【第482回】『ファンタスティック Mr.FOX』(ウェス・アンダーソン/2009)

 オレンジ色の空、辺り一面を見渡せる小高い丘に立ち、主人公Mr.フォクシー・フォックス(ジョージ・クルーニー)は自信満々な表情で大木にもたれかかっている。妻のフェリシティー・フォックス(メリル・ストリープ)は体調不良で病院に診察に行き、夫はその帰りを待っているのだ。やがて妻が戻り、「風邪だった」と聞いてほっとした男はすぐに犯罪計画を立てる。彼は盗みの名手であり、人間たちの住処からかっぱらうトリ泥棒。風邪で病み上がりにも関わらず、妻を強引に犯罪に誘い、今日の獲物を探し回る。繰り広げられるヨコ移動の圧倒的なダイナミズム、完璧な構図と背景の書き込みには惚れ惚れする。やがて罠に気付いた夫は躊躇なくレバーを引くと、無情にも鉄格子が夫婦を取り囲むように落ちてくる。絶体絶命のピンチの中、妻は実は自らが風邪ではなく、子供が出来たのだと真実を告げるのである。表に出て来た人間たちの物音、物騒なライト。「もし明日生きていたら仕事を変えて」という妻の言葉を真に受け、大泥棒の夫は改心し、新聞記者へと転職を図る。こうして幸せ過ぎるキツネの核家族は誕生する。

夫婦の間に生まれた息子アッシュ・フォックス(ジェイソン・シュワルツマン)は愛くるしい表情ながら、残念ながらあまり背が高くない(太陽を浴びてないことにも起因するかもしれない)。彼は幼少期から早くも屈折し、不登校気味で親子のコミュ二ケーションもままならない。身内の急病により、一時的に引き取ったいとこのクリストファソン・シルバーフォックス(エリック・アンダーソン)との不和は、不出来な息子の嫉妬として明示される。アッシュはこれまでのウェス・アンダーソン作品における優等生ではなく、『ダージリン急行』に描写されたように一貫して劣等生なのだ。そしてかつてのウェス・アンダーソンの世界同様に、穏やかで確固たる父性を獲得出来ていない。かつて盗みの名手として人間たちを翻弄した男の脚力は、自分よりも母方の親戚であるクリストファソンが皮肉にも受け継ぎ、アッシュは一貫してドジでノロマな日々を送り、父親にも信頼されていない。密かに愛する少女への片思いは、クリストファソンに絡め取られ、惨めな思いは更に募るばかり。ここでも恋の三角関係の中で、恋が成就した親友と失恋した登場人物の引き裂かれるような悲哀は、ウェス・アンダーソンの形而上的世界を決定付ける。そしてあろうことか、父親は本能には逆らえないと、いとこを相棒にかつての犯罪計画を遂行するのだ。

『ライフ・アクアティック』のジャガーザメの造形のストップ・モーション・アニメに手応えを感じたのか、全編ストップ・モーション・アニメで、これまで唯一の原作モノとして知られる今作。ウェス・アンダーソンの平面的・箱庭的世界はアニメになってもいささかも揺らぐことはない。人間時間とキツネ時間の差異を丁寧に描写したシニカルなユーモア。ウェス特有の細部に渡る緻密な書き込みとシンメトリーの構図。幸せな住処を追われたフォックス家が土の中の狭い空間に閉じ込められ、突然閉じ込められる断面図のようなルック。土の下の狭い間取りの窮屈な空間に入る夫婦を、カットを割り、折り目正しく夫婦のリバース・ショットで据えた中盤の構図。家族のドラマは常に再生か破壊かの二者択一を迫られるが、Mr.フォクシー・フォックスが土の中に潜んだ動物たちを、まるで疑似家族のように一つに束ね、人間たちに冷や水を浴びせるあまりにも痛快なクライマックスに、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ライフ・アクアティック』同様のカタルシスを感じる。『ダージリン急行』において列車は撮り尽くしたと言わんばかりに、中盤以降現れるミニショベルやサイドカー付きバイクなどの移動するガジェットの快楽。Beach BoysやThe Rolling Stones同様に、この箱庭的世界を彩るべく用いられたフランソワ・トリュフォーの『恋のエチュード』や『アメリカの夜』の劇伴。ゼロから全てを書き込めるアニメーションの世界に至り、ウェス・アンダーソンの意図はより鮮明に露わになる。大人も楽しめる絵本として、ディズニーやピクサーにも見劣りしないアニメ映画である。

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