見出し画像

『パステル家族』10周年!セイさんインタビュー

2013年10月11日にスタートした『パステル家族』は、2023年10月に10周年を迎えました。
それを記念して、現在の担当編集・にしがインタビュアーとなり、編集長・たかしろも時々乱入しながら、作者のセイさんにロングインタビューを敢行!
「comico」がスタートした初期のエピソードから今後のことまで、盛りだくさんな内容でお届けします!(取材日:2023年8月17日)


『パステル家族』と共に歩んだ10年

――さっそくですが、この10年間『パステル家族』を連載してこられて、今の率直なお気持ちはいかがでしょうか?

セイ 「10年間続けたい」というのは、初期から周りの人にずっと言ってたんです。なので、もうすぐだとなった今、達成感が半端じゃないですね。
でも、よーいドンでスタートした仲間たちが、大体散り散りになっちゃってるのはちょっと寂しいかなって感じはあるんですけど。

――comico初期に出会われた作家さんがたくさんいらっしゃいますよね。

セイ 初期に出会った作家さんたちは、特に仲間意識が強いです。現在comicoで連載しているのが自分1人だけになったのは少し寂しいですが、今でも作家同士で一緒に遊んだり、作業通話をしたりなどはずっと続いているので、それは良かったなと思います。

――初期でずっと連載されてきた方たちは今も良き仲間でいらっしゃると。

セイ そうですね。comicoさんの10周年はイコール僕が漫画家になった10周年でもあるんです。
で、一緒にスタートした仲間が大分県に何人かいて、10周年になったら僕が里帰りするのと同時に10周年パーティーをしようって言って。それをやるって言ったら、関東にいる作家さんも「じゃあ私も行く!」となり、大分県に集合して遊ぶことになりました。

――同窓会みたいで素敵ですね!

WEBTOONのきっかけはオーディション

――10年前には、まだWEBTOONという言葉も形式も全然浸透していなかったのですが、縦スクロール漫画を知ったきっかけ、挑戦してみたいなと思ったきっかけは何でしたか?

セイ 僕は当時、ものすごく漫画家になりたくて、とある雑誌に普通の横組みの漫画を1回応募したんですがうまくいかなくて、2回目の作品を描いている最中に、comicoさんから声がかかりました。
僕は個人サイトを持ってて、そこに趣味で漫画を1000ページくらい上げてたんですね。それを見た担当の方がメールを送ってくださって、comicoというアプリをスタートするためのオーディションがあるので受けてみませんか?とお誘いいただいて。

――私はその頃はまだcomicoに在籍していなかったのですが、きっかけはオーディションだったんですね。

セイ 後から知ったんですが、数百作品の応募作の中から47作品に絞ったと聞きました。かなり狭き門だったみたいです。

――それはすごいですね。

セイ びっくりしました。そこに通ったんだなっていうのが。すごいですね、本当に。
オーディションのお誘いを頂いた時、「これはビッグチャンスだ!」と感じて挑戦した自分を褒めてあげたいです。スマホが流行り出した当時、劇的に変化する時代の波にうまく飛び乗れた感じがして、すごくラッキーでした。
WEBTOONは縦スクロール形式ですけど、僕は最初4コマ漫画を3話分ほど応募してみたんです。編集さんで協議してくださり、「一度4コマじゃない漫画も見てみたい」と言っていただいて、それで現在の『パステル家族』の4話目にあたる話を応募したら合格したという流れでした。
気持ち的には、「これから面白い事が始まりそうだ!」とワクワクしました。

第4話「マヨのアルバイトの回」より

――見開きの漫画ではなく、WEBTOON……縦スクロールでカラーの漫画であることが楽しいと思われたんですか?

