【第532回】『GODZILLA』(ローランド・エメリッヒ/1998)

 1968年、フランス領ポリネシアで行われた核実験。爬虫類の進化のショットが挟み込まれ、最後に大きな卵が映る壮大なアヴァン・タイトル。南太平洋を進む日本漁船。レーダーが特殊な電波を受信し、航海士は相撲を見るのをやめ、眼前に拡がる光景を固唾を呑んで見守る。船内では魚の下処理が行われ、時間外の乗務員たちは仮眠を取っている。そこに突如大きな物体がぶつかり、船はたちまち転覆する。一方その頃、ウクライナのチェルノブイリでは豪雨の中、原子力研究所の研究員で生物学者のニック・タトプロス(マシュー・ブロデリック)が『雨に唄えば』を口ずさみながら、チェルノブイリ原発のすぐ脇に車を停める。ニックは「ミミズ男」と呼ばれるミミズの研究者として知られている。バック・ドアを開けると、道具入れに貼られたかつての恋人との写真。今日も研究に入ろうとした矢先、アメリカ軍の軍用機が彼の背後に突然近づく。あなたは転属になったの一声で、ニックはチェルノブイリからパナマへと向かう。被災地の調査チームに編入命令が下されたニックは畑違いだと抗議するが、そこには巨大生物の足跡が残されていた。一方その頃ニューヨークでは、新米ジャーナリストが今日も署内で悪戦苦闘している。同僚であるパロッティ夫妻にはからかわれ、直属の上司でテレビ局のメインキャスターであるチャールズ・ケイマン(ハリー・シアラー)にはパワハラで迫られる始末。そんな中、ジャマイカや大西洋でも貨物船や漁船が次々と襲われる事件が発生し、アメリカ政府は巨大生物の正体を突き止めようと躍起になる。

言わずと知れたハリウッドで製作されたゴジラのリメイク作。日本で22本製作された『ゴジラ』の原作権をトライスター・ピクチャーズが買い取り、ディザスター映画のヒットメイカーである『インデペンデンス・デイ』のローランド・エメリッヒに監督を依頼した作品だが、本家の『ゴジラ』とはまったく別物だと言っていい。まずはゴジラの造形。日本ではゴジラ・スーツを人が着込むという「着ぐるみ」を基本としており、人間のシルエットに近い縦型を基調にしている。一方アメリカ版では「着ぐるみ」ではなく、フルCGの書き込み型の造形のため、シルエットは縦型ではなく、トカゲのような横長な体型をしている。この容姿を観ただけで日本人ならばガッカリだが、そもそもエメリッヒは怪獣に対する概念を取り違えている。日本においては海底に潜んでいたゴジラが度重なる水爆実験により住処を追い出され、日本に上陸したが、エメリッヒ版では「核兵器の恐怖」という骨子が完全に取り除かれ、ただの超巨大生物(モンスター)としてしか扱われていない。その俊敏な走り方はスティーブン・スピルバーグの『ジュラシック・パーク』に登場したティラノサウルスそのものである。人知を超えたスピードは一説には480km/hとされ、ミニチュア・セットで「着ぐるみ」がゆっくりと街を破壊していく日本の特撮芸術とは対極にあると言っていい。エメリッヒは当初、人を次々に食い殺す設定で構想を練るも、東宝側の「ゴジラは人を食べない」というクレームを渋々了承したという。しかし原子力の炉心を食べずに、魚の匂いに釣られる白痴なモンスターを登場させたローランド・エメリッヒの罪は重い。日本製ゴジラの最大の魅力である放射熱線ビームを吐かないGODZILLAなど、ゴジラでも何でもない。

生物学者が招かれ、太古の生物の調査を進める前半の展開は、思いっきりスティーブン・スピルバーグの『ジュラシック・パーク』シリーズを模倣する。無能で自分のことしか考えていない利己的な市長の造形は、同じくスティーブン・スピルバーグの『ジョーズ』の町長を彷彿とさせる。金髪で頭の悪いヒロインであるオードリー・ティモンズ(マリア・ピティロ)の前時代的なキャラクター造形にも失笑を禁じ得ない。主人公のニック以外、ニューヨークの街で活躍する米国人は誰1人おらず、専らフランスの恥辱を消すために奮闘するフィリップ・ローシェ(ジャン・レノ)率いるフランスの特殊部隊というのが何とも悩ましい。オードリーのガイド役となるのもビクター・パロッティ(ハンク・アザリア)というイタリア系移民なのも何を象徴するのか?ドイツ移民であるエメリッヒは冒頭からコーヒー、フレンチトースト、クロワッサン、ガムなどの食品にアメリカ人とフランス人の差異を挟み込む。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以前には、ここまでニューヨークを破壊し尽くしても、アメリカの観客は熱狂したのだと思うと隔世の感がある。エメリッヒの最新作『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』でも、アメリカは依然としてテロの恐怖を忘れてはいない。クライマックスのマディソン・スクエア・ガーデンでの緊迫の攻防は明らかにジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』のショッピング・モールでの死闘へのオマージュに他ならない。無性生殖という設定が困難の増殖を生むハリウッド的展開には誠に恐れ入るが、結局は個としてのゴジラに勝る脅威などない。種の保存に躍起になるゴジラvs人間の対決は随分あっさりと決着がつくが、この後、ラストに孵化せんとした卵は永遠にかえることがなかった。

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