【第297回】『東方三侠』(ジョニー・トー/1993)
初期のジョニー・トー作品の中でも異色のB級プログラム・ピクチュア。アクション監督としてチェン・カンの息子の名監督チン・シウトンを雇い、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』さながらのワイヤー・アクションに挑戦しているという意味でも実に興味深い作品である。
現代の香港、ある暗殺帝国一味による秘密皇帝養成計画が極秘裏に進められていた。彼らは幼児を連続で誘拐し、皇帝の生贄として献上し、秘密皇帝を育成しようとしていた。子供を誘拐された両親の避難が香港警察に殺到し、頭を悩ませる中、今度は警察本部長の息子までもが誘拐される羽目に。その危機を救おうと、ある刑事の妻トントン(アニタ・ムイ)が立ち上がる。
今作は特殊な超能力の使い手である3人のワンダー・ガールズの物語である。主人公は超能力の使い手であるという事実を刑事である夫に隠しながら、夫の仕事を密かにサポートしている。時には『スパイダー・マン』のように電線を張り、ビルの屋根をつたい、時にはあり得ないスピードでバイクを運転する。この偉大な特殊能力を持った主人公が、赤ん坊を誘拐する組織にたった一人で立ち向かう。
しかしその過程では、主人公の幼少期に生き別れとなった2人のワンダー・ガールズと再会を果たす物語が伏線として出て来る。しかも1人は敵側につき、博士と愛人関係を結んでおり、もう1人は難事件に絡む一匹狼の賞金稼ぎであり、警察本部長に金で雇われ、事件を一人で解決しようとしている。案の定、3人は何の因果かそこで出会ってしまう。出会った瞬間、主人公であるアニタ・ムイとミシェール・ヨーは気付いてしまう。目の前に立つ女が、幼少期に生き別れたワンダー・ガールズだと・・・。
ここまで書いてきて、かなり野暮ったい物語を想像すると思うが、決してそうではない。これだけのボリュームある話とインフレ気味なエピソードの数々を、ジョニー・トーは90分間に過不足なく盛り込んでいる。冒頭、主人公夫婦は田舎の一軒家を見に行き、そこを住処に決めようとするが、庭に停車した車が盗まれようとしており、刑事である夫はその男をロープでがんじがらめにする。妻はこの時点では、刑事の夫の活躍を無邪気に喜んでいるが、実際は彼以上のやり手でここでもワンダーガールズとしての特殊能力を我慢している。妻は刑事である夫に、自分の特殊能力を秘密にしているのである。
インフレ気味の物語をギリギリまで詰めて、畳み掛けるようなアクションのつなぎが実に見事である。冒頭の赤ちゃんの誘拐現場から、続く病院内での戦い、そして敵のアジトでの不死身の男との戦いから、敵のアジトでのバイク・アクションまで実に見事で息つく暇もない。その中でも特に素晴らしいのはバイクでの暴走の後、地雷だらけの道をギリギリで避けながら、敵のアジトへと侵入する場面であろう。バイクは横滑りしながらそのまま宙を舞い、クルクルと旋回したまま敵の方面目掛けて飛んで行く。その飛んで行った先の壁から、突然列車が壁を壊しながら侵入してくるのである。この列車の到着の過程をシーンとして入れなかったのはアクションとしてのミスだと思うが、B級プログラム・ピクチュアにも関わらず、なかなか豪華な破壊シーンとなっている。
個人的には、透明マントを被り、透明になったミシェール・ヨーとの対決の場面も印象に残っている。ここはさながらアメリカ映画『プレデター』の方法論の模倣だと思うが、CGで足すのではなく、既に消すという表現にアプローチしているジョニー・トーの演出がなかなか新鮮である。クライマックスのなかなか死なない化け物のような男を溶鉱炉に落とし、その後肉体が果て、サイボーグのようなミイラ状態になったラスボスとの戦闘の場面は、『ターミネイター』の無邪気な模倣に他ならない。チン・シウトンお得意のワイヤー・アクションに、『プレデター』や『ターミネイター』などのハリウッドの方法論を取り込み、本筋とは別に、主人公と刑事の愛、3人のワンダー・ガールズの再会のエピソードを首尾よく盛り込み、90分以内に収めたジョニー・トーの職人芸は今観ても素晴らしい。
役者陣に目をやると、今は亡きアニタ・ムイのアクション・スターとしての素養の高さに改めて驚きを禁じ得ない。初期ジョニー・トー作品には欠かせない存在だった彼女を失ったことが、どれだけ21世紀の香港映画界を停滞させたことだろうか?それと共にもう1人のワンダー・ガールズを演じたマギー・チャンの軽やかな身のこなしにも大いに魅了された。この映画を撮影していた頃の彼女は、なんと29歳だったらしい。ワンダー・ガールズを演じた3人のうちの2人を今は観ることが出来ないのである。あらためてマギー・チャンの女優復帰を、ファンの1人として願ってやまない。
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