【第296回】『ゴールデン・ガイ』(ジョニー・トー/1990)

 大富豪の息子ラム(チョウ・ユンファ)は、従妹のシンディ(ニナ・リー)との縁談が一族から決められている。ところが、ラムはシンディのことがしっくり来ないだけではなく、シンディの目当ては愛ではなく、彼の財産だったことを知り、自分で理想の花嫁を見つけようと決心する。今作は明らかにアメリカ映画『星の王子 ニューヨークへ行く』のジョニー・トー流の変奏曲である。大富豪で何不自由なく育った御曹司が、自分の将来を真剣に決める段階に来て、はじめて人生に悩む。冒頭から空撮があり、制作費も順調にブロウ。アップしたことが伺える。開巻早々、屋敷での華麗なフェンシングに始まり、ヘリコプターでの空撮を経て、クルーザーでの優雅なドライブへとシークエンスは移っていく。

物語はまるで19世紀の「王子と乞食」のように身分を隠したラムが、ホン(シルビア・チャン)という優しい美女に出会い一目惚れをする。この女性が運命の人だと確信した彼は、彼女の兄が経営するレストランに住み込んで働き始める。ここで大金持ちが金にモノを言わせて女を口説かず、正攻法に出るのが良い。彼のバイト仲間にはバンドでの成功を夢見るBeyondの姿があり、今は亡きウォン・ガークゥイも明るい笑顔を見せている。彼ら以上に異彩を放つのは、同じくらいの歳の彼女がいる小学生のませガキである。彼らとの住み込みの共同生活の中で、主人公は段々と大切なことを吸収し、人間として成長していく。

ホンの兄は、ホンを成金のチュと結婚させようとしていた。初めて貰った給料でホンに指輪を買ったラムが、結婚を申し込むため彼女の家を訪れると、ホンの兄が呼んだ金持ちの男と鉢合わせてしまう。『僕たちは天使じゃない』同様に、意中の女性には成金で嫌味な男が猛アタックを繰り返している。でもホンは彼の資産に目がくらむことなく、自分の会社のアルバイトの身分であるラムの優しさに次第に惹かれていく。まるで前作『過ぎゆく時の中で』の悲恋を払拭するようなチョウ・ユンファとシルヴィア・チャンの恋心が実に甘酸っぱい思いに駆られる。チョウ・ユンファの圧倒的なオーラ、若きシルヴィア・チャンの可憐さが実によく効いている。

クライマックス前の警察のガサ入れの場面は、ウディ・アレンもファレリー兄弟も真っ青な、ジョニー・トーの天才的なコメディ作家ぶりが全開である。最初はガキンチョ2人のシュールな恋模様に始まり、住み込みのアパートの部屋には代わる代わる人が入り込み、ドババタ喜劇を展開する。ここではチョウ・ユンファとシルヴィア・チャン以上に、コメディアンとしてのウォン・コンユンの才能が爆発している。彼が腰掛けにしていたチョウ・ユンファがネズミを怖がり、シルヴィア・チャンらが隠れるテーブルの下に逃げるが、ウォン・コンユンはあたかも下には椅子があるかのように同じ体勢でじっと耐える場面は、何度観ても笑ってしまう。シンディとチュに愛が芽生えるあたりはジョニー・トーの映画でしか有り得ないバカバカしさが感じられるが、嘘のような力業の繰り返しの中に説得力が生まれるのである。

クライマックスでは、ラムの家族が彼とシンディの婚約披露パーティーを彼の働くレストランで開こうと計画し、ラムの素性が遂にバレる羽目に。ホンはあまりの現実に事態が飲み込めず、ショックを受けてその場から逃げ出してしまう。そこからの群衆によるカー・チェイスの楽天的な魅力は未だに色褪せない。ジョニー・トーの最新作『華麗上班族』(原題)では、『過ぎゆく時の中で』と今作に引き続いて、三たびチョウ・ユンファとシルビア・チャンとジョニー・トーが顔を合わせることになった。さすがに20年の月日は残酷にも彼らを大人にしてしまったが、チョウ・ユンファとシルビア・チャンの掛け合いの魅力はいつまでも色褪せない。ジョニー・トーの30年に及ぶフィルモグラフィの中で、個人的な偏愛映画No.1が今作である。

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