セイ 僕、実は形式にあんまりこだわりがなくて、中身が面白ければそれでいいんですけど、僕がモノクロ漫画のノウハウをまだ全然自分の中に収めてなかったんですね。一作描いてはみたんですけど、例えば髪の毛は黒く塗って、そこにツヤベタを入れて、その影があるところにはカケアミを入れる……みたいな技術をまだ完全には体得してなくて。
で、四苦八苦しているところにオーディションの話が来て、カラーの方が当時の自分は描き慣れてたので、縦スクロールでカラーであることは大きな問題ではなくて。最初、他の作家さんたちはみんな戸惑ってたんですけど、自分は楽しく読めればいいと思って縦に並べて描いていただけなんで、そんなに何も考えずやってました。だからWEBTOONという形式への抵抗はあんまりなかったです。

――なるほど。現在はある程度「読みやすい描き方」のノウハウもできてきたのですが、昔はそういうのがなくて、もっと自由度が高かった感じですよね。

セイ 過去にcomicoさんが韓国から講師の方をお呼びして、ノウハウを教えていただいたことがあるんです。「スマホの一画面の中に2コマあるのが基本です」というのが、その講師の方がおっしゃってたことで、『パステル家族』はいまだにその形を愚直に守ってるんですよ。
ただ、最近はスッと流れるようなコマ割りにするのがトレンドになっているので、『パステル家族』のやり方は今だと古いのかもしれません。

たかしろ ルールは必ずしも画一的ではなくて、「作品に合った読みやすさ」があるということでもあると思います。
ちなみに、ここ数年でWEBTOONがかなり盛り上がっていますが、セイさんはこの流れは予想されていましたか?

セイ いや、全く予想してなかったです。
最初に言われたコンセプトが「山手線で一駅移動する間に読み切れる漫画」で、そのスナック感覚で読めるというのがずっと続いていくと思っていたんですけど、こんなに本格的に映画化やアニメ化するような世界になるとは思っていなかったですね。新聞の4コマ漫画みたいな立ち位置だなと思っていました、最初は。

『パステル家族』誕生のきっかけとキャラクターの裏側

――先ほどのコマ数の話も含め、セイさんはやっていらっしゃることは基本変わらず、『パステル家族』をずっと続けている継続力がすごいなと思っています。なのでその『パステル家族』そのものにも踏み込んでいきたいのですが、いつから『パステル家族』の構想があったんでしょうか?

セイ 先ほど話した通り、僕はウェブサイトに自分の漫画を載せていて、そこで「こういうのを描いたらウケるんだな」「こういうのってあんまり好かれないんだな」というのがだいたい分かってたんですけど、その今まで描いた漫画の「いいとこどり」をしたのが『パステル家族』なんですよ。
土台の土台みたいなのがすでにあったので、すごく描きやすかったです。

――ちなみにその「いいとこ」というのは?

セイ サイトでは、男子高校生が主人公のギャグ漫画と、女子大生が主人公のほのぼのコメディ漫画が一番読まれていたんですけど、男子高校生ってだいたいバカなことするんですよね(笑)。それが『パステル家族』の男子キャラにうまく反映されています。
それと、女子大生のほのぼのコメディが、マヨのモデルになってる感じです。あと下ネタはやらないと決めましたね。

――その主要キャラであるマヨが生まれたきっかけは?

セイ 主人公をなぜ女子にしようとしたのか、全然覚えてないんですよね。

――当時の担当から「こういうキャラクターがいい」というような希望やアドバイスがあったわけではないんですね?

セイ はい。当時は「メインターゲットが女性で、女子大生あたりの年齢層になる」とは聞いてたんですけど、僕はあまり意識してなくて。
とにかく愉快な主人公という考えでマヨが生まれて、そして、無口な弟って可愛いよなと思ってほのめが誕生して。
お兄ちゃんのタクオが初期設定と一番変わってて、当時は頭がパンチパーマみたいな感じでした。

第1話「はじまりの回」より

で、マヨの友達のケイちゃんはちょっとお色気なキャラクターにしようかなと思ってたんです。でも描いていくうちに違うなって。

第36話「ケイの片付けの回(1)」より

――あー、確かに今の形の方がいいというか。かっこよくなりました。
連載していく中で変わったことはありますか?

