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松本VS文春裁判についてきちんと書いてみる



ふんわりした記事が多いよ

松本VS文春裁判については既に多くの記事があるが、どちらかというとゴシップ的というか、裁判に移行しているにもかかわらずあまり法律的なところについて突っ込んだ解説がされていないように感じる。

一連の事件全体を俯瞰する分にはそれでもよいだろうが、「裁判」にフォーカスするうえではやはりよくない部分もあるので、ここではそれをきちんとまとめておく。といっても、この記事自体どこかのだれかがテキトーに書いたものだから鵜呑みにしちゃだめだし、他の事例に勝手にあてはめてもダメだぞ。

簡単な時系列

法律的にあまり意味がない部分をはしょると、事実経緯は非常にシンプル。
2023年12月27日 文春が、松本人氏の女性への性的強要疑惑を報道。
同日      吉本興業は、上記疑惑を否定。
2024年1月8日  松本氏、上記疑惑が事実無根であること、法的措置をとる  
        ことを表明
2024年1月22日 松本氏、文春に対して、損害賠償と、訂正記事を求める訴
        訟を提起
2024年3月28日 第一回口頭弁論

この間、芸能界から上記疑惑は事実ではないとの表明がされる一方、スポンサーなどは事実上松本氏をクビにし、松本氏も休業状態である。

争点は何か?

事件と裁判では微妙に食い違う

文春読者、あるいは松本氏出演の番組の視聴者、その他大勢の大衆のほとんどの興味は「ふーん、じゃあ松本氏がレイプしたの?」という点にあると思われる。さらにいえば、被害があったとされる女性の素性だったり、どのように女性が調達されていたかなども関心が寄せられているだろう。
ところが、今回の裁判において、そこは実はあまり争点にならない。

損害賠償請求とは何か?

「ソンガイバイショー」という言葉を聞いたことがある人でも、じゃあどういう場合に賠償しなければならないのかをきちんと説明できる人は少ないだろう。先述のとおりそこらへんがガバガバな記事が多いので、きちんと書いておく。

まず、損害賠償請求をできる類型はいくつか法律で決められていて、
・約束したのにその約束を果たさない(民法415条)
・車にはねられてケガした(自賠責法3条)
・国によって勝手に不妊手術された(国賠法)
というように、法律の根拠があることが多い。じゃあ今回の場合は何なのかというと、「不法行為に基づく損害賠償請求」と呼ばれるものである。民法の709条に記載されていて、これは万人に問答無用に適用される法律である。

これは重要なのでそのまま条文を引用するが、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とされている。

うおおお!何のことかわからんぞ!とならないために、文章を区切ってみよう。
・故意又は過失によって、
・他人の権利又は法律上保護される利益を
・侵害した者は、
・これによって生じた損害を
・賠償する責任を負う

これを抽象的に一から説明すると大学レベルの授業が必要になってしまうので先に具体的な結論を述べると、

・文春はわざと
・松本氏の営業上の信用や名誉を
・キズつけるような記事を書いたので、
・こんな記事によって松本氏が被った精神的な苦痛に対して
・慰謝料を払え

という話に整理できる。
さて、上記の5項目を改めて見てほしいのだが、先ほどの「松本氏がレイプしたかどうか」というのはどこに含まれるのだろうか?

真偽は実はあまり重要ではない

実は含まれないのである。

理由は単純で、「レイプしたなんて記事が出たら、その人の名誉が損なわれることは明らか」だから。別の架空の事例として、「松本氏がジャニーと掘っていた」あるいは「筆者(オレ)は松本氏に上納されその餌食になった」みたいな話でも同じ理屈である。要するに性的にセンシティブなことを書かれれば、それが本当だろうが嘘だろうが、その人の名誉なり信用なりが傷つくのは自明だからである。

そして文春が週刊文春の記事として堂々と表示している以上、わざとやっているのは当たり前であるし、そんな記事がなければ彼が精神的に傷つくはずもないのも当然であるので、そうすると…
・慰謝料を支払う責任を負う
あれ?話終わっちゃったじゃん!

