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カルテットとすゑひろがりず

ここ数週間、ドラマをよく見ていた。これまで見ていなかったものよりも、過去に好きだった作品をざっくばらんに見返すことが多かったように思う。

今日はドラマ「カルテット」の話をしたい。TBS制作、2017年1月期の作品である。

「カルテット」は不思議な作品だ。Webページには「大人のラブストーリー×ヒューマンサスペンス」とあるが、いまひとつしっくりこない。どういうジャンルのどういうドラマか、それらをなんとも形容しがたい作品なのである。主人公は30代の4人の男女。弦楽四重奏「カルテットドーナッツホール」を結成した彼らは、謎と秘密を持ちながら、冬の軽井沢の別荘で生活を共にする。名前のとおり、ドーナツの穴のように欠けた部分のある4人が互いに寄りかかりながら暮らしていくのだけれど、その距離感がとても心地よい。近すぎず、遠すぎない不器用な4人が発する言葉が恋しくて、度々見返したくなる作品の一つである。

作中、最も美しいシーンが第9話にある。日だまりの中、満島ひかり演じる「世吹すずめ」が、自分の好きな人のことを勤め先の老人に語る場面。

私の好きな人には 好きな人がいて
その好きな人も 私は好きな人で
うまくいくといいなあって

彼女の好きな人は、日常の中のちょっと頑張らなきゃいけないときに現れ、そのときちょっと横にいる。例えば住所をまっすぐに書かなきゃいけないとき。エスカレーターの下りに乗るとき。バスを乗り間違えないようにするとき。そして、白い服を着て、ナポリタンを食べるとき――そのことを語るすずめちゃんは、その「好き」が決して成就しないことを自分で消化しながら、それでもなお満ち足りたふうで、溢れんばかりのいじらしさに胸をつかれる。

一方で、実はすずめちゃんにもやさしく好意を寄せる存在がある。ただ、その人もまたすずめちゃんと同じように、秘めた片思いを甘んじて受け入れていて、あくまでも相手のことを思い遣るこの双方の関係性が本当に愛おしい。「全員片思い、全員嘘つき」のコピーが第9話で深く沁みる、珠玉の作品である。


私の「ちょっと頑張らなきゃいけないとき」は、昨冬だった。あの時期、過去一番の大きな仕事にあたっていた。自分で望んだものではない。誰かがやらねばという性質のものが回ってきて、ひたすらに追われる日々が3か月以上続いた。さほど年齢を重ねているわけでもないので、ステージアップとスキルアップが毎年必要であろうという考えに立てばそうなのだけれど、寒々しいデスクで一人、モニターに向かいながらプレッシャーやストレスが募る日々はまさに戦いだった。満身創痍で3月を迎え、いよいよ最大の山がやってくるぞというとき、目に飛び込んできた12文字のツイートが、心の琴線に触れた。


「おっしゃやったるぞ!!!」

3月7日(土)R-1ぐらんぷり2020の決勝前夜23:14、すゑひろがりず南條のツイートだ。

私の小さく狭い世界には、上司や友人、家族も含め、こういう意気込みのようなものを大々的に表明するカルチャーがない。だから、何かとても鋭くて鮮烈な衝撃を与えられた気がした。


このときから、私の心のどこかに南條がいる。ちょっと頑張らなきゃいけないとき、この「おっしゃやったるぞ」が浮かぶ。「真剣勝負で汗かいてやっているところを見てほしい」と言っていた実直な顔を思い起こす。

Excelシートの数式を、範囲を間違えないように複写するとき。気難しい上長と交渉するとき。例外処理を行うとき。急遽新機能の実装をいわれたとき。昼ご飯を食べ損ねたとき。どうにか一日を終えて、車のキーケースを握りしめるとき――。

すずめちゃんの「好きな人がちょっといて、そしたらちょっと頑張れる」はまぎれもなく色恋としての「好き」であった。私のそれは、そういうものではない。キーケースを握りしめながら得る感覚は、憧れのスポーツ選手からエールをもらっている臆病な少年のそれにきっと近い。


しんどい仕事、どうにかやり切った。寝つきも夢見も悪かった。あの業務のことはしばらく思い出すまいと決めている。遅かれ早かれ、放っておいてもどのみち次の山はやってくる。しかしそのとき、「おっしゃやったるぞ」が私の掌の中にある。熱を生む言の葉。それだけで何か、これからが違う予感がしている。


あとがき

連続ドラマが大好きです。1週間を生き延びるための栄養源。来週絶対に続きを見なくては!と思わせてくれる作品に出会えたら最高です。ここ5年、特にTVerでの配信が主流になったぐらいから、ドラマと共に暮らしていました。朝は大体タブレットでドラマを見ています。支度をしながらだと、20分枠のものがちょうどいい。隠れた名作が多いのも特徴です。

2020年春クール、この習慣がストップしていまして、さあこれからという感じです。U-NEXTに登録しているので過去のドラマ作品を好きなだけ見れるのですが、自分のタイミングで次々と見進めれてしまうのは良し悪しだなあと思っています。1週間、ついて離れて寝かせて待ち焦がれてという過程も、ドラマを味わうために必要な時間である気がしていて。「あの2人は今度こそ分かり合えるだろうか」とか「犯人は一体誰だろう」とか、そういうささやかなワクワク感が、生活の中でふとした瞬間に頭をかすめていく感じが好きです。「次回どうなるかな」なんて、人とフラットに会話ができて、盛り上がれたらそれも最高。誰もその先を見たことがないものは、そのことだけでもそれなりの価値があるのかなと思います。


最後になりましたが本日6月3日、すゑひろがりず南條さんお誕生日おめでとうございます!
日頃おめでた芸をされている方への「おめでとう」。こんなバースデーメッセージは人生初です。どういう表し方があるだろうかと頭をひねりましたが、独自のスタイルで「めでたさ」を無数に表現しているすゑひろがりずこそ「めでたい」の本職なわけで、ここはもうシンプルに「おめでとうございます」かなという結論にいたりました。お二人の表現や言い回しが好きです。すゑひろがりずの芸の世界、もっともっと見せてください。

社会の状況が一変して、悔しいことも多くあったのではないかと思いますが、お二人に最高にめでたい正月が来るといいなあ、これからそういう下半期になってほしいなあと願うばかりです。大好き!


出典

[1] TBSテレビ「カルテット」 (公式Webサイト)
https://www.tbs.co.jp/quartet2017/

[2] U-NEXT「カルテット」(2017,TBS)
https://video.unext.jp/title/SID0027969

[3] Twitter すゑひろがりず南條(2020.3.7)
https://twitter.com/GSOPnanjo/status/1236294269498880002


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