セイ 実は『パステル家族』のメインキャラクター達は、みんなキャラがブレないんですよね。話が進むにつれて幅が広がったりはするんですけど、根本が変わらないんで、「この辺が変わった」みたいなのはあんまりないんですよ。特にマヨは全然ブレません。

――では、作品のテーマも変化はない?

セイ テーマも変化がないですね。一番大事にしてるテーマが、読み終わった時に「読んで良かったな」と思える、ということなんですけど、そこも特に変わってないので。

――10年となると世の中は変わっていくもので、例えば初めはマヨやタクオと同い年だった読者さんが、結婚したり子供ができたりもしてますよね。けれどそういった読者さんから「昔からずっと読んでます」と言っていただけるのは、『パステル家族』が変わらないから、読者さんが成長してもいまだに愛してくださっているというところがあるのかなと思いますね。

セイ 初期の頃から一つ、ずっと気をつけてたことが「10年後に読んでも違和感がない作品にしよう」ということだったんです。
昔好きだった漫画家でそう仰っている先生がいて、その言葉を聞いてから僕もそれを意識してきました。
ただ、最初は作品内でキャラがガラケーを持ってたんですけど、流石にちょっと違和感あるよなと思って、最近になってようやくスマホを持たせるようにはなりました(笑)。

――ストーリーやキャラ像は変化させず、あえて10年の年月を感じさせないということを大事にされてきたということなんですね。

週刊連載のスケジュールと着色のポイント

――このインタビューを読まれるのは作家さんや作家志望者の方も多いと思うので、ここからは制作の裏側のお話も伺いましょう。
まずは、1週間の制作スケジュールを教えていただきたいです。

セイ 平日の間にネームをだいたい終わらせて、週末に一気に作画するというサイクルでやってます。週末は基本的に編集さんに連絡しないと決めて。
作家仲間がみんな、土日祝日に外に出たがらないんですね。まあ人が多いからというのもあって、それでその土日祝日に作家仲間で作業通話を繋いで、ずっとわちゃわちゃ喋りながら原稿を描くのがいつものスケジュールです。
作家さんって人によって生活スタイルがバラバラで、ものすごく規則正しくしてる人もいれば、常に昼夜逆転してる人もいる。だから時間帯によって作業通話を繋いでもらう人も様々なんです。作業通話しながらだと、ものすごく筆が乗るというか、捗るんですよね。

――作家仲間が多いセイさんならではのやり方で、面白いですね!

セイ それで僕の場合、月曜日のお昼が〆切なのですが、原稿を上げた後はだいたい力尽きて倒れてることが多いです。
それから「よし、火曜日にネームやって早めに終わらせるぞ」と毎回決意するんですけど、火曜日は前日の疲れを引きずって結局あまり何もできないまま終わることも多く……水曜日ぐらいからお尻に火がつき始める、というのがパターンになってます。
そう、火曜日……火曜日が毎週ないんですよ! 「今週火曜日なかった」って、毎回思います(笑)。

――通常の学生さんや会社員の休日みたいに、出かけたり遊んだりとかではなく、記憶がとにかくないと……(笑)。

セイ 月曜日が終わったら水曜日に飛んでます。正確には、仕事しようと机に向かってはいるんですけど、ただ何もできないんですよね。
だったら、もう火曜日を休日として固定すればいいのかな、と思ってきました。

――では、水曜から本格始動だとして、ネーム、線画、着色まで、どういう配分でやられていますか?

