見出し画像

ハケンの品格とトニーフランク

トニーフランク「壁の向こうに笑い声を聞きましたか」を聴く。MP3の音源も良いが、生配信での弾き語りは深みを増して余計に響く。去っていった同業者に向けて歌った曲。私も自身の界隈――今はもういない同業者のことを思った。


かつて同じセクションで働いていた上司。嫌な役目がまわってきても不平不満を決して漏らさず、いつも誰かを庇い助ける人だった。暮れの頃、「実は、」と職を辞することをひそかに告げられた。何の力添えもできなかった若輩者に会うにはおよそ過分な、きれいな服で来られた。どこまでも真摯なこの人の流儀だと分かった。突然の告白、何も言葉が出てこなかった。

新人の頃、指導役として面倒をみてくれていた大先輩。恩人といってもいい。ポジティブな気風と余裕に満ち溢れ、この職の魅力と叶えられる夢を嫌というほど見せてくれた。この人の語りにはいつも希望があって引きつけられた。あたたかな存在感を伴いながら、ずっとずっと先を見ている人で、その未来との距離感が私にはときどき分からなかった。壮大な世界で生きていたその人も、請われて職を移り、今は遠いところで活躍をされている。


2007年1月期のドラマ「ハケンの品格」に印象的なフレーズがある。破天荒な強さを持つ主人公「大前春子」の「働くことは生きること」というメッセージ。仕事や社会というものからまだ離れたところにあった私にも、大人たちの生きる世界を凛々しく映して示してくれた。そして終幕、このメッセージに呼応して別の登場人物から春子に投げかけられた返歌「一緒に働くことは、一緒に生きること」は、職業者となった今だからこそ反芻していきたいフレーズだ。


一緒に働くことは、一緒に生きること

ひとかどの人間として業界に立つにはまだまだ分が足らないが、それでも界隈で長く過ごしていれば、その世界に流れる特有の空気を掴みとれたと思う瞬間がある。極めて感覚的なものだから、確証も得ないし、誰かに話したこともないけれど、「今のふるまいは〇〇さんの手法を踏襲できたな」とか「△△さんなら間違いなくこう動くだろうな」とか、そういう手応え。答え合わせをするのは野暮というもので、お世話になった人たちを思いながら、この味はあえて一人で噛みしめる。

思い上がりに過ぎないのかもしれないが、それでも。同じものを見たのではないか、同じ空気を吸ったのではないかと確かに思える感覚がある。一緒に働き、一緒に生きた者だからこそ、同志として共有できる結びつきがあると信じたいのだ。

大好きな先輩やめてった 才能ある後輩やめてった
仲が良かった同期もやめてった
文句は言えない 僕たちは所詮誰にも頼まれず好き勝手にやってる
だけどこれだけ聞かせて、最後の確認
新しい世界へ旅立つあなたに確認、
あなたも壁の向こうに笑い声を聞きましたか
「壁の向こうに笑い声を聞きましたか」(2019)

トニーフランクは彼らの世界のその結びつきを、「壁の向こうに聞いた笑い声」と形容し、音楽に乗せて歌い上げた。ほとばしる感傷と悔しさ、その道で精一杯生きる者の泥くさい日々と決意。心を打たれて音源を購入したのは良いが、職に生きる人の思いが一心に込められているものだから、この曲を聴くタイミングはひどく難しい。私の業界にも、こんな音楽があればいいのにと思う。目指していくべき一筋の高みを照らす曲、そしてあなたもそうでしょうと問いかけ、個々が仲間であることを確信し合える音楽が。


時季がめぐり、先の人たちが切り拓いた現場を任されるようになって、ああこの景色を見ていたのだなと震え立つ。臆する部分は隠しながら、背筋を伸ばして立つ。心の中で一礼して、さあ第一声、息を吸い込む。


あとがき

よしもと劇場公演再開、すごく嬉しいです。6月19日「笑ってムゲンダイ!劇場再開スペシャル」、有料配信で拝見しました。開演前の注意事項、しだいに大きくなる出囃子、お客さんの拍手の音。インターネット経由ではあるけれど、劇場の雰囲気が戻ってきた感じを味わえてワクワクしました。

トップバッターのインディアンス。つかみのところ、田渕さんがいつも以上にイイ顔で、爆発しそうな喜びを全身で表しておられていて、胸が熱くなりました。この人の喜びの感情は所作だけでなく目尻に出る。漫才は言葉も動作もキレッキレ。とっても良い時間をもらいました。

何度かnoteで書いていますが、形態は違えど「しゃべる仕事」をしています。一足お先に、私も現場復帰を果たしました。いよいよ今日から人前に立てるというとき、言いようのない嬉しさが込み上げてきて、多分心の中で、このときの田渕さんと同じお顔をしていたと思います。

劇場が客数を絞ってアクリル板を立てているように、こちらの界隈もこれまで通りとはならない状況です。形態を変え、色々工夫しながら凌ぐしかない。こちらの声を届けるのはわりといろんな手法がありますが、聞き手の反応を拾うのは本当に難しい。対面の場であったとしても、マスク1枚でこんなにも変わるものかと驚いています。ストレスは多いけれど、まだまだ長くかかりそうだからやるしかない。場数を重ね、適応を目指すのみです。


連続ドラマも再開しつつあって嬉しい限りです。13年ぶりに復活した「ハケンの品格」も放送再開の様子。HPのお写真を見ていても、篠原涼子さん、大泉洋さん、小泉孝太郎さん、全員歳月を感じさせないのがすごい。本編はどうなっているのかなあ。第1話、これから見ます。


出典

[1] YouTube「トニーフランク『壁の向こうに笑い声を聞きましたか』」(2019.11.28)

[2] YouTube「『TSUJI×TAKA×TONY~弾き語り芸人が唄うたう夜~』」(2020.6.15)

[3] 日本テレビ「ハケンの品格」 (公式Webサイト)
https://www.ntv.co.jp/haken/

[4] 吉本興業 ラフ&ピースニュースマガジン「劇場再開に歓喜! EXIT、すゑひろがりずらが珠玉のネタで∞ホールを爆笑の渦に!」(2020.6.20)
https://laughmaga.yoshimoto.co.jp/archives/87530

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?