【第476回】『スノーホワイト/氷の王国』(セドリック・ニコラス=トロイヤン/2016)

 暖炉に火がくべられた暖かい部屋で、悠々とチェスに興じる男と女。男はニヤリと笑みを浮かべながら、私には勝てないと言わんばかりだが、女王ラヴェンナ(シャーリーズ・セロン)は「弱い兵力でもキングに勝てる時は来る」と自信満々に返事を返す。男を狂わすような美しい容姿と知力、豊満な胸の谷間の開いたゴージャスなナイトドレス。チェスの駒の周りに滴る黒い液体、国王はやがて苦しみ出し、もんどり打って倒れる。まさに中世のファム・ファタールと呼ぶべき美しき女王はやがて魔法を使い、国王を弄び、この国に独裁統治をもたらす。女王ラヴェンナは魔法の鏡を手に入れ、無双の力を手にしたことで、次々に隣国の領土を掌握。更なる野望を叶えようとしている。今作は前作『スノーホワイト』の華麗なる前日譚に他ならない。邪悪な女王アヴェンナは最愛の国王を殺し、実の妹フレイヤ(エミリー・ブラント)と共に女性上位の王国を築こうとしている。国王の葬式の席上、見つめる乙女の視線と見つめ返す家臣の視線の交差。姉が絶対的父性である国王を殺めた一方で、妹のフレイヤは身分の違う家臣との秘めたる恋に燃えている。やがてフレイヤが宿した1つの祝福すべき生。家臣の男の「夜中に城内で密かに会いましょう」の言葉。夢見心地で最愛の男を待つフレイヤの元に、幾ら待てども男はやって来ない。やがて塔に火の手が上がっているのを目撃したフレイヤは急いで階上へ駆け上がるが、そこには惨劇の光景が拡がっている。こうしてフレイヤは絶叫し、自分の奥底に眠る氷の魔法の威力に気付く。邪悪な女王のラヴェンナはその一部始終を確認し、心の中でほくそ笑む。

前作『スノーホワイト』はグリム童話の『白雪姫』の純然たる21世紀的解釈のダーク・ファンタジーだったが、今作はタイトルに『スノーホワイト』の冠を掲げながらも、微妙に軸足を『白雪姫』からアンデルセン童話の『雪の女王』に移している。この要因は前作の主人公だったスノーホワイト(クリステン・スチュワート)が降板したことに負う部分が大きい。前作でスノーホワイトに征伐された女王ラヴェンナの前日譚として組み上げた物語は、悲哀溢れる背景をじっくりと描き出しながら、姉妹の愛憎入り混じる関係性にフォーカスする。それと共に前作では描写不足だったエリック(クリス・ヘムズワース)の過去にしっかりと焦点を当て、エリックが生涯ただ一人愛したサラ(ジェシカ・チャステイン)との淡いロマンスさえも描き出している。便宜上の主人公はクリス・ヘムズワースとなっているものの、クリス、ジェシカ、シャーリーズ、エミリーの4人どれもが主役に相応しい丁寧な筆致で描かれているのには大いに好感を持った。いわゆる21世紀のアメコミ映画以降の「ヴィラン」としてのラヴェンナとフレイヤの姉妹の描き方が、敵味方の単純な図式には飽き足らず、物語の根幹に深みを齎している。前作で印象的だったドワーフの伏線も、7人でとっちらかった印象を受けた人員をニオンと新入りのロブの2人に簡素化し、伏線をだいぶ整理している。さながら『7人の侍』から『用心棒』へのプロットの簡素化と伏線の見事な描き直しには、今作がデビューであるセドリック・ニコラス=トロイヤンの心眼を感じる。

『スター・ウォーズ』トリロジーを例に挙げるまでもなく、しばしば過去に時制が変わる年代記は別段目新しくないものの、前作『スノーホワイト』の前日譚としてスタートしたはずの物語が、7年後に時制が変わり、中盤から後日譚へと変わるシナリオの自由度の高さにはしばし呆気に取られた。幾つかのミスリードを経て、女たちの三つ巴の戦いに転じる中盤以降の圧倒的なカタルシス。エリックが森に入ったところから、さながら映画はファンタジー+アドベンチャーの様相を呈し、最新のディズニー映画がまるで『インディ・ジョーンズ』シリーズや『スター・ウォーズ』シリーズのようなアナログなアドベンチャーものに回帰する中盤以降の展開は実に見事で類を見ない。心なしかクリス・ヘムズワースが21世紀のメル・ギブソンに見え、ジェシカ・チャステインの気の強さにリチャード・リンクレイター『ビフォア』シリーズのジュリー・デルピーを重ねてしまう。21世紀のディズニー実写映画のトレンドは、古典的物語の現代的な焼き直しの段階に突入している。『眠れる森の美女』をアンジェリーナ・ジョリーで再定義した『マレフィセント』、リリー・ジェームズをヒロインに仕立て上げた『シンデレラ』。これら21世紀に再定義された古典的物語は、偽りの家父長制度を脱し、女性の自立と自由を声高に宣言する。今作でも頼りないエリックをジェシカ・チャステイン演じるサラが鼓舞し、下支えするが、エリックを含め、ニオンやグリフらの存在感は極めて薄い。中世の家父長制度に則った男性上位主義から女性上位主義への鮮やかな転換が、世界中の女性たちを魅了してやまない。それは同じくシャーリーズ・セロン扮するフュリオサを主軸に持ってきた『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も例外ではない。この無駄のない1時間54分の物語には大いに感心した。クリステン・スチュワートの降板を逆手に取った実に素晴らしい続編である。

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