セイ comicoさんの初期の頃はネームチェック自体が基本的になくて、今と全然やり方が違ったんですが、最近は終わりを意識してることもあり、1話をちゃんと濃厚にしなきゃいけないと考えてて、ネームが3日近くかかるんです。
最初の1日はウンウンと考えながらエンジンをかける日で、残り2日で一気に描き上げるようなイメージ。だからネームだけで水木金の3日が潰れます。
そして下描きを金曜の夕方~土曜の夕方ぐらいまでに終わらせ、日曜にペン入れを終わらせて、月曜日の〆切前までに仕上げを終わらせる感じです。
僕の場合、着色の下塗りはアシスタントさんにお任せしてるので、着色はあまり時間はかかってないです。人物の影をつけたりとか、背景は全部自分で塗っていますね。

第131話「警察官の回(2)」より

――背景をご自分で塗られるのは理由があるんですか?

セイ 指示するのが大変だからですね。
あと、影つけは好きな部類なので自分でやることが多くて、他の某作家さんも影つけとか仕上げが一番楽しいんだけど、時間の都合上、そこをアシスタントさんにやってもらわなければいけないからすごく悲しい、みたいなことを言ってたことがありました。
絵が綺麗な人ほど、影つけや仕上げがお好きな傾向にあるのかなって思います。

――着色の工程で一番こだわっていることはありますか?

セイ 時短ですね。
普段よく使う色はカラーパレット登録してるんですけど、色を少なくしようと思っていて、似た色は全部同じ色に統一しているんです。
作家さんによってはキャラクターによって肌の色を微妙に変えたりされてますけど、それだと10人キャラクターが出てきたら肌色だけで10パターン登録しなければいけない。
『パステル家族』はとにかく時短を極めようと思っていて、肌の色は大きく2種類しかないんです。普通の色の人と、色黒の人。
結構、使い回している色もあって、例えばしおりの目の色はケイちゃんの髪の毛の色と一緒です。

第516話「夏のこもれびの回(13)」より

――指示がしやすいように、というのもあるんでしょうか。

セイ 茶色の目の人はこの色で統一、とか。
これはちょっと裏話なんですが、コウちゃんというキャラクターが、たまに紙芝居で猿を描くんですね。で、猿って大きい猿と小さい猿がいて、大きい猿の色はマヨの髪の毛の色で、小さい猿の色はしおりの髪の毛の色という風に使い回しているんですよ。
そうすることによって、カラーパレットをすごく小さくできる。読者さんは、これとこれが同じ色だなとか思いながら読んでいる人っていないので。

第448話「さる物語の回」より

――『パステル家族』は、色数が絞られていることで、確かに見やすい画面だと思ったんですが、時短という理由もあったんですね。

セイ こだわりとはちょっと違いますかね(笑)。

たかしろ いえいえ、すごく面白いお話で、これからカラーを描く方の参考にもなると思います。
色も「情報の一つ」なんですが、特に慣れていない方ほど画面がうるさくなってしまいがちで、結果、読む方も色に疲れてストーリーが頭に入ってこない。そういう読者さんも実際に多いんですよね。
セイさんは結果的にそうなったということかもしれないですが、時短のためという目的と、結果それが読みやすい画面になっているということを両立してるのがすごいと思います。

漫画の息抜きは漫画を描くこと!?

――ネームが詰まったりストーリーをうまく運べないな、という時の気分転換や、コンディションを整える時にされていることはありますか?

セイ 以前、海があるところに住んでいた時は、散歩をしながらネームを考えるというのが、一番頭の中を整理できるリフレッシュ方法でしたね。
でも、今の家は住宅街なんで、頭の中を全然整理できないんですよ。海辺を歩くのとどう違うのか分からないんですけど、なぜか散歩をしていても全然頭の中を整理できなくて……。
いま、一番手っ取り早いのは、飛ばし飛ばしでいいからガッと描いてみたものを途中でも担当さんに投げて、こんな風にしてみてはどうでしょう? みたいなアイディアをちょっともらったら一気に話が進んだりすることがあるんですよ。息抜きとはちょっと違うかもしれないですが。
でも漫画制作自体が趣味なので、リフレッシュするために「何々しなければいけない」みたいな意識があんまりないんですよね。