条文に書いていない世界にようこそ…!

優しい世界

もし上記のロジックがそのまま正しいとしちゃうと、
・悪口は人の評価を損ねる
・悪口の中身が真実だろうが虚偽だろうが、人の評判は傷つく
・悪口が言えない社会になる
・ハッピーエンド
とは、残念ながらならないだろう。だって悪いことしても何も言えなくなっちゃうんだぜ?俺が電車内で公開脱糞して迷惑をかけても、それを指摘すると名誉棄損になる(脱糞が俺の名誉を傷つけるのは明らか)、誰も何も言えない社会が健全とは思えない。

刑法ではどうなっているの?

とつぜんだが、君は刑法をみたことがあるか?
見たことがある君は、法学部生か変人かのどちらかであろう。なぜなら、普通の人は刑法なんか見なくても犯罪を行なわないからである。見なくても日常生活に支障がないものをわざわざ熟読するほど、勤勉でも暇人でもないはずであろう。

したがって、まさか刑法にこんな条文があることを知る由もないはずなのである。

刑法230条
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。

ファッ!やっぱり犯罪やんけ!と思ったあなたは正しい。文春が行なった行為は、民法上もアウツ判定されかねないだけでなく、刑法的にもいろいろやばそうな行いなのである。

しかし、日常的に文春砲みたいなことをしている彼らが、カジュアルに刑務所送りになっているというのも聞いたことはない。彼らが上級国民乙だから?答えは否であり―

刑法230条の2
前条第1項の行為(名誉棄損のことね)が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

なるほど、これを見ると、真実だと罰されないんだね…なーんだ、じゃあレイプしたかどうかはやっぱり重要じゃん!と騙されてしまうあなたは要注意。これはあくまでその人を刑務所に放り込むかどうかの議論である。今回の裁判は、松本氏が強姦魔として刑務所に服役させるかどうか、あるいは文春の嘘っぱちライターを刑務所に入れるべきかどうかの裁判でしたか?違いますよね、これは文春が松本氏にお金を支払うべきかどうかという裁判でしたー、残念!

華麗なる転用

じゃあ全然関係がない議論なのだろうか?
実はそうとは言い切れない。
法学者が考えるのは、なぜそういう条件があると、罰しないとされるかである。刑法をよく読む人はいないと思うのでこちらで例を挙げてしまうが、「本来罰しなきゃいけないはずだけど、特別な場合には罰しないよ」みたいな条文はちらほらあり、
・「正当な行為は罰しない(通常人が他人に刃物を突き入れたらだめに決まっているが、医者が急患の患者にメスを勝手に入れても問題はない)」
・「防衛とか避難行為は罰しない(他人の敷地に無断で入るのはだめだが、暴走トラックを回避するために思わず私有地に逃げ込むなど)」
・変わり種として、親族間での窃盗は罪を「免除する」
というものが挙げられる。

これらはもちろん「この人を刑務所に放り込むべきか」という議論なのだが、よくよく考えてみると、「正当な行為なのにその行為が非難されるのはそもそもおかしいんじゃね?」、「家族間で盗み盗まれるなんてよくあることだし、そんなこといちいち裁いてられんわ」という背景的思想があるからこそ、たまたま刑法にそういう条文がたてられているんじゃないか…別に他の分野でもその理屈は同じなんじゃない…?という気がしてくる。

だから、刑法230条の2は名誉棄損の刑事裁判の枠組みを超えて、名誉棄損に端を発する損害賠償請求裁判においても、「判断枠組みが流用される」ことになっている。ここまで話を進めてようやく、
「松本氏がレイプしたかどうか」
が法的に意味を持ってくる。ここらへんをすっ飛ばした議論はふにゃふにゃだから、乗っかっちゃうのは危険だぞ。

ここまでをまとめると

・今回の裁判は、松本氏の名誉が損なわれたかどうかという裁判だよ
・性的ゴシップの記事は明らかに名誉を損ねるよ
・けれども、そのままだと真実を指摘する記事は全部賠償必須になっちゃうよ
・だから、隣接する法分野にある「真実ならセーフ」理論を、こっちにもってくるよ
・その結果、真実ならセーフなので、賠償もしなくていいことにするよ

