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23年1月28日放送の「クラシックの迷宮」を聴いて

 毎度、楽しみにしているNHK-FMの「クラシックの迷宮」は、音楽評論家の片山杜秀さんがディスクジョッキーを務め、入門からレア曲、さらにはアニソンから映画音楽まで幅広く届けてくれる、良質な音楽番組だ。 
 このほどこの番組が放送10周年を迎えた。前週にリクエスト特集というまあ珍しい企画を放送し、その中で、NHKに眠る邦人作曲家の音源を聴きたい、という意見が多数寄せられたとのことで、今回はそうではないリクエストを中心にお届けするが、いつか必ず、NHKのアーカイブスに眠る音源特集を組んでくださるとのこと。非常に楽しみだ。
 なぜなら、もとより日本人の作曲家に興味を持っていた私を、そこ知れぬ沼へとひきづり込んだ番組がこの番組なのだから。毎月最終週のNHKアーカイブスの音源を蔵出し放送する回は、必聴であり、ものによってはよだれダラダラもんの音源が出ることがある。
 1月28日はNHKアーカイブスに眠る「松平頼則作品を聴く」であった。1960年代に作られた大規模作品、かつそんなに聴く機会がないものを3曲放送していた。
 戦後前衛の時代において、中堅・ベテラン世代の旗振り役として活発な作曲活動を続けていた松平の50代後半から60代へ至る頃の作品で、この放送を私は車で家へ帰る途中で聴いていた。FMトランスミッターでBluetooth通信を使い、iPhoneからNHKらじるらじるを起動し、クリアーな音質で聴いていたところで、当時出演した「現代の音楽」のインタビュー音源を流すという。
 そこでインタビュアーを務めたのが芥川也寸志さんであった。

 まさかの!え?嘘でしょ?

 私は耳を疑い、急いで車のボリュームをマックスにした。くぐもった音源が流れる中で、流麗かつ饒舌な喋りを披露する40代の芥川と、少し早口になったり、口籠ったりしたりする、喋り慣れていないような初老の松平さんの声がする。それ自体は15分くらいかけてくださるという超贅沢コースであったのだが、松平さんの思う日本における現代音楽の受容や、戦後当時の思い出などを語っておられるのが大変印象的であった。
 特に、芥川さんが松平さんと出会った1940年代末のこと。早坂文雄さんらと一緒になって、「今日は誰それの楽譜を手に入れた」「誰それの作品を弾いた」というような会話が、日常的になされていたという。戦後の苦しい時代で、特に欧米の現代音楽の楽譜が日本に長らく入ってこなかった時代を経て、ようやくいろんな楽譜が手に入るようになったせいか、どの作曲家も飢えたように現代音楽を貪り漁っていたという。
 この話、いわゆる芥川さんを含む戦後世代が学生時代に実践していたという話はたくさん聞いていたが、松平さんを含む中堅世代がどのような戦後生活を送っていたのかというのを、当事者本人が語っておられるのは非常に印象的、かつ衝撃的であった。「戸田邦雄が十二音技法を含む新しい音楽の語法を紹介し、入野義朗、松平頼則、柴田南雄らがそれらを取り入れ、実作品に活かした」という文章を種々の音楽雑誌、書籍で見たことはあったが、当の芥川さんが「僕ら学生以上に大人が盛り上がっているから、置いてけぼりにされているような気分だった」という趣旨の発言をするくらいであったということは、中堅世代の盛り上がりようがいかほどであったかというのが、おおよそ想像できる。
 音楽ももちろんであったが、この貴重なインタビューを放送してくれた片山さんの判断、そしてそのアーカイブを残していたNHKには尊敬の念しかない。

 毎度思うことだが、NHK殿は、NHKプラスなんてものをやっているのなら、過去のNHKのアーカイブスを公開してもいいのではないだろうか。それこそNHKスペシャルや、「音楽の広場」「ETV特集」など、往年の名番組などを配信してくれるなら喜んで入会しようと思うのだが。
 それから、テレビ番組の著作権は現行の著作権法だと70年であるという。今年はテレビ放送70年。NHKの制作した番組も徐々にその著作権が消滅しようとしている。そういった番組たちをNHKはYouTubeチャンネルとかでガンガン出してはいかがか?放送の歴史であり、日本の復興の歴史そのものであるのだから、文化遺産としては十分な価値があると思うのだが。

 そして最後に「クラシックの迷宮」をはじめとする番組たちで取り上げるNHKアーカイブスの録音。これらの所蔵音源リストを公表してほしいものである。たとえば「立体音楽堂」で何が放送され、残っている音源はこれですよ、とか。あるいは「現代の音楽」の放送リスト&所蔵音源一覧など。期待するところは山ほどあるが、これらの問題をNHKが正面から取り組むかは微妙である。しかし、片山さんをはじめとする、邦人作曲家への熱い情熱を持つ人が、ぜひこの問題に取り組んでくださることを心から願いたい。
 
ちなみに「現代の音楽」で次やるシリーズにリクエストするなら、NHK電子音楽スタジオで制作された作品の全曲放送である。

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