世界一不幸な私の終わり

　あーやだやだ。どうしてこうなっちゃったのかしら。生活の保障と安心はくれてもちゃんと好きな人と結婚すれば良かったわ。
　あーやだやだ。平均より楽な暮らしはできるかもしれないけど、子供二人をきちんと育て上げるにはたくさんのお金が必要なのよ。
　あーやだやだ。専業主婦って楽な物に身を任せるんじゃなかった。専業主婦で家にいるからこそ結婚したパートナーといっぱい話がしたいのに。
　あーやだやだ。なのに何でこの人は楽しい会話を振るどころかリアクションも薄くて話しもロクに続きやしないんだ。
　あーやだやだ。共働きで多少大変な思いをしても会話が弾む人と暮らして笑いの絶えない生活がしたい。
　あーやだやだ。子供にパパと居ても楽しくないからママはこの家を出て行くわ、なんて言って別れられるはずがないし。
　あーやだやだ。外食しようにもレストランに行くまでや、レストランについてからの口数も笑いも少ないんだわ。
　あーやだやだ。外に行っても会話もない子供もまだ小さいとなると栄養バランスも考えないといけない。それなら自炊するしかないわね。

　周りの夫婦はどうしてあんなに幸せそうなのかしら。共働きでも、うちより収入が少ない人達もいる。子供が欲しくても子宝に恵まれない人達もいる。それでも私より毎日とても笑顔で幸せそう。隣の芝生は青く見えるって言うけど、我が家も夫婦円満になるにはどうしたらいいのだろう。

 私は世界一不幸なんだわ。

　あーやだやだ。会話が無いのが嫌で毎日自炊していたら料理にもっと凝る様になっちゃった。凝り性って疲れるのよ。
　あーやだやだ。新しいレシピやメニューを考えたくて料理ばかりしてたら使いたいお金も使えないじゃない。
　あーやだやだ。料理を作っていたら子供の面倒も見れないわ。ちょっとアナタ、これ作り終わったらゲームのプレイ人数を3人から4人にするわよ。
　あーやだやだ。試しにネットにオリジナルのレシピを載せたら色んな人に絶賛されて料理研究家になってしまった。レシピ本を出すなんて。気楽な専業主婦で良かったわ。
　あーやだやだ。食べ盛りの子供二人にお昼代を渡してるのにママのお弁当が美味しいって言われて机に置いたお昼代がそのまま。泥棒が入ったらどうするの。
　あーやだやだ。主人がいつも有難う二人には内緒だよって奮発して高級な和食屋さんに連れてってくれた。高いお金を払うならこれを家で私が作ってみんなで食べた方がいいじゃない。
　あーやだやだ。娘が彼氏にお弁当を作りたいからって大学生なのに張り付いてくる。料理中によそ見は危ないのよ。
　あーやだやだ。時の流れと共に子供の成長を見守る主人が頼もしく思えてきた。お喋りが大好きだったのに、子供の成長を一緒に見守れるだけで温もりを感じるなんて。

「18時23分、ご臨終です」
「先生、ありがとうございます。母が昨日突然倒れた時は驚きましたが歳も98歳だったので覚悟はできていました」
「一昨日父が亡くなりいつもニコニコしていた表情が変わってから、娘も私も兄も心配してたんですがずっと風邪一つ引かずに最期も苦しまず眠ってくれて」
「医者の立場としては言うべき事ではないかもしれませんが、病気にもならずお子さん二人の介護も必要なくこの年齢まで健康に生きて安らかに最期を迎えられるのは幸せな事だと思います」
「仰る通りです。母は僕たちが小さい頃は専業主婦だったんですが、料理研究家になり毎日栄養バランスを考えた美味しい食事を作ってくれました」
「父と母が私たちに残してくれた財産は、二人のために立派で頑丈なお墓を作る事に回そうと思います」
「お子さん二人共こんなに立派に育ってくれるなんてお母様は世界一幸せな方ですね。ご主人が亡くなった数日後に寄り添って旅立てるのも。きっと幸せの秘訣は結婚した時から始まった夫婦円満なんでしょうね」