原子力安全法制

私は、ある人の講演会に参加している。講演会というよりも、勉強会だろうか。その方、創造主の思いを伝えることのできる方だと、私は感じている。
その方の講演で何度となく聞いている話題から、喜びとか楽しさ、(屈折していない)笑いのようなポジティブな感情はまだいいとしても、ネガティブな感情は持つべきじゃない、できるだけ感情を出さずに、淡々と受け答えして、感情的にならずに考えて言葉を発し、行動するのが望ましいことだと、私はそう理解している。

その意味で、ほとんど容認されないだろうな、という表現をするなら(だいたい、私は天邪鬼で・・・)次の一文は、たぶんアウトだろうとは思うのだけれど、やはり自分としては書かずにはいられない。

原発事故の汚染水の、処理水の海洋放出に関して、一番「腹が立つ」のは、中国ではなくて、原子力行政の関係者や専門家会議の委員、東京電力などだと、主張しておきたい。

そもそもなぜ、汚染水が増え続けたのか。地下水の流入を止められなかったから、だと思う。これほど重大な事故なのに、「止められません」で放置されている。

東京電力の社長は、「処理水放出に伴う被害には、なんちゃら」という発言をしていたと思う。(正確に覚えていないので、正確には覚えていないという書き方をしました。)
ただ、思った。東京電力が「損害賠償」するとしたって、東電は国営企業じゃない。まさか、電気料金に上乗せするなんてことは、ないよな?と思いつつ、他に何か賠償するための原資はあるのか?たら、やっぱり東電の電気を買ってる人が負担するんじゃないのか?
それでも、メディアなどに露出して「申し訳なさ」を表明した分だけは、東電(の社長)は、まあ許せる。

「凍土壁」を主張し、凍土壁による地下水流入が止められなかったにも拘らず、何の手も打たなかった原子力行政の関係者などは、表にすら出てこない。私には責任はありません、くらいのつもりでいるんだろうと思う。
私自身も、自分自身が悔しい。なぜ、もっと早く、届かないにしても声高に主張して、というか、執拗に書き続けなかったんだろうか。「処理水を海に放出するしかない」と政府が決めたあたりから、もっと執拗に書き続けるべきだったと、後悔している。(今更遅いけれど。)
メディアも沈黙していた。というか、それが日本のメディアなんだろうな、という気もする。ジャニーズ事務所の一件を見ていて、思った。日本のメディアは、一度「タブー」にしてしまうと、もう、見て見ぬふりなのか、忘れてしまうのか、綺麗事の「メディアの使命」なんていうのは、やっぱり存在しないのか、とも思ってしまった。

民間企業だったら、「事故を起こしました。対応したいけれど、できません」と言って放置していたら、袋叩きのような気がする。システム開発なんて、特にゼロから作る場合で新しい技術を使ったりしたら、「想定外」のトラブルなんて日常的で、直面するたびに、(幸い私は、大した給料をもらったこともないけれど、責任もほとんど持たされなかったから、そこまで過酷な体験はしていないけれど、)ほとんど会社に泊まり込んで「月の残業時間が200時間超えなんて、常態化している」ような現場も、たまに耳にする。理由は単純で、「責任があるから」だと思う。
ところが、原子力関係は、誰も「責任を持たない」。東京電力ですら、地下水の流入を「止められません」ってだけで、本気の取り組みをしているとは思えない。

と、ぼやいていて、思った。こういう時こそ、法律の縛りが必要なんじゃないか?
原子力のような「万が一の事故の際には、『あらゆる手段を尽くして』対策を取る義務があり、問題が解決するまでは、定期的(最低でも月に一度か?)に、その対策の具体的内容と成果を国民(というか、法律的はきっと、「国会」なんだろうな)に報告する義務を負い、「成果」が挙げられなければ、代替策として別の手段を講じる「義務を負い」、代替策を当事者(原子力行政の担当者や、専門家会議、東京電力)などが思いつかなかったならば、国民に一般公募して代替策を募り、日本国内から解決策として(科学的技術的に有用性が考えられて、)採用できるような策が何も出なかったなら、懸賞金付きで海外にも「解決策」を募る「義務を負う。」と。
海外からも、懸賞金付きでも具体的なアイディアが出なかったなら・・・(その時は、一応、こうして書いている手前、また次の手を考えて何かないか、アイディアを出したいと思うけれど・・・)とにかく、あらゆる手段を尽くして、今回の場合で言えば「地下水の流入を止める」ことを当事者(しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議、東京電力)に負わせる、そういう法律を制定できないものかと思った。
「すみません、ちょっとだけ考えたけど、何も思いつきませんでした〜だから、何もしてませ〜ん」という、現状のような状態だとしても、少なくとも、それ(何もしてませ〜ん、ってか、できる能力を我々は持ってませ〜んと、そのセリフ)を毎月国会で報告させる必要があるんじゃないかと、私は思う。もし、当事者には能力がないという報告があったら、国民に一般公募して、どんな具体策が出たのか全部インターネットに公開して、それら「具体策」への国民のコメントも閲覧できるようにし、採用できる案は採用することを義務付ける。一般の意見をどう考えるかを、当事者(何度もしつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)に、国会でコメントさせる、などを法律で、義務化させられないものだろうか、と思う。