真実および真実相当性への道

ここまでで十分うんざりしているだろうが、実のところまだ半分でしかない。

刑法230条の2をもう一度掲載すると、

前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

これをバラすと、
・名誉毀損したときでも、
・公共の利害に関する事実であって、
・その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合には、

・真実判定フェイズにうつるよ
・真実判定フェイズでは、表現の内容が真実かどうかを判断するよ
・真実であると裁判上わかったときは免責するよ

はー、法律とかクソわかりにくいんで、今回の事例にさっさとリライトしますねー。

・文春の記事は松本氏の名誉を棄損するよ
・でも「松本氏の性的ゴシップ」が公共の利害に関する場合で
・文春が専ら公益を図るために記事を出版したのなら、

・「記事の内容」が真実かどうか判断するよ
・「記事の内容」が真実なら文春は賠償金を払わなくていいよ

1番目はすでに検討したので省略。

公共の利害…芸能人が公共?

2番目は、一見怪しい気がするが、現在の法律実務上は問題なく要件を満たすとされる。性的スキャンダルが公共の利害に関するとは一見思えないのだが、例えば政治家の愛人疑惑なんかが該当し得る。もちろん、政治家は政治家としての仕事さえすれば問題なしと考える人もいるだろうが、政治家は人格も含めての評価という考えもありうるわけなので、どっちの考え方を取るかはさておき、すくなくとも公共の利害に関するとはいえるだろう。
その点、松本氏は確かに有名人ではあるが、別に政治家じゃないし、彼個人に国家の権限やリソースが付与されているわけではない。ただまあ、実際問題として彼に多くの人が関心を寄せているのは事実だし、彼らのような芸能人がプライベートを切り貼りして耳目を集めているのも事実だ。自分の売り出したい情報は報道機関を使って積極的に流して儲けているのに、自分の売り出したくない情報の流出に法律上の拒否権じみたものを与えることのバランスを考えると、芸能人とかはこの辺はテキトーでいいじゃんという話になる。いや、本当はならないはずで、この辺は議論の精密化が待たれるのだが、現実問題としてこういう運用でないとやっていけない(そいつが本当に有名人かどうかを判断するのは難しいところがある、特に大物Youtuberとか)ので、ここら辺は基本ガバガバ判定で該当するとされる。

専ら公益目的?聖人ですか?

3番目はもっと怪しく、「専ら公益目的」なんて言葉は赤十字への寄附ぐらいでしか聞いたことがない。これを法律上そのまま運用すると百パーセントアウトなのだが、先に述べた通り、このへんはガバガバ解釈される。今の運用としては、「100%私怨はNGだが、公益目的が併存してればよい」ぐらいまで緩められている。もしかすると、明治時代(これらの法律制定当時)には、新聞は寄付金で賄われ、そこに記載されるのは清く正しい言説ばかりだったのかもしれない。が、戦後新聞は株式会社となり、大衆の興味も下世話じみたものに広がった。そういう経緯を踏まえれば、往年の風俗(この言葉自体、往年は変な意味はなかった)に拘泥していては新聞社は全滅してしまう…という裁判所の苦悩が生み出した妥協の産物と見ることもできるだろう。それでもガバガバすぎる?それはそう。
話を文春に戻すと、もちろん文春は他人のゴシップで一儲けしてやろうと思って記事を出しているのだから、当然営利目的である。が、日々メディアに露出している人間の性的ゴシップが実在するとして、それが日の目を見ないまま闇に葬られるというのもそれはそれでよくないだろうなあ…とも思っているはずなので、ガバガバ判定でセーフになる。

つまり…真実判定フェイズにたどり着いたってことだよ!(白目)

