1 夢の構想

 守口「・・・ということで、銀行システム開発部としてリソースを調整し、姫宮のところで提案体制を構築できないか検討してほしい。かぞく銀行といえば、数年前にアプリバンキングのリテール部門で最も先端をいく銀行として表彰されたこともある。つまり、上手く入っていくことが出来れば、我々もフィンテック関連の取り組みに近づけるようになるということだ。そうすれば未来のプレゼンスは、きっと高まる。だから、何としてもやるんだ。」
 姫宮「なるほど。かぞく銀行はデジタル領域でも親銀行である帝国銀行の期待も大きいでしょうからね。そんな銀行が勘定系システム作り替えるって、よっぽどのことがあるんでしょうね。」
 守口「確かにな。現行のパッケージは、世界的にも最大規模のグローバルバンクのシステムを切り出して僅か半年で作り上げたはずだ。あれから確か8年が経つはずだが、世の中や親銀行の力で相当レベルアップをしているはずだから、そろそろ歪みが出てきてもおかしくないはずだ。」
 姫宮「いずれにしても、部内で検討してみます。」
 守口「それと、今のうちの会社はソリューションの取り扱いの幅が増えている。勘定系パッケージだってあるし、何かしら刺さるものがあるんじゃないのか。そういういろんな可能性を考えて、しっかり検討して欲しい。」
 
 かぞく銀行とGCSC社は、2008年の銀行設立以来の取引関係である。かぞく銀行は「家族に寄り添う銀行。」をコンセプトとし、半年で営業開始するために最初からパッケージの導入方針が決められていた。その時にPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の立場でベンダー管理を担ったのがGCSC社だった。
 GCSC社は、数年前に合併してできた企業である。旧GCS(グローバル・コンピュータ・サービス)社と旧CSC(カスタマーサクセス・コンサルティング)社の両社が2010年に合併して出来た。GCSは文字通りグローバルにシステムの導入サポートを展開していた会社で、銀行系においては海外パッケージなどに強みを持っていた。一方CSCは国内の産業界向けにカスタマーサクセスというモデルにより首位を誇っていた。
 CSCは顧客の立場に立った提案とシステム構築を得意としており、かぞく銀行の犬澤執行役員も、かつて帝国銀行のチャネルシステムでCSCのサービスを受けた一人である。顧客の期待に応えるために、システム以外のサポートも手厚くしてきた結果、付帯業務を含む定額のSIサービスとしてカスタマーサクセスモデルが出来上がっていた。
 一方でGCSはグローバルスタンダードに基づくパッケージビジネスで国内の業界団体をリードし、自分たちの得意なものを提供することで、スピードと効率性を維持してきた。
 ほぼ同規模の大会社が合併したが、対照的な2社のビジネスモデルは異なり、相互補完関係にあった。このため統合後数年経つが順調に業績を伸ばしていた。
 姫宮は開発部長という立場で担当顧客に関する案件全般を把握し、開発要員の調整を行う立場であった。過去からエンジニアリング現場のたたき上げで今の立場となったが、MBAも学び事業マネジメントに活かしながら、新たな中期経営計画のテーマを検討していた。今回の話はその矢先に舞い込んできたため、将来の大きな可能性に繋がるものと期待を持っていた。
 姫宮は早速フィジビリティを検証するため、当時PMOとして関わっていた志賀と、部内で一流のITコンサルである東山に相談することにした。
 「東山さん、では場所はいつもの『魚味』(うおみ)でお願いします。。」
 「ああ、宜しく。」
 魚味は会社合併して新オフィスに移転して以来通っている近所の海鮮居酒屋で、築地から取り寄せる新鮮な魚介を使った料理が定評である。特に冬のぶり大根は脂も乗っており、定評であった。
 「ごめんください。」
 小柄ながらも活気の良い大将が気持ちよく迎える。
 「らっしゃい!3名様ですね。お待ちしていました。今日はカンパチ入ってるんで、是非お願いしやす!」
 「ああ、それは刺身が旨そうですね。あとでお願いします。」
 「ささ、こちらのテーブルでお願いしやす。」
 