――なるほど。そういえば、難しい展開の長編漫画を描きながら、並行してあんまり難しくなく読めそうな短編のストーリーを考えていらっしゃることが何度かありましたよね。

セイ ああ、そうですね。それが一番いい息抜きかもしれないです。長編をやりながら、その長編が終わった後の短編を描いておく。
可愛い、マヨたちの子供の頃とか、構成に困ることの少ない短編を描くことが多いですね。短編で詰まることはほぼないので。

第544話「赤ちゃんほのめの回」より

――短編だと、構成に関して担当の私と議論されることもないですよね。基本お任せです。

長編エピソードの苦しみを救ってくれるのはマヨ!

たかしろ 最近も長編のエピソードを描かれていましたが、実際に難航したところはどういうところですか?

セイ そうですね。長編は毎回いつも何だかんだ苦労するんですけど……。

――多分、起承転結の「承」あたりが一番私と話し合いしてますよね。
話を広げるためには長編の2、3話目くらいが一番大事なので、ネームの時にその都度話し合いをしています。
直近だと537話の「進路の回」で、タクオとゆかりちゃんが大学卒業後の就職先をどうするか、真剣に自分の人生とゆかりちゃんとの関係を考える回に、一番苦労したような気もしますね。

第539話「進路の回(3)」より

セイ 直近だとそれですね。すれ違いコントみたいな感じで始まって、最後まですれ違いコントのままいってもいいんじゃないかとも思ったんですが、ただ将来の話なんでやっぱり真面目にした方がいいだろうと、全5話のうち、4話目を描いているあたりが多分最も詰まっていました。
どういう風にタクオの心情をより前向きにするか考えていたんですが、詰まった時に一つ、解決策として優秀な手段があって……。
昔からそうなんですけど、「マヨを出したらうまくいく」んです。何も考えずにマヨをひょいって投入したら、苦労した4話目がスイスイスイっと進んで、結果的にうまくいった、という感じです。

第540話「進路の回(4)」より

たかしろ この、「マヨが床にへばりついてるだけなんだよな」というのが、私も大好きで本当に面白かったです。
主人公のマヨの何気ない登場がストーリーを進めるきっかけになる、というのは、ある意味『パステル家族』の本質で、エモいところでもあるなと思いました。

セイ ありがとうございます。そうなんですよね。

――そういう局面でマヨが登場するというこの匙加減は、私からどうにもアドバイスしきれない部分なので。
セイさんが全部ご自分で考えてやってらっしゃいます。

たかしろ このへばりつきマヨ、かわいくてずっと見ていられます。
この長編は、最後まで勘違いコントみたいな進行で笑えるところもありつつ、本筋は真面目な内容で全体のストーリーにグッときて、そしてマヨがめちゃめちゃ面白いという、バランスの良さがありました。

セイ 結果的に、ギャグとシリアスが絶妙なバランスになったかなと思います。

――この部分のマヨは私もすごく好きだったので嬉しいです!

たかしろ この流れで、ここでこんなに尺取るのか!? というのもすごくシュールで、でも最後に感動させる流れに持っていくところがすごいと思いました。
逆に、担当のにしさんから提案する部分もあるんですか?