志々雄真実or志々雄虚偽

さて、ようやく記事の真実性にたどり着いたのであるが…
記事の内容が真実か虚偽かというのは(おそらく)あまり問題にならない。

ここまで引っ張っておきながら、は?クソすぎんだろ、という読者の反応は正しい。

とはいえ、真実であることの証明はとっても難しい問題である。

本件記事に記載されている事柄は何年も前のことであり、物的証拠があるわけでもなければ、当時の状況が録音録画されている媒体があるわけでもない。
極端な話、被害者を証する女性が被害を受けたと称している、それ以上の証拠は何もないのである。そのことは、すくなくとも文春側は100も承知しているわけであり、わざわざ記事の内容が真実だから免責という高いハードルで戦う必要はないのである。

真実相当性という魔境

上で、真実であると裁判で分かったときは、免責されるよと書いたな?あれは嘘だ。

正確に言うと、「真実であると証明しきれなかった場合でも、表現者が真摯な調査の結果、真実であるとの確信に至ったのであれば、それが真偽不明でも免責してあげるよ」が正しい。

は?このクソガバ基準またどこから出てきたよ?と思うかもしれないが、「判例」でそうなっているのである。
条文にどこにも書いてないけど、「こういう風にするから、以後もこうしてね」みたいな先例をもとにした判断枠組みである。あのさぁ…。

この判断枠組みの根拠の妥当性はさておき、この判断枠組みが有効なのであれば、文春サイドとしては、頑張って真実そのものであると証明するより、真摯に取材した結果、これが真実だと思いましたと証明する方が楽ちんなのである。

もちろん、事案によってはストレートに、真実であると証明した方が早いこともある。これは事案ごとのケースバイケースとなるだろう。

今回の場合は、事実の内容が昔過ぎるし、証拠も乏しいだろうし、密室のことは結局第三者には完全にわかるはずもないという点から、ほぼ確実に文春側より「真実相当性」の免責主張がおこなわれるだろう。

つまり、この裁判において取り扱われるのは、「松本氏がレイプしたかどうか」ではなくて、「文春が松本氏がレイプしたとされる件について、真摯に取材したか」どうかなのである。

このような争点になる以上、文春側は出せるネタが豊富だ。なにしろ、フォーカスされるのは彼らの取材活動だったり編集作業だったりするわけで、それは彼らが業務として行っていることで、しかも最近のことだ。だいたい、そんな記事を書いたら松本氏とトラブルになることは彼らの側ではわかりきっていることなのだから、事前に相当周到な準備が行なわれているに決まっている。自分たちの行いを正当化するための証拠が量産されているだろうし、したり顔でそれを出す文春の姿が目に浮かぶ。

松本氏は、それを事後的に切り崩す側に立たざるを得ないので、そういう意味ではもともと構造上不利なのである。

真実かどうかなんて関係ないんだよ

そしてなにより重要なのは、文春はうやむやにできれば裁判上も社会上も勝ちなのだが、松本氏の場合は裁判はともかく、「不同意性交(のようなもの)はなかった」とまで言い切れなければ、社会的に勝ったことにならないことだろう。

当初、松本氏は事実無根である旨主張していた。上のロジックと、「ゆうて、弁護士に相談してるでしょ」みたいな先入観から、松本氏には相当な隠し玉があるのではないか、みたいに見られていた部分もある(たとえば、コトがあったとされる日、実は全然別の場所にいて面識すらない等)。

不同意性交は、面識のある相手から行われる事例が大半の場合であり、不同意性交で有罪とされた大半の事例でも、「同意があると思った」というような主張は多々行われている。それが何らかの事情で退けられてムショ送りになっているわけであるから、松本氏側にはもう少し強力な主張なり証拠なりがあるだろうと思われた。これは刑事裁判ではないのでそこまでの厳密さまでは求められないにしても、「事実無根宣言」はいささか時期尚早ではなかったかというのが、第三者からの見立てとなるだろう。

おしまい

今後の展開としては、この後何回か弁論準備手続みたいな非公開の手続がおこなわれて争点が整理された後、証人尋問が行われると思われる。本件は和解はありえないだろうから、次回人々の耳目を集めるのは、1年以上後の尋問だろうね。気の長い話である。


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