【第659回】『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(ダニエル・マイリック /1999)

 1994年のハロウィンの季節のある日、その撮影は始まった。ホーム・ヴィデオのモニター画面に映る笑みを浮かべた大学生の女性。今よりも画質の荒いカメラはアップからズーム・アウトし、肌寒い季節の森に備え、登山用のチェックのシャツを羽織る3人の姿。男はCPのカメラを家から無断で持ち出し、映画用のカチンコまで持参している。1994年10月、メリーランド州パーキッツヴィル。映画学校の生徒である監督ヘザー・ドナヒュー(本名まま)、キャメラマンのマイケル・C・ウィリアムス(本名まま)、録音マンのジョシュア・レナード(本名まま)の3人は、卒業制作のドキュメンタリー映画の撮影のため、ブレアの魔女伝説(ブレア・ウィッチ伝説)が残るブラックヒルズの曰く付きの森を訪れた。スーパーでキャンプ・フードにビールを買い込み、森に入る3人の描写は大学生の遠足くらいの気分でいる。魔女について書かれた古文書を持参し、森に入る前にパーキッツヴィルに住む人々に森について、次々に聞いて回る彼女たちの手捌きはドキュメンタリー映画そのものである。1日目の撮影を順調に終えた3人の学生は山小屋でビールで乾杯する。「マリファナはないの?」と尋ねるヘザーたち浮ついた若者らは、ホラー映画の常道で言えば真っ先に殺される人物に違いない。2日目から森でテントを張って泊まり込み、順調に撮影は進むが、3日目の夜、墓のように積み上げた石の山が並ぶ曰く付きのコフィン・ロックで野営した彼らは、深夜、謎の物音を聞く。

 この磁場が持つ呪われた力の源泉は50数年前に遡る。1940年代、7人の少年少女が次々に行方不明になる謎の事件が発覚した。メリーランド州に入植して来た家族はこの事件を恐れ、次々に転居していく。やがて7人の惨殺死体が発見され、主犯格であるラスティン・パーは絞首刑に処されるという忌々しい事態となる。導入部分でモノクロのホーム・ビデオで撮影された映像に映る墓地には、1940年代に建てられたものが多い。魔女の呪いだと震え上がった当時のオカルト的な事件は、現代では怪しい都市伝説の一つとなり、好奇心旺盛の若者を惹きつけるのだが、彼らはやがてこの森の本当の恐ろしさに気付くこととなる。という物語の粗筋なのだが、メリーランド州の地図にはパーキッツヴィルなどという地名はない。今作は45分弱の壮大な前振り映像をインターネットや地上波のテレビで放送し、20世紀最後に壮大なメディアミックスで大ヒットを記録したいわゆるモキュメンタリー映画の金字塔である。アメリカという国は広大で、しばしば地図に存在しない街をホラー映画の舞台とした。デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』に出て来たカナダとの国境線上にある架空の田舎町ツイン・ピークス、ウェス・クレイヴンの『サランドラ』でも舞台になるカリフォルニアの先の辺境の地は地図には載らない。今作の主な観客層だった都市部の若者は21世紀を前に、自分たちの目に触れることのない田舎町の因習や呪いの磁場が発する「都市伝説」に熱狂した。

 『13日の金曜日』シリーズのジェイソン・ボーヒーズ、『ハロウィン』シリーズのブギーマンことマイケル・マイヤーズ、『悪魔のいけにえ』シリーズのレザーフェイス、『エルム街の悪夢』シリーズのフレディ・クルーガー、『チャイルド・プレイ』シリーズのチャールズ・リー・レイなど、70~80年代のホラー映画には伝説的な殺人鬼が数多く登場したが、今作に登場するのはブレア・ウィッチ伝説の呪いの気配でしかなく、その実体は最後まで解明されない。当時はこのハッタリ感満載のフェイク・ドキュメンタリー的展開とラストが腹立たしかったし、観直してみても前半部分はやはり凡庸だが、ジョシュがいなくなってからの後半部分はなかなかに怖い。90年代半ばから次々にアメリカに輸出されたJホラー・ブームの作品群は、主に数百年前に起きた忌まわしき事件の民間伝承に端を発したいわば「都市伝説」的な作品群だった。今作を監督した2人も予算がないことを逆手に取り、Jホラーのアイデアを拝借し、より広大なアメリカの架空の田舎町を舞台にして、殺人鬼の出て来ないホラー映画を捏造した。ヴィデオは現実ではないし、所詮はフィルター越しの現実でしかないというマイクの劇中の台詞こそが映画の本質であり、捏造された真実をあぶり出す。だが非職業俳優の起用、全編P.O.V.撮影のモキュメンタリーで撮影された映画は6万ドルという超低予算にも関わらず、全世界興行収入2億4050万ドルという大ヒットを叩き出す。その後、雨後の筍のように次々とフォロワーが登場した今作は20世紀最後のホラー映画の大ヒットとして燦然と輝く。

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