――実を言うと、私は結構、セイさんがあまり好まれない展開をお願いしがちかもしれません……。
『パステル家族』は、嫌な人はあまり出さないようにしているんですけど、対立関係をうまく使って盛り上げたりなどの演出をお願いすることも多くて。それをやることによって、結果的に話が膨らむこともあるかなと思っているからなんですけど。

セイ シリアスな展開は、多分自分一人だったらもっと分量を減らしていると思うんですけど、そうなったら多分、今のcomicoの先読み(課金)システムにあまりマッチしないと思うんですよね。
なので、その辺のバランスは難しいところなのですが、担当さんに舵を切ってもらっているのが、いいバランスになっているのかなと思います。

――ありがとうございます。
対立関係を作り出すといっても、ただのギスギスした感じにはしたくないと思っていて。『パステル家族』の世界観をより深めるために、和解して関係が深まるとか、実は悪い人ではないことがわかるとか、「大事なことを引き出すために葛藤を作る」ということを意識しますね。
最後に後味悪くならず『パステル家族』らしさを取り戻す展開にするために、どこでどう葛藤を収めるか、どこで関係を肯定させるか、ということに気をつけています。

セイ アプリの仕組みが有料になったからこそ、次を読みたいと思わせなければならないと、意識が明確に変わりました。
多分、先読み(課金)というシステムがなかったとしたら、今も一話完結の話がメインになっていたと思うんですよね。
190話くらいのタイミングで先読みのシステムが導入されたのですが、そこから明確に長編の頻度を増やすようにはしているんです。先が読みたいと思わせないと、生き残っていくのが無理だろうなと舵を切り直した感じで。
ただ、一話完結や、コメディやギャグのシーンを完全に無くしてしまったら
『パステル家族』ではなくなってしまうので、合間合間に入れるという感じになっています。

――有料化当時は、189話からの「格闘ゲームの回」が人気だったりしましたね。今のcomicoの傾向ともちょっと違う回です。
そう考えると、セイさんの本質は変わってないんですが、comicoだけではなく、読者も変わってきているのだなと思います。読者から求められる『パステル家族』が変わってきているというか。

第189話「格闘ゲームの回(1)」より

セイ 有料化もあるでしょうし、時期もあるのかな。まさにこの「格闘ゲームの回」あたりから先読みシステムが始まって、先が気になる展開を意識して描いているんですけど、この時と比べてかなり変わったと思うのが読者の男女比ですね。
当時は男性読者が結構いたので、格闘ゲーム回はかなり受けていたんですけど、今は女性読者がかなり多くなっているので、あまり男性向けにしすぎないように意識しています。

――今はどちらかというと、家族愛や恋愛の回が人気が出やすいんですよね。

セイ タクオとゆかりの恋愛回、マヨパパ&ママの恋愛回などがすごく人気だった長編なんですけど、そういうところで結構決定的に恋愛回の需要がわかるというか。関係性への興味で読まれているんだな、という認識になりました。

第232話「恋人の回 (恋愛編おしまい)」より

――なるほど。パステルのテーマやキャラクターはブレてないけれど、より読者をどう楽しませようかとか、どう次も読んでもらおうかというところが変わってきたということですかね。

セイ そうですね。よりシビアな言い方をすると、プロとして求められているものを返せるようにしようと意識している感じなのかもしれないですね。

たかしろ comicoのビジネスモデル変更によって有料化になりましたが、セイさんにとっては、お金をいただく以上は……というところの意識が大きく変わったということでしょうか。

セイ そうですね。描きたいものを描きたいだけ描くというのは、プロだと難しいと思っているので。求められるものを描かなければ、というのは意識していると思います。

セイさんにとっての「面白い漫画」とは

――そうしてcomicoが変わっていく中で、セイさんご自身の人生観などに変化はありましたか?

セイ 10年間あったのでプライベートの環境とかはそれなりに変わったんですけど、自分の中の考え方はほぼ変わってなくて、とにかく「面白い漫画を描いて届けたい」ということだけが、一貫してブレずにあります。
初期と持論が変わったとかいうのも全然なくて、92、3話くらいの作家コメントで「焼肉といえばロースだよな」と書いてたんですけど、今はカルビ派になりました、くらいの変化しかないです(笑)。
だから本当に、10年間で精神的なところはあまり変わってないですね。

――「面白い漫画」に対する意識の変化はありますか?

