【第443回】『ズートピア』(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード/2016)

 小学校の出し物の席。娘の晴れ舞台を心待ちにしていた両親は、唐突に伝えられた娘ジュディの夢に驚く。「世界をより良くするために、ズートピアで警察官になる」だが小柄な体格のウサギが警察官になるなんてことは前例がない。警察官として働くのは大抵、ライオンやトラ、サイやカバなどの屈強な動物ばかり。両親はウサギはウサギらしく、田舎の農場でニンジンでも作ろうと娘であるジュディ・ポップスを説得するが、彼女は首を横に振る。日夜犯罪の撲滅に目を光らせる彼女は、偶然若い荒くれ者のキツネたちの暴力を目撃するが、国家権力も行使力もない彼女の正義感は、無情にも暴力によって潰される。頬につけられた痛々しい引っかき傷。ウサギはウサギのままでは無力だと痛感した少女は、ズートピアで「世界の警察」となる夢を心に誓う。こうして田舎町バニーバロウで育った少女は警察学校に進学。大柄な動物たちに混じって厳しい訓練の日々を送り、見事に首席で警察学校を卒業する。そして市長の推薦により、晴れてズートピア警察(ZPD)に採用されるのである。

期待に胸を膨らませた新生活、親元を離れて初めての暮らし、世間知らずな失敗劇などの一連の経験を経ての成長譚は、気恥ずかしいまでにストレートでわかりやすい。だがここから先の展開が少し定型から逸れる。刑事モノの常道と言えば、新人刑事はベテランの老刑事とコンビを組まされることになるわけだが、期待に胸膨らませたZPDではヒロインをサポートする仲間などおらず、スイギュウのボゴ署長には署内の通信システムへのアクセス権を絶たれる。更に末端の交通整理の仕事しかもらえない始末。そこで彼女は老獪なベテラン刑事の手など借りず、あろうことかストリートで出会ったキツネの詐欺師ニック・ワイルドとコンビを組むのである。その捜査方法は実に大胆で、組織にとっては不当捜査そのものだが 笑、子供向け映画の中では、組織のコンプライアンスよりも彼女1人の勇気の方が何よりも重んじられるらしい。48時間以内にカワウソのエミット・オッタートンの失踪を捜査せよというミッションを追う中で、ツンドラ・タウンの闇のボスMR.BIGに辿り着くあたりのストーリーはノワール・サスペンスの緊張感を備えている。体の大きな用心棒達に囲まれ現れたMR.BIGの人物造形は『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドそのものでオールド・ファンには嬉しいが、果たして子供達には理解出来ただろうか 笑?非力なヒロインがいつの間にかノワール・サスペンスの漆黒の闇に巻き込まれるという設定は随分本格的だが、数々の逸脱やブラック・ユーモアを含め、やや類型の域を出ない。免許センターのナマケモノの描写、サバンナ高橋による受付係のクロウハウザーとのやりとりなど、確かに可笑しな場面もあるが、総じて子供向け作品であるのは否めない。

『アナと雪の女王』や『ベイマックス』に引き続き、ディズニー帝国お得意の友情に溢れた相棒物語は大きな破綻もないが、子供と一緒に安心して観られるクオリティを保っている。それは監督・脚本家・原案が全て合議制で進められるディズニー独特の方法論に負うところは大きい。ディズニー映画では常に最大公約数への感動が求められるのである。幼い頃より体が小さく、か弱そうに見えることがずっとコンプレックスだったヒロインに対し、相棒として巨悪に立ち向かうキツネの方も、幼少期からずる賢い動物と罵られ、偏見の目で見られた苦々しい生い立ちを吐露する。タイトルは云うまでもなく、動物たち(ZOO)と理想郷たるユートピア(Utopia)の造語だが、9割の草食動物と1割の肉食動物の折り合いは悪く、人間界と同じように差別や偏見を抱えている。本来であればキツネにとってウサギとは格好の捕食動物なのだが、彼らは共に手を取り合いながら巨悪に立ち向かう。動物たちが人間のメタファーであるとすれば、今作の嗜好するメッセージは十分に理解し得る。今作は異文化と異人種に囲まれたアメリカ社会の連帯を強く呼びかける。レミングたちが列をなして歩く場面など印象的なビジュアルも数多く登場する。また今作の登場人物たちの頭はどれもふっくらと丸みを帯びているのが特徴的である。リトル・ローデンシアのミニチュア・サイズの街とズートピアの対比も簡単に作っているように見えて実はかなり難しい根気のいる作業であろう。背景の書き込み、カラーリング、遠近感に関しても極めてアベレージが高い作品である。

#リッチムーア #バイロンハワード #ディズニー映画 #ズートピア

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