【第478回】『デッドプール』(ティム・ミラー/2016)

 インド人が運転するタクシーの後部座席に、全身赤い服を着た奇抜な男デッドプール(ライアン・レイノルズ)が座っている。パンダのように目元だけ黒で縁取られ、眼球の部分さえ白い布で覆われている。クローズ・アップになるが、男の表情はまったくわからない。男は前の座席に入れられたチラシの束から1枚取り出し、しげしげと眺めた後、2つ折りにしポケットに入れる。子供のように窓の開閉ボタンを何度も押し、風に手を当て、手を振るもやがて飽きた様子で窓を閉める。天井に誰かが付けた食べ終わりのチューインガムを見つけ、剥がした後、サイドミラーに内側から貼り付ける。それでも退屈な時間が我慢出来なくなった男は、狭い隙間からいきなり助手席に席を移す。唖然とした表情のインド人運転手を尻目に、正面に飾られたインド人女性の写真をしげしげと眺めながら、運転手の恋愛エピソードを聞く。ステレオから流れるMukeshの『Mera Joota Hai Japani』の牧歌的な調べ。男は運転手に恋敵から絶対にヒロインを奪えと伝え、ハイウェイで突然車を降りる。「お金は?」「持っていない」。それどころかキティちゃんのバッグを持ってくるのを忘れ、彼の拳銃コルトM1908には12発しか弾が装填されていない。立体交差するフリーウェイの縁に腰掛け、スケッチする男。スーパーヒーローものとはとても思えないシュールな導入部分に早くも興味津々だが、いきなりクライマックスのような怒涛の展開が幕を開ける。

「第四の破壊」と称されるナレーションのように観客に語りかけるスタイル、シニカルな毒舌、奇抜なルックスを持つ男は当初『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』に登場した。2本の長剣を構える二刀流スタイル、目からサイクロップスの破壊光線を発し、ライスの短距離テレポートを駆使しながらも、そのニヒルな口を縫い合わされ、大した特殊技能も必殺技も見せないまま、改造された醜い顔を晒しながら、中途半端にヒュー・ジャックマンに駆逐された不完全なヴィラン。しかもローガンとビクターの2人を交互に相手にしながら、最後は背後からの攻撃で絶命する。一度は闇に葬られながら、闇を背負った男は今度は見事、口が達者なスーパーヒーローとして復活する。冒頭のタクシーの場面にも明らかなように、最初の登場時の設定や特殊技能は全てフラットになり、実に人間的な魅力を持った造形に組み直したティム・ミラーとライアン・レイノルズの判断が功を奏す。かつて傭兵として活躍しながら、人殺しを請け負っていた男が、運命の女である売春婦(ヴァネッサ)と出会い、ほどなくして恋に落ちる。1年のSEX記録をカレンダーとNeil Sedakaの『Calendar Girl』などのチープな音楽で陳腐に飾る中盤のロマンス。ドギースタイルの体位で、女王様の鞭で叩かれる瞬間にはマーヴェル製スーパーヒーローのイメージさえ吹っ飛ぶ。本来ベビーフェイスが持つはずの綺麗事の設定は全て取り除かれ、ただ単に人殺しとしての快楽と復讐のために生きる男として造形される。オマケにヒロインはシンデレラや白雪姫のような気高きヒロイン像ではなく、身体を売る娼婦としての側面を持つ。地下の傭兵施設とも呼ぶべき「シスター・マーガレット」のバーテンであるウィーゼル(T.J.ミラー)との友情と恋のロマンスの破綻を描いた物語は、予告編で予想された軽薄な内容を覆す。実にしっかりとしたシナリオ設計の妙である。

極め付けは『X-MEN』シリーズでほとんど活躍のなかったピョートル・ラスプーチンの大胆な起用だろう。ただ単に制作費が足りず、主要キャストの最下位しか使えないことを逆手に取り、『X-MEN』チームに勧誘する気の良いロシア人という設定にはただただ驚く(しかも今回もあまり強くない 笑)。そして新キャラクターとして登場したネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドのイケ好かない造形には、ベビーフェイスじゃない感が漂う。今のプロフェッサーXがマカヴォイなのかスチュワートなのか?、スーパーヒーローの着地は膝にクルなどの一連のシニカルなユーモアは、現状のアメコミ・ヒーローものへのメタ視点に他ならない。縫われそうな口の拒絶は初登場時のキャラクターへの冷笑であり、緑のスーツの着用拒否はライアン・レイノルズによるDCコミックスの映画化『グリーン・ランタン』の失敗を想起させる。中盤の盲目の老婆との共同生活の物悲しさにはホラー古典『フランケンシュタインの花嫁』や『悪魔の毒々モンスター』のオマージュにも見え、顔が醜くなったヒーローの造形は、心なしか『ダークマン』の主人公ペイトン・ウェストレイクを彷彿とさせる。『RENT』のTシャツ、Wham!の『Make It Big』のレコード、キティちゃんの黒にピンクのラインの入ったリュック、『96時間』『127時間』『ハロウィン2』『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』『コクーン』『ロボコップ』などの幾つかの懐かしい映画からの引用、エンドロール後のラスト、ジョン・ヒューズ『フェリスはある朝突然に』のマシュー・ブロデリックへのオマージュには、10代20代の果たして何人が気付けただろうか 笑?「恵まれし子らの学園」からピックアップした2人を伴い、巨大航空母艦の上を3人並び立ち歩く様子、DMXの『X Gon' Give It To Ya』が流れる場面には予告編でわかっていても痺れた。Salt-N-Pepaの『Shoop』、Juice Newtonの『Angel Of The Morning』、George Michaelの『Careless Whisper』の微妙なダサさもアメコミ映画の劇伴としては妙に耳に残る。

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』ではひたすら苦悩するキャプテン・アメリカやアイアンマンの姿が印象に残ったが、そうしたキャラクターのインフレーション化、アメリカが突きつけられる自己矛盾のを背負わされたキャラクター造形への改変は、どうしたってその反動も大きくなる。デッドプールは大上段に構え、身動きの取れなくなりつつあるキャプテン・アメリカやアイアンマンの造形に対し、清々しいまでのダーティ・スターとしての道を突き進む。従来のストレートなアメコミ映画に対する徹底的な冷笑は、図らずもアメリカにおいては『X-MEN』シリーズ史上最大の興行収入として結実する。スーパー・ヒーローはこのくらいお気楽でも良いのではないか?『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』に対し、そういう声も根強いことの偽らざる証拠として今作は世界中の支持を集めるのだ。

#ティムミラー #ライアンレイノルズ  #

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