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本紙コーナー「反射鏡」の性別表記を考える(筑波大学新聞第365号10月1日発行)

 筑波大学新聞の読者であれば、「反射鏡」欄をご存知だろう。毎号、タイムリーなテーマを設定して筑波大生に話を聞き、匿名で紹介する名物コーナーだ。その際に所属と学年、男女別を記載してきたが、編集部員から「単純な男女分けでは、性的少数者の本意を表すことはできない」と問題提起があった。例えば、自分は男女どちらでもないという性自認の人もいるという。性別表記は必要なのか。どう表記すればよいのか。報道機関の記者や性的少数者の当事者、有識者らに話を聞き、編集部内で議論した。

※性自認=自分の性をどのように認識しているか、どのような性のアイデンティティを自身の感覚として持っているかを示す概念。「性同一性」と呼ぶ場合もある。

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投書形式の第314号(右)と現在と同じ形式の第316号 ※画像は一部加工しています

14年に今の形に

 「反射鏡」が現在の形になったのは第315号(2014年7月発行)からだ。当時、編集長だった平嶋健人さん(平成27年度社会学類卒、現全国紙記者)によると、それまでは投書形式で、3人程度の学生の声を掲載していた。だが、投書が集まらず、匿名での街頭インタビュー形式にした。第315号では所属・学年のみの記載だったが、第316号(同10月発行)から性別を入れた。

 平嶋さんは、「1人当たりの文章を短くし、多くの筑波大生の意見を拾い上げることで、読者に読みやすく、親しみを持ってもらえるようにした。性別を入れたのは発言者の情報量を増やすためだった」という。

記事で性別表記は一般的

 匿名者の性別記載は、新聞記事では一般的だ。記載はなくせないのだろうか。

 性的少数者への取材を続けている毎日新聞の藤沢美由紀記者は「男性と女性では経験や置かれている立場が異なることがある。性別表記を一律になくすと、その差や問題点が見えなくなってしまう」と話す。

 毎日新聞も、あるテーマに沿って街の声を集め、紹介してきた。

 毎日新聞社長室の鈴木泰広・広報担当は「新聞報道では、社会の多様な声を掲載する必要がある。匿名で性別表記もないと、男女の割合が偏っていても分からない。例えば、トランスジェンダー男性と回答された時は、話の文脈によって男性と書くことも、トランスジェンダー男性と書くこともあっていいのではないか」と語る。

※トランスジェンダー=戸籍上の性別など出生時に割り当てられた性別と異なる性別を生きる、また生きようとする人のこと。

自由記述が答えやすい

 では、性的少数者の当事者たちは、性別の記載についてどう考えているのか。

 当事者と当事者に理解のある非当事者の学生たちが交流する筑波大の学生団体「サークルQ」の代表を務めたAさんは、戸籍や身体の性別は男性だ。しかし、自分自身はXジェンダーで、男性でも女性でもない「無性」だと認識している。

 Aさんは「自分は性別のことをあまり考えずに生活している。男女2択の性別の回答を迫られれば男性と答えるが、身体が男であることをその度に呼び起こされ、疲れる」と話す。

 性別の掲載理由や掲載の仕方について十分な説明があり、自由に答えられるのであれば「無性」と回答でき、口頭ではなく質問紙で聞かれる方が答えやすいという。

 「質問紙には『男性』『女性』『その他』『無回答』に加え、自由記述欄を設けてほしい。当事者がしっくりくる性自認を書くことができるだろう」とAさんは話す。

 ジェンダー史などの研究者で、自身もトランスジェンダー女性の三橋順子さんも、選択肢に加えて自由記述欄があるといいと話す。

 三橋さんは「自由記述欄があれば、自分は『トランスウーマン』と書く。『その他』という言葉のニュアンスには疎外感がある。また、性自認を表明したくない人もいると思うので『無回答』も選べるようにすべきだろう」と語った。

※Xジェンダー:性自認が男性にも女性にも当てはまらないと認識している人、流動的だと感じている人、また性自認を明らかにしない人など性自認について特定の、あるいは固定的な認識を持たない人の総称として用いられる。

多様な性自認にどう対応

 性自認のあり方は多様だ。自由記述を導入したとしても、簡潔な表記が求められる反射鏡のようなコーナーで、どう記載すればいいのか悩ましい場合もある。

 広島LGBTsサークルLightの副部長でXジェンダーのBさんは「用語が統一されていない性別の名称や表現は無数にある。自由記述で書いてもらった性別を紙面でどう表記するか、取材対象者の意図に沿っているか擦り合わせていくことは大変だ。選択式の回答にして事務的なやり取りにした方が、負担が少ない人もいるだろう」と指摘する。

