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大学がひた隠す図書館問題を掘り起こす(法政大学新聞)

2020年3月、ある一本の電話が突然かかってきた。

「法政大学図書館の貸し出し履歴が第三者に提供される可能性があるのは知っていますか」

電話番号を教えたこともない、面識の全くない学生からの着信だった。
話をもとに大学関係者に取材を進めてみると、この貸し出し履歴に関する計画は、すでに18年に頓挫していることがわかった。

しかし、なりを潜めていたこの計画は、21年1月に再び動き始める。

法政大学市ヶ谷キャンパスの80年館(図書館)

履歴を残す「新サービス」

この計画の名称は「貸出・返却履歴」照会サービス(以下、新サービス)。
そもそもこの中身とはなにか。

2018年4月に提案された時点の資料によると、大学図書館で借りた本や資料の情報を確認、またはダウンロードができるサービスだ。

だが、主に法学部が反対意見を出した。

ハッキングなどによって履歴が外部に流出する危険性があるため、保存すること自体をリスクと見なしたからだ。
利用者自ら希望しない限り自動的に履歴が保存されてしまう「オプトアウト方式」であることも背景にあった。

履歴が警察に提供される可能性があることも、反対理由の一つとして挙げている。
2013年ごろの学部長会議では、新サービスに極めて似たサービスの導入が検討された際、「必要と判断すれば、蔵書の閲覧履歴を警察に提出することもある」との発言が飛び出していた。

学生が電話で訴えたのは、この発言のことだったのだろう。

学部長会議には総長や常務理事、学部長などが出席する。
学生が出席または傍聴することはできない。

この計画は法学部の反対もあり、断念された。
しかし21年1月、自ら希望する限り履歴を保存できる「オプトイン方式」に変えた案が持ち上がる。

新サービスについての内部資料を基に作成した、オプトイン方式と、履歴の照会・削除に関する図。図書館側は、データ破棄後に復元は「不可能」と説明している。しかし日本図書館協会「図書館の自由委員会」の委員は「情報を削除してもシステムログは残る。技術的には復元が可能」だと矛盾を指摘した

さっそく法政大学図書館に取材を試みたものの、図書館側は「今後内容が変更される可能性があるため、正式に情報が公開されたあとに取材を受けたい」と答えた。

今後、サービス内容が発表される7月まで、図書館への取材は拒否され続けることになる。

図書館のプライバシー軽視

4月19日。
法学部に所属する教員が集まる法学部教授会では、図書館担当理事と図書館長が法学部教員に対して新サービスに関する説明を行った。

図書館側は漏洩のリスクについて次のように主張した。

漏洩する可能性はないとは言い切れないが、非常に低い。また、図書の貸出履歴は、万が一漏洩しても大きな問題になるような情報ではない。漏洩すればより大きな問題となる学生の成績評価データをサーバーに保存しているにも関わらず、漏洩のリスクを理由として貸し出し履歴保存に反対するのは非合理的だ」

これに対し、法学部教授会は「学生の成績をデータとして保存することは教職員の作業を大幅に減らすなどの、漏洩のリスクを大きく上回るメリットがある。しかし貸し出し履歴を残すことはメリットが少なく、リスクが上回っている」と反論した。

既に法政大学で利用可能な文献管理ツール「RefWorks」の活用についても言及した。

法学部教授会は「学生は卒業とともに履歴にアクセスできなくなり不便だ。また教員は、法政大学の図書館以外の図書や論文も数多く利用するため、貸し出し履歴を法政大学の図書館内だけで蓄積されると利便性も低い」と指摘した。

しかし図書館は指摘されてもなお、3日後の22日の学部長会議でこれまでと同じ内容の提案を行う。

「RefWorks」は、株式会社サンメディアが提供する文献情報を管理するツール。法政大学図書館は本ツールの講習会動画を学生向けに公開している=法政大学図書館蔵書検索「データベース」のページから

説明不足のまま議論は進む

この学部長会議では法学部のみが反対意見を出し、他の学部から反対意見は出なかった。

なぜ法学部だけなのか。他学部の教授に意見を聞いてみると、図書館側は十分に説明を尽くしたのかという疑念が浮かんできた。

人間環境学部の教授は「新サービスの件は少しだけ理解している。しかしその全体像は把握できていない。いずれにしても、個人の図書情報が勝手に流出しないようにしてほしい」と懸念を示した。

文学部の教授は「新サービスについての話を聞いたことはあるが、私は中身をよく理解しておらず、明確な意見もありません」と語った。

図書館事情に詳しい、司書課程を担当するキャリアデザイン学部の教員はこう疑問視する。
「導入の理由が卒業論文やレポートに役立てるためならば、文献管理ツール『RefWorks』をもっと周知する方が先なのでは」