 姫宮、志賀、東山の三人はテーブル席に陣取り早速プロジェクトの方針、可能性などについて相談した。
 志賀「姫宮さん、それはまさにチャンスではないですか。勘定系という事なんでしょうけど、我々が得意なチャネル部分をフルスクラッチに出来れば、コンペに持ち込めますよ。」
 姫宮「確かにそうなんですけど、足掛け6年って、勘定系入れ替えるだけでも相当大変ですよね。うちは会社が合併していくつかソリューションも増えましたけど、銀行勘定系で戦えるかというとさすがにそこは歯が立たないはずで。それにパッケージを一から選定するって、全業務洗い出してひたすらプロコンの連続だと思うんですけど、そもそもそこが大変ではありませんか。」
 東山「それって結局、もしもうちが何も提案できなければ、単ににパッケージの導入支援だけして、6年間が終わってしまうよ。有識者の時間だけが取られて終わり。」
 姫宮「こちらの思惑がが失敗したら、そうですね。つまりやるのであれば、本丸の勘定系領域ではなく、フロントチャネルの部分に集中するしかないと思っています。ただ、今はそんな前提も約束も全くないので、自分たちで議論を誘導して行くことが方針になるということです。」
 冷静に聞いていた東山が付け加える。
 東山「もっと言うと、選定に関わると言うことは、うちが勘定系を提案する前提はないだろうし、仮に万一チャンスがあって、チャネルシステムのコンペに参加することになれば、PMOは辞めるということだよね。そんな吊り橋みたいなところでやるからには、会社として方針の軸を持っておく必要がある。そういうことは本社でも合意されているの?」
 姫宮「まだなんとも言えないところですね。ただ、この場で話し合った方針については共有して進めたいと思います。」
 志賀「まあ、やってみなければわからないことは沢山ありますからね。判断も沢山求められるでしょうけど、その都度営業戦略と共有して、どちらかに軌道修正が必要なら方針変更して行くってことでどうでしょうか。」
 
 東山は冷静沈着。もっともな指摘である。志賀は取り敢えずやってみるノリがあり、未知な領域で周囲をドライブする力がある。両者ともこの提案には欠かせない、と姫宮は感じていた。
  姫宮「ありがとうございます。今回かぞく銀行の犬澤さんに声掛けしてもらえたのは、過去の支援実績が認められたこともあると思いますが、IT面に関する情報感度や捌き力にも期待を込められていると思っているんです。まずはその期待に応えるところからやっていければと。それと犬澤さんとは数年ぶりですが、関係を改めて作っていけば意見も通りやすくなると思うんです。是非お二人のお力をお借りしたく、お願いします。。」
 志賀「わかりました。6年間頑張りましょう!」
 東山「ほーい。」
 ひとしきり話した時に、魚味の大将がカンパチの刺身を持って来た。
 「この時期のカンパチは脂が乗ってて美味いんです。醤油でも良いんですが、ごま油と塩のつけダレでも美味しいですよ。。」
 そう言われると姫宮はつけダレでひと口つまんだ。
 「ああ、これは魚ではない別のものを食べているみたいですね。お陰でビールが進む。もう一杯!」
 そういっていつものような飲み会が続いた。
 その日帰りながら姫宮はこれからの進め方を整理しようとした。これからやっていこうということで、その場の雰囲気で意気投合できたが、安易に乗ってしまって良いのだろうか。よくよく考えたら、自分たちには過去のチャネルシステムでの経験しかないわけで、それは人しかいないことを意味する。そう考えると、東山の言うように、我々に期待されているのは都合の良い経験者を欲しているだけなのではないのか?そんな不安が急に頭をよぎった。そこでプロジェクトを進めていくうえでのリスクと対応方針を洗い出し、冷静に考えてみることにした。
 
 ・検討体制のどこに入るのか?
 勘定系システムの特定の機能の移行までやることになれば、それこそ提案に持ち込むことは不可能。これについては、早くからフロントと勘定系を分割する案など、かぞく銀行がどこまで将来性をもって考えているのかを確認してみよう。
 
 ・社内で競合することはないか?
 GCSC社も合併してまだ5年。自分でも会社がどれだけの組織となったのかがはっきりとわかっていない。そしてかぞく銀行は親会社に流通大手企業を持つ。企業グループとしては社内のどこかに取引があるかもしれない。その時に我々の取組と背反する動きが取られていないか、確認が必要だ。これは営業に確認してもらおう。
 
