自我が芽生えたお姫様

 初恋は実らない。小さい頃からママの口やドラマや漫画で良く聞く台詞。
 悲しいけれどそういう物なのかもしれない。でも、あなたのおかげで恋心を知れました。あなたのおかげで自分にこんなに熱い感情がある事を知れました。仰げば尊しわが師の御。耳に響いて残るは卒業式に纏わる合唱曲の蛍の光。さっきこの歌を歌ったばかりだけど、これは恋い焦がれてやまないあなたに贈りたい私の気持ちそのもの。
 蛍と言えば、全く意味は異なるけど“泣かぬ蛍が身を焦がす”なんて言葉もあったっけ、ううん、あるね。今日が三年間あなたと過ごした学び舎を去り、二度と会えないわけではないけど違う進路を歩く二人ではなくて明日も明後日も何年先もおはよう、またね、一緒に帰ろうと言う二人なら、きっと私は泣かぬ蛍が身を焦がし、伝えぬ想いが恋い焦がれのままだったんじゃないかな。
 今日あなたとじゃあねって手を振ったら次はいつ会えるのかも分からない。玉砕覚悟、当たって砕けろ、この気持ちを持って真正面から3年分の想いを伝えようと思います。
 三年間秘めた気持ちを打ち明けられたあなたは一体どんな反応をするでしょう。恐らく困惑。それは構わない、叶わない想いだって分かっているから。ああ、でもどうか、困惑をしても、その綺麗な顔を歪め怪訝そうな表情だけはしないで頂戴。
 第三者から見た視点、表面上とはいえ、ずっとあなたの横にいるのにふさわしい女の子でありお姫様でいたのよ。この努力と真っすぐな気持ちだけは否定しないでほしい。


 お化粧をしたらそっくりそのまま女の子になれてしまう中性的な顔立ち、通った鼻筋、切れ長の二重、ぽてっとしていてつぶらな真っ赤な唇、透き通った真っ白な肌、生まれつきの色素が薄いこげ茶色の髪の毛、笑う時に見えるまるで模型の様な歯並び、声は低いけれど優しくとろけそうな甘い吐息、筋肉質だけれど細身な身体。ピカピカに輝く王冠を被せたらそこには絵本の中の王子様そのものが現実世界に存在している。


 私だってね、あなたに見劣りがしないようにって思う前からたくさんの称賛の言葉を浴びてきたのよ。“綺麗”“可愛い”“可憐”花や星を称える言葉をあなたと出会う前から欲目やお世辞や揉み手など使われずに言われてきたの。うぬぼれになってしまうかもしれないけど、私とあなたって外見だけはとってもお似合いだと思うの。
 美男美女ならぬ王子様とお姫様。周囲からはいつも二人が目に映る光景は全てが絵になるねって言われていた。
 これからそのお姫様から告白をしようって言うのに、王子様はそれを歯牙にもかけないんだわ。悪い魔女にかけられた呪いだったら、私がキスをして目を覚ましてあげたい。


 でも残念ながら、あなたは王子様だとしてもお姫様である私の気持ちに応える事はない。悪い魔女にかけられた呪いでもない。だって、あなたが好きなのはお姫様じゃなくていつだって王子様なんだもの。


「翔、卒業式の後話があるの」
 篠宮柚華、鳴かぬ蛍が身を焦がすチャレンジはやめて、鳴いた蛍が身を焦がすチャレンジをする事にしました。
 想い人の翔は三年間片思いをしていた同級生兼、仲の良い男友達。卒業式で声をはり“仰げば尊しわが師の御”の歌詞を歌った後、右隣にいる翔に声をかけた。翔は始めっから蛍の光を口パクもせず歌わずに、あくびをしている。
 私は周囲が歌っているし式の最中だから念のため小声で声をかけたけど、翔はいつもの昼休みの教室や登下校中と変わらぬ大きさの声で返事をしてきた。