セイ うーん。僕の作風は、大声出してガハハって笑う感じじゃなくて、なんかこう、ふふって笑ってしまうような感じのものが、僕は好きなんですね。
小さい子犬とかを見たりしたら、ふふって笑って幸せな気持ちになりますけど、『パステル家族』はそういうのをたくさん出せたらいいのかなと思っています。その点もあまり変化はありませんね。たまに爆笑するものも入れたいとは思っています(笑)。

たかしろ 今セイさんがおっしゃったことが『パステル家族』の本質な気がして、個人的にもとても響きました。
「何が面白いか」って、編集にとっても作家さんにとっても永遠の議題じゃないですか。人によって意見が全然違う中、目の前にいる作家さんが一番の信条としてる「面白い」ってなんだろう? というのが、編集としてはとても気になるんです。

セイ これはいろんなところで言ってるんですけど、ギャグやコメディを書いてる時に、「なんとなく面白い」と思われるものを描くことが結構あって。でも、これの何が面白いかっていうのを自分でも言語化できないことが結構あるんです。
例えば、タクオとマヨがリビングで喋っていたとして、その画面の隅っこでしおりが寝てたら「なんか面白いな」って思うんですよ。けど、しおりが寝てることの何が面白いのか? と訊かれても、僕は説明できないんです。
でも「そこに変なものがいる」っていう奇妙な面白さはあって……そういう言語化できないところに、その作品の本当の面白さみたいなのがあるのかなと、僕は思っています。

第504話「夏のこもれびの回(1)」より

――なるほど。確かに、結構分かりやすい、熱血感がちゃんとあるとか、はっきりした面白さで長編の展開を引っ張ってた時期もあったと思うんですけど、最近はどちらかというと、読んでほっこりするとか「なんかおかしい」みたいなおかしみなど、言葉にしきれないところの良さを重視していらっしゃる気がします。

セイ 「このコマになぜかしおりがいる」みたいな、もう完全に感覚で置いてる感じです。
なんなら、ネームの時にはいなかったキャラクターを、後で「ここにいたら面白いんじゃないか」とひらめいて描いてみようとなることがあるんですね。ストーリーに全く関係なく、意味もないんですが……。

――私がネームを見ている時は、ストーリーとして盛り上がりが作れているかという点だけは気をつけて拝見しますが、本当にそれだけです。その後、実際の作画でセイさんの力が大きく働いて、『パステル家族』の独特の面白さが完成されているのだと思います。
そして、それがないと読者さんにあんまり面白く感じてもらえないと思うんですよね。

セイ トッピングみたいなもんですかね(笑)。でもそれが本質だと思ってるので。

――はい、本当に大事だと思っています。
セイさんご自身が面白いと思う小ネタをたくさん入れていただいて、空気を作ってもらうことが一番大事というか。
物語の骨格に関しては私からいろいろ言うんですけど、お話の骨格自体は2割程度のものです。さっきのお話であった「床にへばりついてるマヨ」みたいなネタは私は何も言ってなくて。でもそこが一番肝心で、一番面白いところだと思います。
セイさんはそういう「言語化しづらい面白さ」を作るのが本当に上手いので、そこは10年かけてさらに磨いてこられたんじゃないかとも思います。

たかしろ 編集が客観的に言うことはあくまでも「客観」でしかなくて、作家さんから湧き上がってくるものは「客観」では絶対作れない部分なので、そこはセイさんがキャラクターを作った創造主だからこその強みですよね。それがちゃんと読者にハマって笑ってもらえるのが、セイさんの本望でもあるのかなと。

セイ 細かいモブキャラとかに変な服とか着せたりとかするんですけど、そういうのにコメント欄で突っ込まれてたら、めちゃくちゃ嬉しいです(笑)。

『パステル家族』完結に向けて

――この10年の中で思い入れの深いエピソードはありますか?

