【第486回】『ディーン、君がいた瞬間(とき)』(アントン・コービン/2015)

 暗室の暗闇の中に、ピンク色のライトが灯る。写真家の孤独で骨の折れる現像作業、頭の中の構図と浮かび上がる写真とのギャップ。数枚の写真を地下室で乾かした後、デニス・ストック(ロバート・パティンソン)はおもむろに夜の街へと繰り出す。1955年ロサンゼルス、カー・ラジオから流れるライトニン・ホプキンスの『お前に夢中』のゴキゲンな調べ、それとは対照的なデニスの浮かない表情。やがて会場に着いた男はニコラス・レイ(ピーター・ルーカス)主催のプライベート・パーティに顔を出す。挨拶もそこそこに、1年前『大砂塵』のスチールを撮ったカメラマンですと自己紹介するが、大監督は彼の存在を覚えていない。手持ち無沙汰になったニコラス・レイは苦し紛れに女優のナタリー・ウッドを紹介し、喧騒の奥へとそそくさと消えて行く。ナタリーは後に『理由なき反抗』のヒロインに起用される。大監督にほったらかしにされ、しばし落胆したデニスは、喧騒に溢れた屋内から室外へと居場所を求めて彷徨い歩く。楽し気なカップルの「映画雑誌でしょ?」の言葉に「科学雑誌のカメラマンだよ」と応えるデニスの憂鬱な眼差し。そのやりとりを背中越しに聞いていたプールサイドに腰掛けていたジミー(デイン・デハーン)がデニスにおもむろに声をかける。「理解してもらうことも至難の業だよ」「キミもニコラス・レイの映画に出ていた俳優かい?」男は曖昧な返事をし、翌日のエリア・カザン『エデンの東』の試写にデニスを誘う。これがジミーと呼ばれていた後のジェームズ・ディーンとデニスの運命の出会いとなる。

1950年代、ブルー・ジーンズに白のTシャツを着た時代の反逆者たるジェームズ・ディーンは、大人社会への若者側の抵抗(カウンター)として、50年代のハリウッドに颯爽と現れた。映画はジェームズ・ディーンが、エリア・カザン『エデンの東』で初めて主演を務めてからのほんの数年間を克明に記録する。ロバート・ワイズの『傷だらけの栄光』でヒロインを演じたイタリア人女優ピア・アンジェリとの淡いロマンス。オーガズムに達するたびに死が近づくと嘯く24歳の青年は、立身出世に燃える鼻息の荒いデニスの誘いを、「のんびり売れていくからいい」とやんわりと断る。その激しい自己矛盾に溢れた青春の日々。マイケル・カーティスの『西部の掟』の酷評から、事実上、当時の権力側代表と言えるワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズ創始者のジャック・ワーナー(ベン・キングズレー)との不和。半ば強制的な『エデンの東』のプロモーション活動、『理由なき反抗』の主演の座を条件にした時の権力者の高圧的なプレッシャーにも反逆者ジェームズ・ディーンは屈しない。ジョン・バリモア、ジェームズ・ギャグニー、ダグラス・フェアバンクス、ハンフリー・ボガードは俺が育てたと断言して憚らない厄介な大人代表のジャック・ワーナーを、苦々しい表情で煙に巻くジェームズ・ディーンの姿が印象に残る。売れるのはジェームズ・ディーンか?それともポール・ニューマンか?のフレーズ。指令を受け、マーロン・ブランドを日本に撮りに行くか思い悩むデニスの描写など、クラシック・フィルム愛好家なら思わずニヤリとするような固有名詞に彩られた50年代のハリウッド。ライカM1、ジュークボックス、ワーナー本社に貼られたスターの肖像画などの道具立て、ベンセドリンでキマった若者たちの描写はビートニク世代をも彷彿とさせる。

クエーカー教徒と無宗教、天涯孤独な身と離婚したが、妻と娘のいる生活。スターへの階段をゆっくりと昇り始めた主演俳優と未だにくすぶり続けるカメラマンなど、デニスとジェームズ・ディーンには幾つかの隔たりが見られるが、彼らが心を通わせるまでの濃密な描写が心地良い。マーロン・ブランドを撮れというマグナム・フォト社ニューヨーク支局長ジョン・モリス(ジョエル・エドガートン)の命令を破棄し、デニスはジェームズ・ディーンのカリスマ性にどこまでもついていく決心をする。ロサンゼルからニューヨーク、ニューヨークからジェームズ・ディーンの故郷であるインディアナへ、2人の心を通わせる友情は、アメリカ大陸を横断するロードムーヴィーの様相を呈する。この場面に女同士の逃避行を描いたトッド・ヘインズの『キャロル』との緩やかな親和性を感じる。同じ1950年代、現代よりも偏見や差別に溢れた時代。偶然ジミーと育ての親との会話を聞いてしまい、激昂する気持ちと戸惑いの間で揺れ動くデニスの心情、信号も1つしかない片田舎、地元の名手に祭り上げられながら、インディアナの町が徐々に様変わりしていくのを実感するジェームズ・ディーンの焦燥感。映画は華々しいハリウッド・イメージで牛耳られたジェームズ・ディーンの繊細さ、傷つきやすい心を静かに投影する。ジュディ・ガーランド主演、ジョージ・キューカー監督の『スタア誕生』プレミアでの屈辱、ジャック・ワーナーの叱責と商業主義への迎合、ピア・アンジェリとの大失恋、アクターズ・スタジオへの憧憬、失われた母性への回帰といった大スタージェームズ・ディーンの影の部分にしっかりと焦点を当て、丁寧に描写した物語は残酷で儚い。ジェームズ・ディーンという不世出のスターの生きた証がしっかりと克明に記録されている。エリア・カザンの『エデンの東』、ニコラス・レイの『理由なき反抗』、ジョージ・スティーブンスの『ジャイアンツ』という僅か3作の主演作を残し、1955年9月30日、ジミーは愛車ポルシェ・スパイダー550の大事故で、僅か24年の生涯を閉じる。

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