【第523回】『ファインディング・ドリー』(アンドリュー・スタントン /2016)

 前作『ファインディング・ニモ』の13年ぶりの正当な続編。前作から1年後の世界、オーストラリア、グレート・バリア・リーフの珊瑚礁。透き通るような海の色、カラフルで色鮮やかな珊瑚礁がいつも見守ってくれる場所にカクレクマノミのマーリンとニモの父子、それに前作で新たに家族の一員となったナンヨウハギのドリーが住んでいる。オレンジ色の珊瑚礁に隠れ暮らすマーリンとニモを隣り合う貝殻の中からドリーが何度も呼ぶ。彼の健忘症は少し進行しているようで、ついさっき話したことさえ、少し泳ぐと忘れてしまう始末。そんな彼が貝、アカエイの大群、激流などのイメージ、ふと口を突いて出た言葉により、自らの出生の秘密を少しずつ思い出していく。前作ではニモを攫われたマーリンの前にふいに現れたドリーだったが、当然、彼には愛すべきママやパパがいる。まだ幼い赤ん坊のドリーは、かくれんぼしていてもすぐに忘れてしまう。両親にとって、そんなドリーは可愛い反面、心配な存在だった。前作においてニモも、400匹の兄弟たちと共に、母親コーラルの愛を受けながら、すくすくと成長するはずだった。だが一瞬の惨劇により、400匹いた卵たちは僅か1匹だけを残すのみになる。母親の不在を抱えながら、父マーリンは何としてもこの子を一人前にしようと過保護な愛を注ぐ。今作におけるドリーの出生の秘密はニモほど不幸ではないが、彼は一瞬の判断ミスが原因で、両親とはぐれてしまう。前作で父子の愛をつないだ救世主であるドリーを両親と再会させるため、マーリンとニモの父子はドリーと共に大航海に出かけるのだった。

ピクサーの物語はもれなく2人1組で繰り広げられて来た歴史がある。『トイ・ストーリー』シリーズのウッディ・プライドとバズ・ライトイヤー。『モンスターズ・インク』のジェームズ・フィル・サリバン通称サリーとマイク・ワゾウスキ、『レミーのおいしいレストラン』のリングイニとレニー。『アーロと少年』におけるアーロとスポット。前作『ファインディング・ニモ』においても、人間で言うと6歳くらいの子供なニモを探すために、マーリンとドリーは2人仲良く結託し、難事件に挑んだ。前作から引き続き、ドリーは健忘症という問題を抱えている。少し泳いだだけですぐに物事を忘れてしまうドリーにとって、両親と再会するためには伴走者となる相棒がいる。この相棒に今度はマーリンが名乗りをあげることになる。ニモも片方のヒレが生まれながらに小さいというハンディキャップを抱えている。そのため、彼は真っ直ぐに泳ぐことが出来ないが、今作ではニモの活躍はあまり描かれていない。むしろドリーとマーリンの様々な困難を助けるべく、たくさんの海洋生物が主人公たちを支えるのだが、彼らが一様に何かしらの欠陥を抱えている事実はあまりにも興味深い。足が7本しかないミズダコのハンク、極度に近眼なドリーの幼馴染でジンベエザメのデスティニー、エコロケーションの機能に問題を抱えているシロイルカのベイリー、魚の言葉を理解しているようでまったく理解出来ていないアビのベッキー等々。彼らは互いに自らのコンプレックスに閉じこもりながらも、ドリーやマーリンのために一肌脱ぐ。互いの欠点を補い合いながら、問題解決に向かって行く。彼らチームのコンビネーションの主題こそが、世界中の少年少女たちに伝えたいピクサー流のかけがえのない物語を形成する。

もう一つ驚くのは、2003年から13年を経過したVFX技術の日進月歩の進化だろう。特筆すべきはオレンジ色のマーリン父子ではなく、ドリーの発色の青と黄色のキメの細かさである。全体の色彩(トーン)で言えば明らかに紫色の発色が素晴らしい。人間の書き込みの粗雑さはある種のピクサー・クオリティを主張するのは致し方ないこととして 笑、ある程度、自然に見えるクオリティは維持している。私が特に感心したのは、様々な形・色への擬態を繰り返すミズダコのハンクのカラー・バリエーションである。当初、透明人間のように静かに登場したハンクの巧みな七変化と奥行き感は、確実に2003年のクオリティでは実現し得ないレベルを表現している。ドリーを小さな金魚鉢に入れる場面では、様々な光の屈折が起こる。背景の書き込みの細かさや、水を通す光の豊かさも、裏方スタッフの努力が偲ばれる。室井滋、とんねるずの木梨憲武、上川隆也、中村アンなどの声優陣の高齢化には一言ないではないが 笑、一番度肝を抜かれたのは海洋生物研究所のナレーションを担当したあの人物なのは間違いない 笑。ルイ・アームストロングの突然の『この素晴らしき世界』の劇伴の挿入も、何かバリー・レヴィンソン『グッドモーニング, ベトナム』以上の効果を発揮していたように思う。前作の歯医者の娘のブラック・ユーモアは幾分後退したし、何より影の薄いニモの造形がやや物足りないが、ドリーならどうする?とドリー目線をマーリンに問いかけるニモの描写は本編でも屈指の名場面であろう。クライマックスのあの描写は流石にやり過ぎの気がしなくもないが 笑、大人も子供も楽しめるピクサー流の良心が本作にはしっかりと詰まっている。

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