セイ 色々あるんですけど、一番嬉しかったのはありがたいことに『パステル家族』の単行本化が決まった時だったんですね。

『パステル家族』第1巻

その中で印象深かったエピソードがあって、当時は連載の担当さんと書籍の担当さんが別の方だったんですけど、書籍の担当さんと話して、3巻で50ページくらい描き下ろしをしたいと言いまして。僕はそれを連載の担当さんの方に黙ってやってたんです。言ったら絶対心配されて止められるんで、特に休載もしてなかったし、大丈夫だろうと50ページを描き始めたのですが、そこに連載の担当さんからの企業コラボ漫画の依頼が重なってしまったんです。50ページを勝手に描いている手前、それをお断りするわけにもいかず……(苦笑)。企業コラボ漫画も最終的に20ページくらいになって、合計70ページの描き下ろしを、2~3ヶ月くらいの短期間で描いて、そこに連載とコミックスの作業もあってカバーなども描き下ろさなければいけない……と、ものすごいことになった時期があったんです。
あの時の、描き下ろしを50ページ勝手に描いたというのが、今となってはすごく良い思い出ですけど、二度と繰り返したくないですね……(笑)。しかも書籍の50ページ描き下ろし〆切が遅れてしまって、担当さんたちにめちゃくちゃ迷惑かけたことも覚えてます。

たかしろ 大丈夫、時効です。

セイ まあでも一応その結果として、2巻の初動よりも3巻の初動の方が高かったんですよ。結果が出たから勘弁してください! って感じです。

――セイさんはcomicoの10年間をどのようにご覧になられていますか? 変わったと感じるところ、変わってないと感じるところなど。

セイ 最初はWEBTOON、縦スクロール漫画は日本になかったので、何にも見えない真っ暗な大海原をみんなでボートで漕ぎ出すみたいな感覚で、不安もあったんですけど、徐々に手法が確立されて、気づけばものすごく大きな船になったなっていう。
ここまで大きくなると思ってなかったというか、ただ「でっかくなったな」っていう感情があるんですね。
10年前と今のcomicoは、ほぼ全てが変わったなと思っています。10年前のcomicoのオープンしたばかりの画像と今の画像を見比べるとやっぱり全然違いますし、当時と今で共通しているのは、それこそ『パステル家族』が連載していることぐらいなのかなと。
その『パステル家族』も、一応今年いっぱいで幕を下ろそうと思っているので、これから先、新しい時代の新しい世代の人たちにパトンタッチして、うまく見送らせてもらえたらな……と思ってます。

――この10年をずっとcomicoにいて見てきたセイさんだからこその感慨という感じがしますね。
では最後に、これからWEBTOON作家を目指す人に対して、アドバイスやメッセージがあればお願いできますか?

セイ WEBTOONの時代が始まって日本では10年ぐらいになりますけど、まだまだ始まったばかりだと僕は思っています。
これから新しいスタイルがガンガン出てきたり、今までだったら考えもつかなかったような斬新な作品も出てきたりすると思います。
僕はそれを楽しみにしているので、どんどん開拓して盛り上げていってほしいです。

――セイさん自身の今後の野望はありますか?

セイ 構想的なものはありますけど、でも今はパステルの最終回まで決めてる流れがあるので、その流れをどううまく盛り上げるかということを、とにかく集中して考えています。

たかしろ ぜひとも大団円を楽しみにしています!

セイ めちゃくちゃ力入れさせてもらいます!

まとめ

13,000字超のロングインタビュー、いかがでしたか?
取材時にはセイさんから楽しいお話がポンポン飛び出してきて、10年間の厚みを感じました!
ただいまcomicoでは『パステル家族』の10周年を記念してお祝いページを公開中です! セイさんが選んだベスト3エピソードや、Xでのお祝いポストなど、盛りだくさんなのでぜひご覧くださいね。

『パステル家族』10周年お祝いページはこちら!

『パステル家族』完結まで、どうぞよろしくお願いいたします!