 ・あとから提案が出来なくなるとどうなるのか?
 今この検討フェーズで何等かのチャンスを掴めたとしても、仮にその時に提案が出来なくなってしまったら、どうなるのだろうか。対銀行の取引上、きっと二人はそのまま最後まで残さざるを得ないだろう。その場合に既存事業や他へ影響を与えることはないのか。
これはどのみち先に進めてみないとわからない。未来のある時点の前提を今考えてもしかたないし、それでは何も進めないという答えしか出ないから、提案のタイミングに合わせて体制を作ると決めるしかない。
 
 「よし、あとはこれを本部の審議にかけて、会社としての方針を固めれば動くことが出来そうだ。」
 姫宮は頭の中で整理しながら、取りまとめた意見を守口営業部長と執行役員である田中本部長に相談した。
 守口「そういうことなら、リスクや課題と取りうる選択肢を調べながら進めてくれ。」
 田中「まあどうなるかわかんないけど、やっておいても悪くは無いんじゃないの?」
 姫宮「わかりました。これからかぞく銀行に疑問点をヒアリングしたうえで、進めるべきかどうかは決めさせて下さい。」
 田中「宜しく。状況はまた教えてくれ。」
 こうして姫宮は、早速かぞく銀行の犬澤執行役員を訪問した。
 「・・ということで、貴行のご期待には最大限お応えしたいのですが、ビジネスとして将来に繋がるのか、上の者がどうしても確認しろとうるさいので、お忙しいところご迷惑と思いながらも参りました。本当に急で申し訳ありません。」
 情報を引き出す時の、いつもの常套句である。こうやって犠牲者っぽく振る舞うと、同情してもらいやすい。
そしてこちらの手に乗ってくれたのか、犬澤役員はざっくばらんに話してくれた。
  「そうなんですね。姫宮さんも大変だ。守口さんには申し上げたんですけどね、かぞく銀行立ち上げたものの、理念だけで何かを進めるなんて出来っこなくて。パッケージは確かに立ち上がりが早いですが、入れたら入れたでベンダーの言いなりで。特に海外製パッケージなので、メンテしてるのは基本外人じゃないですか。かぞく銀行のマーケットは完全ドメスティックなのに、海外の先端をいくパッケージの考え方なんて、そう簡単にマッチしないんですよ。」
 犬澤役員は堰を切ったように、心の内の思いを伝えてきた。
 「銀行さんも大変なのですね。でも現行システムのグローバルバンクといえば、国内事例は少ないかもしれませんが、海外では圧倒的なシェアではなかったでしょうか。勝手なイメージですが、業務も含めてパッケージに乗れば、業務もグローバルスタンダードになっているんだろうなと思っていました。」
 そう返した次の瞬間、待ってましたとばかりに口を挟んできた。
 「そこ、そこなんですよ!」
 そして一息落ち着いた後で言葉を続けた。
 「確かにグローバルスタンダードになっているんでしょうね。そのまま使えば。でも銀行のサービスは時代とともに変わって行くんです。新しい商品付けたりキャンペーンやったり、ネットで出来る手続き増やしたり、セキュリティレベル上げたり。変えるというより機能追加することに対して、パッケージはまず大変。それから、データの持ち方もグローバルスタンダードかわかりませんけど、口座の考え方とかが帝国銀行のときとあまりにも違いすぎて、かつブラックボックス。それを翻訳者を交えながら海外にいる外人チームで対応してもらおうって言うんですから、一個の項目追加だけで見積もり取るのに一ヶ月くらいかかるんですよ。」
 「そんな手間がかかるのですね。」
 悩み事はまだまだあるようだ。
 「手間だけではないんです。パッケージの中に階層という考えがないのか、データも何もかも一緒になってるみたいで、一つ修正すると別のところに影響してしまうんです。現場はそのために障害対応ばかりで、本当に可哀想で。」
 犬澤役員は帝国銀行のインターネットバンキング更改でお世話になった方だ。帝国大学出身で、物事の理解と整理する能力が半端ない。これまでも多くの課題を難なく解決してきたエリートのはずであった。そんな犬澤役員の口から、システムの維持に手を焼いていると言われると、困窮した様子がとてもリアルに伝わってくる。
 「確かに、そんな状態であれば見直すタイミングは今回しかないですね。」
 「今回というか、本当は今すぐにでも変えたいんです。でも更改期限まで現場には頑張ってもらおうと思いますので、何とかして頂けそうな国内ベンダーさんに限定してお声がけしているんです。」
 「なるほど。身が引き締まる思いです。」
 「そういえば、今日はご質問という事でしたよね。どのような事でしょうか?」