単純に考えて、「汚染水の処理水の海洋放出は、いいことか、悪いことか」と問われたら、間違いなく「悪いこと」だと思う。
周辺国の立場なら、「そんなことされたら、海が汚れるから困る」と考えるのは当然だとも思える。この点については、中国の姿勢も一部分だけ理解する。

でも、結局海洋放出になってしまった。それなら、もっともっと早い段階で、当事者(何度も何度も、再三しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)が、中国もそうだし、韓国、北朝鮮(の場合には、北京の大使館か?)、さらには、台湾、ロシア、ベトナムなどに直接足を運んで、「こういう訳で海洋放出しか解決策が見つかりませんでした。我々の能力では、地下水の流入を止められませんでした、我々当事者(何度も何度も、再三再四、しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)が、まったくもって能力不足で、みなさん、近隣諸国にご迷惑をおかけいたしますが、中国や韓国の原子力施設から環境に流されているトリチウム濃度よりも低い濃度ですので、その点を汲んで、ご理解ください。」と、挨拶の行脚をすべきだったんじゃないか、と、私は思う。

さらに言えば、中国や北朝鮮などが国連で発言するよりも前に、国連などの国際社会の政治的な場面で、海洋放出を実施しますが、中国や韓国の原子力施設から環境に流されているトリチウム濃度よりも低い濃度ですので、その点を汲んで、どうか理解ください、と報告し、理解を求めるべきだったんじゃないか?

日本では、というよりも、うちのご近所では、住宅の外壁の塗装工事をする際に、業者が「こういうことで、工事をしますが、ご迷惑をおかけするかも知れませんが、ご容赦ください。」と挨拶してくる。別に特に迷惑がかかっているとも思わないけれど、礼を尽くしているな、とは感じる。他の地域でどうかは知らないけれど、少なくともうちのご近所では、こういう「礼節」がまだ残っている。
日本ってのは、礼節を尽くす国だったんじゃないかと思うが、福島の汚染水の当事者(何度も何度も何度も、再三再四、再五にわたって、しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)には、こうした「礼節を尽くす」なんていう日本的な美徳の感覚など、持ち合わせていなかった、ということなんだろうか。

こういう「法制化」を、誰に期待できるか、というと、野党なんだろうけれども、野党からはこんな議論、カケラも出てこないし、共産党ですら「地下水の流入を止められないまま、放置されている」現状を一切指摘してこなかったしなぁ・・・。野党に期待できないとしたら、どうするの?え?与党?原子力推進の旗振りをしている総本山に、自分の足に足枷をはめる法制化を期待するの?何だか、書いていてやりきれなくなった。

中国の日本産水産物の輸入停止に関して、水産事業者への補償を、800億円だったか?支出すると、それには反対しないけれども、税金からってことは、最終的に負担するのは誰なのよ。国民でしょう?とは、思う。
で、中国の、尖閣諸島とか、スプラトリーでの立ち居振る舞いを見ていたら、処理水の海洋放出を、これ幸いと「美味しい政治材料」に仕立て上げることなんて、予想できたんじゃないか、とも思うが、福島の汚染水の当事者(何度も何度も何度も何度も、再三再四、再五再六にわたって、しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)には、そんな外交感覚も、自分たちの閉じた世界以外の外のことを考えることも、できなかったのかな?と思う。ただ、さすがにそれは、当事者(何度も何度も何度も何度も、再三再四、再五再六再七にわたって、しつこいようだけれども、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)期待する方が無理か。

原発事故で、地下水の流入が全く止められていない中で、どこぞの原発の再稼働に関連して、「専門家」が「予想外のことは起きない」とか発言していた。予想外のことは起きない、って、地下水の流入を止められない当事者が、よく言うよ。「予想外だった」から対応できていないんじゃないのか?予想していたのなら何とかしろ、と思うんだが、要するに「予想はしていたけれど、事故の対策を取るなんて、やる気がありませんから、悪しからず」という言い逃れの伏線なんだろうか?

原子力行政に関して言えば、これほどのことが起きても、まるで当事者(何度も何度も・・・疲れた、もうやめますが、一応書けば、原子力行政の担当者や、専門家会議の委員、東京電力など)は動こうとしない、まるで責任を感じている様子が感じられない。

これこそが、日本の原子力行政のありのままの姿だと、主張したいけれど、マスコミもスルーか?野党は動くのか?で、国民は選挙に行くのか、って言えば、まったく期待できそうもないし・・・それで、挙句に、経済的な理由(天下りや、選挙応援なども含めて)で、原子力は今後も指針します、誰も反対しませんから、ってな感じになるのか?

師匠には、「感情的になるのは良くない」と言われているが、つい、暴走してしまった。
ただ、書いていて虚しくなった。書いたところで、何も変わらないかも知れない。そう思ったら、一気に気力が萎えた。

漁業関係者への800億円の補償?いいですよ。私には全然、金の余裕はないけど、日本人はお金持ちらしいから、黙って税金払います、使い道についてはお任せします、ってな感じかな。
終わります。

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