「話?別にいいけど、柚華の取り巻きの女や進路が別になるからって連絡先を聞きたがってる男たちに睨まれるのやだからサクッと済ませてね」
「えーいうるさい。女友達はさて置き、こっそり視線を送る守護霊みたいな男どもはどうでもいい。とにかく今日翔に伝えないと私は一生後悔する事になるんだよ」
「眉間にしわ寄せるなよお姫様。綺麗な顔の寿命が縮むぞ。どこで話聞けばいい?」
「・・・音楽室。鍵なら私を娘のように可愛がる田中先生から預かってる」
「分かった。じゃあ式とクラスの挨拶が終わった後にでも」

 血流が心拍数と共に体中に速度を上げて巡っていくのが脈拍や頬の赤味を確認をしなくても良く分かる。やったぁ!記念すべき日に翔に綺麗って言われた。お姫様は茶化して言ってるだけのような気もするけれど。翔はちょくちょく私の容姿を褒めたり茶化したりはするけどそこに“恋心”がないのが手に取って分かる。
 王子様とお姫様の2人はゆくゆくは王様と王妃様になる。夫婦といわれる存在だ。夫婦って似た者同士って言われたりする。仲良しで長い間一緒にいればいるほど似てくるって。
 私と翔は外見だけは王子様とお姫様かもしれない。でも王様と王妃様にはならない。どんなに一緒にいても、会話を交わしても私達は似ない。似た者夫婦にはなれない。高校三年間、私が鏡よりも眺め続けた翔は、私の事を物理的に瞳に映す事はあっても、私の事を一切見ていないからだ。

 悲しい事に一方通行な想いを貫き通せば通す程、こちらを通らず、右折左折する相手の動きが良く分かる。翔を好きになった時から3年間、翔は綺麗なカーブを描き、私にも秘めた想いにも衝突はおろか、かすりもしない見事なハンドルさばきをしていた。

 中学から続けるフルートが大好きな吹奏楽部の私には目をくれず、翔はバスケ部のモデルみたいな先輩、バレー部の可愛い後輩、キリッとした美術部の同級生に恋をしていた。
 翔の事を親の顔より見続けた私は翔の恋が実ったかどうかは知らない。正しくは知りたくない。私はお姫様みたいと言われる自分の容姿を自覚しているし、気に入っているが、好きな人が自分を好きになるって夢みたいなものだと思っている。翔は人の容姿だけで誰かを好きになったりしない。王子様がお姫様を選ぶのもあくまでもお話の中の出来事だ。


 翔に好きな人ができる度に「ふーん。こういう人がタイプなのね。お姫様っぽくはないけどまあ面食い」と感じた。綺麗、可愛い人達だなと思う反面、翔の意中の相手に自分はなれないと痛感する。私とは全く違うタイプの人たちなんだもん。
 翔の恋が実ったかどうかは知らないと言ったが、多分実っていない。隈なく翔を見渡していても意中の相手と翔が仲良さそうにしてるそぶりを見かけた事がないからだ。
 そういえば“泣かぬ蛍が身を焦がす”って言葉、確か翔から聞いて知った言葉だったな。翔の視線は私の視線。俺の視線の後を追うのは辞めろって良く言われていたな。
 大丈夫、安心して。私が翔と同じ視線になろうとするのは好きな人の好きな物を知りたいだけだよ。ただの観察対象なだけだから。


 翔の瞳に熱い鼓動が宿る度に告白しないの?と私は尋ねていた。

「鳴かぬ蛍が身を焦がすってやつだよ」
「トンビが油揚げ持ってった的な?」
「馬鹿かよ。つーか上目遣いやめろ。口に出さずに内に残しておいた方が心の中ではより深く思えるって意味」
「へーええ。ロマンチックゥ・・」
「お前、お姫様になりたいんだったらもっと浪漫を持て」
「翔はロマンチストだから相手に気持ちを伝えないんだ」
「別に。浪漫とか言ったけどただの臆病者だよ。」
「そんな事ない!告白しなくても好きな人ができてすぐ私にバレたり喋っちゃう翔はかっこいい!」
「褒めてんのかわかんねーけどどうも」
「私はさあ、好きな人とかいないけど、好きな人ができて鳴かぬ蛍が身を焦がすってやつをしたら翔はどう思う?」
「浪漫持ったなー、ってのと柚華が告白したら大体のやつは可愛いなって靡いて付き合うだろうからつまんなくなるな」
「それって私に彼氏ができたら嫌って事??」
「嫌ではないけど彼氏に悪いから、こうやってつるめなくなるのはまあ寂しい」