一方で、学生は蚊帳の外だ。大学からなにも説明されていない。
大学新聞を読まないと、そもそも新サービスが検討されていることすら知ることができない状況だった。

学生有志のオンライン署名

新サービスに反対するオンライン署名のページ。7月30日、署名の第二次提出(最終提出)をもってこの署名活動は終了した

朝日新聞が5月30日にこの問題を取り上げたことを受け、法政大学の学生4人がオンライン署名サイト「Change.org」にて署名活動を6月1日に立ち上げた。

発起人は「新サービスを危険視したのがきっかけだ。学部長会議全体でこの問題を考え直してもらいたい」と話す。学生や教職員に対して検討過程を十分に周知せずに議論が進んでいることへの不満も示していた。

6月10日に学部長会議を控え、7日には法政大学総長と図書館長へ850筆を提出。進捗を伝えるページでは「総長・図書館長には私たちの要望を学部長会議で共有し誠実に受け止めてほしい」と訴えた。

当時、法学部教授からは「法学部教授会と図書館側の意見が平行線でお互いに分かりあえていない。導入が強行されそうだ」との声も漏れていた。

条件付きの承認

学部長会議が行われる法政大学市ヶ谷キャンパスの九段北校舎。新サービスの導入が承認された6月10日も、この校舎の3階にある第一会議室で行われた

6月10日、14時59分から開かれた学部長会議は18時16分に終了。ガイダンスにおいて思想・良心の自由が侵害された歴史を説明することなどを条件として、新サービスの導入が決まった。

図書館側が1月に提案した際は、8月に導入する予定だったという。
しかし学部長会議での調整に時間がかかったために、来年3月へと導入時期がずれ込んだ。

導入が決まって約1ヶ月後の7月19日に、大学図書館は公式ページでサービスの内容について発表した
図書館側は「このサービスの導入により、利用者本人が過去に貸出・返却した資料の履歴を検索することが可能になり、自身の読書記録の作成等に役立てることができます」とメリットを強調している。

だがこのお知らせは、「重要なお知らせ」欄になく「新着」欄からさかのぼらないと見ることができない。
法学部教授は「なにか隠したがっているのではと受け取られてもしょうがないし、不誠実な印象を受ける」と不満をあらわにする。

ほかの同学部教授は「貸し出し履歴が保存されることで、利用者が本を借りることをためらう可能性がある」と話す。
希望者のみが履歴を保存できる「オプトイン方式」であれば問題ないとする図書館側の主張に対し「インフォームド・コンセント(十分な説明を受けた上での合意)の観点から見れば、自己決定を利用者に求める場合はリテラシーを図書館側が時間をかけて説明しなければならない」と苦言を呈した。

学部長会議の議事録。6月10日分についても記載されている。一部黒塗り。法人文書開示請求者は「法政大学図書館の自由を守る有志」=ぼかし加工

ガイダンスは質疑応答15分

7月に図書館の公式ページに掲載された「お知らせ」ではガイダンスを今秋に行う予定だったが、法学部との調整で12月20日にずれ込んだ。

当日は、17時30分から18時40分までオンライン会議システム「ズーム」にて行われる。
参加対象者は、法政大学の学部生(通信教育生ふくむ)、大学院生、教職員だ。

告知は開催からわずか11日前の12月9日に行われた
ガイダンス内容は、公式発表によると以下のとおり。

1. 図書館の自由を学び直してみよう(20分程度)
―図書館の「図書館貸出・返却履歴照会サービス」を利用する前に―
【法学部教員】
2. 図書館貸出・返却履歴照会サービスについて(30分程度)
【図書館職員】
3. 質疑応答(15分程度)【図書館職員】

【ガイダンス】図書館貸出・返却履歴照会サービスガイダンスについて

質疑応答は約15分と短く、利用者の不安を解消したいとの思いは感じられない。

この問題に関心を持つ法学部3年は「アルバイトがあるため参加できなくて残念だ。今回のガイダンスで学生に説明は行き届くのか」と疑問を抱く。
約1週間前の告知は、参加者が少なくなる原因となるだろう。

ガイダンスに限らず、導入前からサービスの内容を学生に向けて積極的に周知することも必要だ。
導入を予定する3月に向け、利用者の多くから理解が得られるよう丁寧な対応が求められる。

本紙では12月20日に行われるガイダンスに先立ち、近日中に記事を法政大学新聞電子版にて掲載する予定だ。
問題を報じて終わりにはせず、これからも調べ、伝え続けていく。

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