 また、同サークルの部長でトランスジェンダー女性のCさんは「自分の場合、選択式だと『女性』と回答するか、『その他』と回答するか迷うと思う。自認する性を答えてよいと明記してほしい。『未定』という選択肢も入れるのはどうか」と話す。

説明と同意が重要に

 性的少数者支援に取り組む筑波大の土井裕人助教(人社系)は、選択肢を設けず、自由回答をしてもらう方式が、回答者の負担が少ないと考える。「紙面で、性自認の表現に迷うような場合は、同意を得た上で『その他』と書くという形が考えられる」と話す。ただし、質問紙を使うのであれば、情報管理を徹底する必要があると付け加えた。

 さらに筑波大ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター(DACセンター)の河野禎之・助教(人間系)は、「『なぜ性別を聞いているのですか』と聞かれた時に、その理由を記者一人一人が丁寧に説明できるまで理解を深めることが前提であり、その上で取材相手からの同意を得ることが重要だ」と語る。

取材相手の性自認尊重したい

 筑波大学新聞の新入編集部員にとって「反射鏡」取材は、記者活動の第一関門だ。見知らぬ人に声をかけるという取材のノウハウが身につくからだ。

 私も1年生の時から何度も取材に加わった。最初はとても緊張し、優しそうな雰囲気の人を選んで声をかけたりしていた。それでも、思いもしないさまざまな話が聞けることから、次第に楽しくなった。取材相手に所属と学年、性別を聞いて、断られたことは今まで一度もない。

 しかし、先輩記者から「男女の別を聞くだけでは、性的少数者は違和感を感じることもあるのではないか」と言われ、性別を答えにくそうにしていた人がいたことに思い至った。そこで、編集会議で「男性・女性・その他・無回答」と選択肢を増やし、質問紙で回答を求めることを提案した。口頭では回答しにくいと思う性的少数者も多いと考えたからだ。

 だが、編集会議では、「性別表記そのものが不要なのではないか」「記者の前で『その他』や『無回答』を選んでもらうこと自体が、回答者の負担になるのではないか」などの意見が出た。

 拙速に決めていい問題ではないと考え、性的少数者の当事者や報道関係者らに取材することにした。

 新聞社の記者への取材で、性別表記には、男女が置かれている立場の違いを伝えたり、バランスの取れた記事になっているかどうかを読者に知らせたりする意味があることが確認できた。男女2択の選択肢に不満を抱く性的少数者の当事者がいることも分かった。これらの取材内容を編集部員で共有し、議論した。

 その結果、▽社会的な問題とジェンダーは切り離せない▽バランスのとれた多様な属性の意見を載せていることを可視化できる▽テーマごとに性別を入れる、入れないの判断は難しい――などの理由から、従来通り反射鏡の匿名回答者の表記に性別を一律で入れることで編集部員の意見が一致した。

 また、性別を聞く際には、口頭より質問紙を用いた方が、性的少数者の負担が少ないと言う考え方も共有された。

 だが、性自認の在り方は多様で、どう聞き、どう表記するか自体、難しい問題だ。編集会議でも、自由記述方式にするか、選択肢方式にするか、自由記述と選択肢を合わせた方式にするのかで、編集部員の意見は分かれた。

 最終的には、質問紙は選択肢と自由記述を組み合わせ、選択肢には▽男性▽女性▽その他▽無回答――の四つを設けることにした。

 選択肢だけの回答では、自分の性自認を的確に表現することができないと感じる性的少数者の当事者がいるかもしれない。一方で、自由記述だけにしなかったのは、「無回答の意味で白紙にした際に、記入漏れですかと聞かれるのは負担だ」という性的少数者の当事者の声があったことなどに配慮したためだ。

 自由記述の内容の表記は取材時に個別に相手とやり取りし、同意を得た上で記載する。

 そもそも、一般的な記事であれば、取材相手の名前を紹介するので、あえて性別を書くことはない。匿名で紹介する際も、性別表記の仕方は事前に取材相手とやり取りして決める。質問紙を使うやり方は、反射鏡というコーナーの性格によるところが大きい。

 今回の対応が、どれだけ取材相手の性自認に寄り添うことができるのか不透明な部分もあるが、取材対象者の多様性を尊重することにつながると考えている。

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