 そう質問されると、姫宮は数分前の自分の発言を少し後悔した。かぞく銀行はただただ大変な状況を打開したいという切実な思いで助けを求めている。それなのに我々は自分たちの利益のことしか考えていないのではないか。
 姫宮は、目の前で苦悩の表情をしている大澤役員と目を合わせられなかった。
 しかしながら、実際そういうことなのだろう。これまでも、昔からそうやって、色んなシステムが作られてきているのだ。犬澤役員の思いに理解を見せつつも、自分たちのやるべき事を果たそうと思った。
 「何とか我々もお力になりたいと思います。とは言え、パッケージという事ならお手伝いできる範囲は限定的になるかもしれません。フロントチャネルもパッケージにする事で決まっているのでしょうか。」
 「いや、そこは、検討次第ですね。勘定系は預金や為替など、決まった業務なのでわざわざスクラッチで作る必要はないですが、やっぱり将来を考えると変化の激しいフロントチャネルは同じパッケージ機能というより、自分たちの意思を持ったものにするんじゃないですかね。スクラッチももちろんありだと思っています。」
 「そうなのですね。帝国銀行でも以前チャネルシステムのフレームワークを作りましたし、フィンテックと言われる次の時代に相応しいものができると良いですね。」
 「そうですね。御社の場合フレームワークや処理方式には強い人たちがいっぱいいるから、そういうご提案して頂けると嬉しいですね。でもまずは勘定系パッケージをどうするかをじっくり決めて、その次にフロントチャネルを考えていくのでも良いでしょうね。」
 「そういえば設立時に関わった志賀というものがおりますが、御行での経験者が良いとかあるのでしょうか。」
 「いや、そこもフラットに考えてもらって良いかな。勘定系の選定だけでも大変なので、しっかりした考え方を持っておられる方が重要かなと思っています。それがご経験者というならさらにありがたいですけどね。」
 姫宮には、提案体制をどうするかというそもそもの宿題もあったが、この打ち合わせで明確に確信を持った。
 志賀と東山で進めることでまず間違いないだろう。志賀は過去の導入支援でPMOという、プロジェクト推進のサポートを経験しており、やる気に満ち溢れている。東山は冷静に物事を整理していくので、経営層でも納得のいく検討のアウトプットが出せるはずだ。
 「なるほど。そういうお考えであれば、我々も柔軟に検討ができそうです。ご満足頂けるような体制提案が出来ると思います。」
 そう言ってかぞく銀行を後にし、さっそく田中本部長と守口営業部長へ報告した。
  姫宮「これならフロントチャネルの領域で提案できる可能性があると感じました。」
 守口「それで、体制はどうするんだ?」
 姫宮「はい。その点も確認しましたが、今考えている二人がマッチしそうでした。」
 田中「なるほど。では提案は進めても良い。ただし、何かうちのサービスが刺さらないか、しっかり考えるんだ。今までのような人貸し、人月ビジネスではこの先の成長はない。次の中計でも経営から問われてるんだ。そこに対する答えがないとその先進められるかわからない。なんとか考えてくれ。」
 姫宮「はい。銀行の目的からするとスクラッチに意味がありそうですので、どこまでのことができるかわかりませんが、意識してチャンスは窺います。」
 田中本部長の指示は話半分に受け止めることにしたが、確かにここ数年、会社からサービス型へのビジネスモデルの転換が叫ばれている。SI(システム・インテグレーション)というのはシステムを扱う仕事であり、聞こえは良いが中身はほとんどが要員の稼働率に関心の集まるビジネスである。ITを扱える人を何人何カ月投入できるのか。それがこの業界で数十年間変わっていないビジネスであり、人月ビジネスとも揶揄されていた。
 一方で、クラウド型ITサービスは、サブスクリプションや従量課金制というビジネスモデルになっており、人ではなくシステムが収益モデルとなっていた。そこへ飛び移れた業者は人月ビジネスから脱却できるため、今後のSI業界の生き残りの手段として不可欠と考えられていた。
 旧CSC社時代には、カスタマーサクセスというモデルを確立させてはいた。しかしながらそれは従業員が顧客先に出向き、1ヶ月間の決まった時間をITの運用保守や、システムに付随する一連の業務を請け負う形で定額制課金モデルを提供しているに過ぎない。中身は人月ビジネスと変わりがなく、聞こえの良いように取り繕ったようなものだ。
 姫宮は色々なことが重しにかかることによって、今後の方針判断を誤ることを恐れた。そのため、サービス型モデルというのは今は一旦考えないようにした。
 
