【第649回】『マイ・ベスト・フレンド』(キャサリン・ハードウィック/2015)

 イギリス・ロンドン、助産婦が見守る中、子どもを産む苦しみで絶叫するジェス(ドリュー・バリモア)。彼女は30代半ばにして初めての出産と戦っていた。そばに頼りになる夫の姿はない。ジェスは苦しみの中で1人の女性の姿を真っ先に思い浮かべていた。彼女に初めて会ったのは、アメリカからロンドンへ転校して来た小学校のクラスでのこと。アメリカ訛りの英語を男の子たちに揶揄われた少女は、ミリーのブラック・ジョークに助けられる。目が合った瞬間、ジェスとミリーは親友同士になった。以来2人はどこへ行くのも何をするのも一緒で、ファースト・キスや初めてのセックス経験も2人で共有した。相思相愛の2人の性格だが、ミリー(トニ・コレット)は小さな女の子と男の子2人の母親を謳歌している。バンドマンだったキット(ドミニク・クーパー)は愛するミリーとの間に女の子を授かった時、不安定なバンド活動を辞め、スピーカーの販売会社「サウンズ音響社」を立ち上げこれがヒット。ミリーは会社の広報部長としてキャリア・ウーマンとして仕事もバリバリこなしていた。対するジェスは環境保護活動で知り合った整備士のジェイゴ(パディ・コンシダイン)とテムズ川に浮かぶボートハウスで暮らし始める。だが結婚から数年経っても子供が生まれないことに悩んでいた。

 ジェスの転校初日、ミリーが優しく手を差し伸べたところから20年間、2人の絆は途切れることなく続く。互いに恋人が出来て、やがて1つの家族として結ばれることになっても、ミリーとジェスの良好な関係は揺るがない。キャリアウーマン然としたハイファッションに身を包むミリーと、少し地味で堅実なジェスの服装の対比。ブロンドのロング・ヘアのミリーと黒髪とジェスのデコ出し茶髪の対比は、2人が互いのパートナーに選んだキットとジェイゴの対比にも繋がる。それはロンドンの一等地に居を構えるミリーと、一見都会の生活からは離れたうらぶれたボートハウスで暮らす対比にも現れる。ジェスの家族構成は一切描かれることはないが、ミリーは子供の頃、母親であるミランダ(ジャクリーン・ビセット)の再婚により、父親のいない家庭で育てられたことが匂わされる。かつてTVドラマの女優として一世を風靡したミランダとミリーの親子は、ミリーの会話の端々から複雑な関係であると暗喩されるものの、彼女はミランダと2人の子どもたちやキットとの関係を良好にしようと努める。彼女の皮肉めいた言動や、何者にも縛られない生き方は幼い頃にシングル・マザーに育てられた寂しさにその素地がある。ジャクリーン・ビセットはトリュフォーの『アメリカの夜』やシャブロルの『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』のブルジョワジーの母親役で知られる名女優である。ジョージ・キューカーの遺作となった『ベストフレンズ』でのキャンディス・バーゲンとの親友ぶりが思い出される。

 1973年生まれの宮沢りえが病に侵される『湯を沸かすほどの熱い愛』と、72年生まれのトニ・コレットが同じく癌に侵される物語とは遠いようで近い関係性にある。『湯を沸かすほどの熱い愛』のエントリで私は母親としての宮沢りえだけではなく、もう少し夫のオダギリジョーへの怒りなど妻としての彼女のアイデンティティを描いて欲しかったと書いたが、今作のミリーは母親としての自分よりも、妻として女としての自分のエゴを貫く。癌の摘出手術をする時、他の臓器ならば外から見てもわからないが、乳癌の切除手術となればそうはいかない。抗がん剤の副作用による脱毛とのWパンチが女性としての輝かしいキャリアに暗い影を落とす。今作には女としての葛藤やヒロインの痛みの描写がしっかりと出て来る。手術室でゴッソリと抜ける髪、剃毛する瞬間、彼女の痛みを理解し、退室するジェスとミランダ、やがて剃毛した実の娘の姿を前に気丈に振る舞いながら、彼女の髪をそっとポケットに忍ばせるミランダの描写が胸に迫る。両方の乳房を除去した姿をジェスだけには見て欲しいと、ミリーは痛々しいガーゼを外す。その瞬間のジェスの表情が忘れられない。2人の子どもが生まれても、円満なセックス関係が続いていたミリーとキットの2人の関係性が揺らぐ様子を、キャサリン・ハードウィックは誤魔化さずに描く。背中から抱きしめた夫の手がミリーの切除した乳房に触れた時、2人の距離は決定的になる。

 泥酔した状態で400km離れた『嵐が丘』の舞台となったヨークシャーに向かうミリーとジェスの道程は不穏さに満ちている。REMの『Losing my Religion』のメロディと「All-American Rejects」のイケメン・ボーカリストの優しい微笑み。生まれ落ちる生と死に向かう生が対比的に描かれる中、ヨークシャー地方のゴツゴツした岩山で2人の距離が出来る瞬間の俯瞰のロング・ショットの途方も無い美しさ。『湯を沸かすほどの熱い愛』が一貫して母親としての強さに主眼を置いた作品ならば、今作は女として妻としてのミリーの自立した最後の生を声高に叫ぶ。トニ・コレット、ドリュー・バリモア、ジャクリーン・ビセット、そしてミリーの娘とここでも印象的な女性の表情が幾つも切り取られ、男たちの存在感はどこか希薄である。

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