 分かったよ翔!!私の好きな人は翔で、翔の好きな人は私じゃないから告白しても実らないしって思ってたけど、鳴かぬ蛍がなんちゃららをすれば浪漫を持ったお姫様として少しは見直してくれるんだね。万が一翔以外の人を好きになっても翔が私に彼氏ができて寂しいって思うならもう何も言うまい。“好き”って言葉よりも朝から晩までフルートを奏でるよ。


 そうだそうだ、翔に好きな人ができても告白しない姿を見て鳴かぬ蛍が身を焦がすの言葉と意味を知ったんだった。
 翔、あなたを好きでいて、鳴かぬ蛍が身を焦がすを貫けなくてごめんね。3年間もあなたへの気持ちを押し殺すのはとてもとても窮屈で大変だったんだ。うるさいと言われても鳴かずに翔に恋焦がれたまま高校生活に終止符を打つのはできないみたい。


 卒業式が終わり担任の先生からのはなむけの挨拶も終わり、この後はカラオケに行こうと声をかける女友達と、守護霊から地縛霊になりつつある男子たちの視線を掻い潜り、誰よりも先に私は音楽室へと走った。翔とは同じクラスだから一緒に音楽室へ向かっても良かったが、これから大玉砕の一世一代の生まれて初めての告白をするんだ。心の準備をしないといけない。
 今日中には必ず返しますと約束した音楽室の鍵を震えた手で開ける。最近も音楽の授業や卒業式の合唱の為に良く使われていたが、吹奏楽部を引退する前の懐かしい匂いがした。
 部活ではフルートをやっていたが、背筋を正しピアノの前に着席する。深呼吸代わりに伴奏を始める。ピアノは苦手だけど、この日の為にこっそり練習した曲。震える指から翔への想いを奏でると呼吸はだんだんと落ち着いてきた。

「式終わったのに何で蛍の光弾いてんの?うける」

 到着までもう少し時間がかかるかなと思っていたのに颯爽と翔が呼び出した音楽室に現れた。これはね、卒業や色んな意味になぞらえてあなたに弾いて送りたい曲なんだよ。
 翔はこれからただの女友達である私から告白をされるなんて微塵も思ってないんだろうな。反応に困った跡、申し訳なさそうに断りの言葉を告げるんだろうな。
 困らせてごめんね。でもね、何よりもちゃんと気持ちを伝えたいって思ったんだ。最後まで鳴かぬ蛍が身を焦がすにはなれなかったよ。翔が思うお姫様にはなりきれない。音楽室にしばらく沈黙が続き、私は口を開いた。


「入学した時からずっと翔が好き」
「まじで・・?」


 案の定だ。さっきまでうけるって笑っていた翔の顔が強張ってゆく。そうだよね、3年間ずっと友達として接してそばにいて、翔に恋をしてる姿なんて見せなかったもん。強張った表情のままでいい、気持ちは嬉しいけどって定の良い断り文句で充分なの。お願い、恋愛対象じゃない私からの告白を嫌がる素振りだけはしないで。
 返事を待つ間、多分1分も経ってないだろうけど、永遠のような時間に感じる。これがフルートを吹くのが本当に好きなんだなって、見守ってくれている時間ならどんなにいいか。

「俺の事ちゃんと分かってる上での告白なんだよね?」
「当たり前だよ。入学式当日から好きなんだから」
「そっか、、」

 強張った表情は続くが断りの言葉がなかなか出て てこない。好きではないが3年間で培った絆や友情は壊したくないからだろうか。

「俺今かぐや姫の気分」
「いや姫は私で翔は王子だよ」

 翔のわけのわからない切り替えしにいつもの調子で返す。

「まじでまじで」
「意味が分からないんだけど・・」
「柚華がゲイになってくれるなら付き合うよ」


 衝撃で頭がいっぱいになる。今は昔竹取の翁という物ありけり。そうだ、今日の卒業式当日だけではなく、翔を好きになった入学式当日にも、インパクトのある言葉を投げつけられたんだった。

「俺の好きな人の告白を断ったのってお前?」これが翔が最初に私にかけた声だった。


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