【第407回】『ベテラン』(リュ・スンワン/2015)

 勢いよく開く車展示場の扉、軽快に歩き出す男と女、爆音で流れるBlondieの『Heart Of Glass』、ステディ・カムでの長回し、完璧過ぎて実に痺れるオープニングだ。明らかに夫婦に見える一組の男女にセールスマンが親しげに「夫婦ですか?」と話しかけると、女は唖然とした表情で笑うだけだ。その反応を心配したセールスマンは夫婦用とカップル用の区別を説明するが、当の男女の関係は実は夫婦でもカップルでもない。警察官の罠なのである。彼らは広域捜査隊としてチームを組みながら犯罪の捜査に当たる。白い無地のシャツに黒の革ジャン、ブルージーンズの小柄な男ソ・ドチョル(ファン・ジョンミョン)はふてぶてしさと愛嬌を併せ持つ男気溢れる昔気質の刑事である。傍にいた女は広域捜査隊の紅一点ミス・ボン(チャン・ユンジュ)、それに加えて今作では肉体派のワン刑事(オ・デファン)、一番の若輩者のユン(キム・シフ)ら個性溢れる面々がチームを形成している。彼らを束ねるのは、20年の経験でチーム長として君臨するオ チーム長(オ・ダルス)である。勝手な行動をとりがちな熱血刑事と頭の固いリーダー長の対立、後輩たちのしくじり、上司の昇進を阻むような主人公の独立独歩の捜査など、およそ刑事物にありがちな類型のキャラクター、相関関係による物語がテンポ良く進んで行く。釜山港でのコンテナでの追いかけっこは横浜を拠点とした『あぶ刑事』シリーズをも彷彿とさせる。

広域捜査隊とソ・ドチョルの前に立ちはだかるのは、財閥を笠に着た御曹司チョ・テオ(ユ・アイン)の醜悪な行動の数々である。麻薬パーティ、新進モデルや女優の愛人バンク、夜な夜な行われる有名人や財閥関係者の飲み会のキーマンとして、裏社会の危険な遊びが過ぎる男は、ある夜いつも開いているパーティの席で偶然、ソ・ドチョルと出会う。大事なことは全て金で解決し、問題をもみ消してきた男と、金よりも出世よりも、何よりもプライドを大事にしてきた男の対照的な構図。簡単に相容れないドチョルはチョ・テオの動向・言動に目を光らせるが、そこにかつてお世話になった大事な人の自殺が疑惑となってドチョルの前に立ち現れる。かくして自殺の真相の捜査に当たるも、かくたる証拠も掴めないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。身の程知らずの若者の身勝手な行動は、経験豊富な刑事の前にあっけなく散るのが定石だが、チョ・テオの場合はそんなに簡単ではない。自らのバックにあるシンジン物産という大財閥の資金力、常務などの人材を駆使して行う嫌がらせ、もみ消し工作は徹底して弱者を食い物にし、マスメディアや国家権力をも煙に巻く。ウ・ミンホの成人指定歴代No.1ヒットの『インサイダーズ/内部者たち』もそうだったが、どうやら韓国の民衆は市井の人々の巨悪への抵抗に飢えているらしい。公権力の腐敗や汚職、賄賂や圧力、女性蔑視の縦社会構造がはびこるあまりにも閉鎖的な韓国社会の中で、正義を貫く男の大逆転劇を誰もが欲しているのだ。

中盤の心理戦の描写がややもっさりとした印象だし、貧民街での深夜の肉弾戦は圧倒的に光量が足りず、何が起きているのかがイマイチ不明瞭だったものの、中盤以降のリュ・スンワンの男臭い描写の数々が随分心地良い。夫の職場にズカズカと上がり込んだ妻の怒りの表明は、やはりこの妻あってのソ・ドチョルなんだと感心させられる 笑。あれだけ不仲だったリーダー長とその上司と3人でかつて捜査で負った傷跡を見せ合う場面は、まるで戦争映画のようなカタルシスを抱かせる。『JAWS』の博士と漁師の船内での傷跡自慢合戦を思い起こさせるような懐かしい描写に思わず顔が綻んだ 笑。シンジン・グループの御曹司であるチョ・テオの懐刀として、従兄弟のチェ常務(ユ・へジン)がいるが、彼のケツバットからの弁当のうなぎを分け与える様子には、いかにも韓国らしい封建的な縦社会の闇が垣間見える。クライマックスの明洞の繁華街でのカー・チェイスから、拳と拳の肉弾戦の圧倒的な描写には韓国製活劇職人としてのリュ・スンワンのプライドと意地を見た。ただ逃げるだけの車が前に現れた障害物を避けることなく、隙間なく並ぶ車や白バイを次々に吹っ飛ばしながら進んで行くあの圧倒的な迫力はもはやカー・チェイスではなく、戦争映画に近い。さながら凶器と凶器の爆発的なぶつかり合いである。その様子をリュ・スンワンは速いショットの積み重ねでスピーディに見せていくのだが、よく見ると明らかに繋がっていないものを力業で繋がっていることにしている 笑。その図々しいまでの強引な説得力と韓国製らしいこってりとした描写の数々に韓国エンターテイメント映画の今を観た。清々しいほどに勧善懲悪で、見事なまでに痛快な娯楽大作である。

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