 2016年7月。
かぞく銀行次期システム更改基礎検討の提案の日を迎え、守口営業部長と姫宮の2人で訪問した。
 「色々とご検討いただいたようで、大変ありがとうございます。」
 体制については、守口営業部長から伝えられた。
 「まずは経験者と、その方面に明るい要員を支援として着任させ、検討を進めながらその先どのようなご協力ができるかを一緒に考えていきたいと思います。」
 犬澤役員は体制には満足したようで、さっそく期待の言葉が添えられた。
 「検討のアウトプットは何をどのように検討したのかということが大事ですので、現行システムの課題や運用状況などの経緯を色々見てもらいながら、理想のシステムを描きたいと思います。そこを進める上で、志賀さん、東山さんであれば心強い。さっそく来月キックオフを行いますので、そこからご参加をお願い致します。」
 こうして検討チームへの体制参画が実現した。
 しかしここからが、本当に長い次期システムの検討、開発が行われることとなる。果たしてGCSC社が、かぞく銀行の未来のチャネルシステムを担うことができるのか。この先はどのようにコントロールしていくのか、全ては二人の手腕にかかっている。
そして姫宮は体制への参画が決まったことを志賀に伝えた。
 「来月キックオフがあるそうですので、そこから参画をお願いします。」
 「ついに始まるのですね。あれから勘定系システムについて調査を進めていました。。」
 「そうでしたか。何か発見はありましたか?」
 志賀は既に事前リサーチを始めていたらしい。関心のあることには動きが速い。
 「かぞく銀行が現在使っているグローバルバンクは、10年前に国内に登場した頃でこそ旋風を起こしましたが、現在ではそこまで伸びていません。むしろかぞく銀行と同じように撤退するところが目立ちます。」
 「それはどのような理由なのでしょうかね。やはり同じように海外系だからということですか。」
 「そこまでは分かりませんでしたが、ここ最近目立ってきているのは、Linux上で稼働するBANKCENTERというパッケージが特徴的です。小規模ですが地銀の業務は完全カバーしており、これから銀行を始めたいというところにはウケが良さそうです。あくまで地銀発のパッケージですので、かぞく銀行にマッチするわけではないと思いますが。」
 事前リサーチとは言え、まだまだ調査すべきことはある。今焦って方向性を立てる必要はない。
 「わかりました。今の時点でどれかに絞る必要はないでしょうから、リサーチの結果はうまく比較検討の材料として下さい。私は社内で海外系の事例等をあたっておきます。この後は、私の立場は支援のみとなります。全ては現場に入り込む志賀さん、東山さんのお力にかかって来ます。しっかり頼みますよ。」
 「はい、任せてください。色々な角度から情報をぶつけてみて、銀行さんの反応を伺っていきたいと思います。そして当社が提案の機会を貰って、見事勝ち取れたら、我々の夢はほとんど完成ですね。いやあ、姫宮さんも運が良い人だ。これでしばらくは業績も安泰ですね。そうしたら私は何をやりましょうかね?」
 志賀は威勢が良く、何事も前向きに取り組む。情報の引き出しも多く、銀行の人たちとも気が合うだろう。その点は自分としても好感が持てる。しかしやや正確性に欠けるところと、この皮算用のやりとりのように、思い詰めたらまっしぐらになるところが心配だ。そこを精密機械のような東山がカバーし軌道修正するという狙いだが、うまく行くだろうか。
 と姫宮は話しながら考えていた。
 
 2016年8月1日。
 そしていよいよ、プロジェクトはキックオフの日を迎えた。

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