、やばーー。店内に私の声が響き渡る。思わず、叫んでしまった。
「姉ちゃん、なに遊んでんねん。はよしてくれや」
警察官の後ろに並んでいた男性客からの野次。当然です。時給発生していますから……。グラタンの容器ってこんなに底が熱くなるんだ。学びでした。

私はそのコンビニでは18時~22時のシフトだった。夜勤で22時~6時までの私の交代で来る人は大学4回生の人で明るい茶髪。ネックレス。軽い口調。腰パン。陽キャ。あの頃に陽キャって言葉があったのかは忘れた。交代時の挨拶だけが唯一関わる瞬間だった。

休日出勤はロングタイムで休憩時間があった。ある日、私は休憩時間に近所のファミレスへ行った。すると、同じタイミングでその陽キャのバイト先の先輩も入店したのだ。彼は一人だった。

「あれ?一人?」
「はい。休憩中で」
「俺一人嫌いなんだよね~。席一緒で良いよね?二人ッス」
ーーはい?どんな展開???
「えっと、人と話すの苦手で。何話したらいいのかわからないし、盛り下がったら申し訳ないので……」
あまりに突然で思ったことをそのまま口にしてしまった。今までに「しまった」という顔をしたランキングベスト3には入ると思うくらい。

「何話したらいいかわからんかったら、喋らんかったらいいやん」
「え?じゃあ一緒の席に座る意味ってあるんですか」
「一人嫌いやねん~。それにつまらんやつが無理に話す必要ないやろ。俺が話せばいいだけや。だって俺がおもろいねんから」

よくよく考えるとひどい。でも、スッと心に入って来た。「話さなくてもいいのか」確かに。確かにそうだ。この人には無理に話す必要もなさそうだ。そう感じた。この時の陽キャパイセンの言葉は今でもふと思い出す。

注文したコーラのグラスに付着していた水滴が、私の滝汗みたいだった。コーラは一口目からぬるすぎた。








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