#1 SUBURB

 

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 胸騒ぎがした。母の取り留めもない電話を受けて、予定を早めて直ぐにでも帰らなくてはいけないと、仕事の着信が鳴り止まない携帯電話を見ないようにして、エアバスに飛び乗った。

 私は逃げた。どうしても、その町に居られなかった。居ちゃいけないんだって、思い詰めた。

 そして、逃げた。本当は、その役は私ではなかったのだ。

 今、幼かった頃の、街灯の明かりも切れたの見知らぬ通り、得体のしれない恐ろしさ、逃げたかった。直ぐにでも元の世界に戻りたかった、そんな思いが募って、私は闇雲に走って走って、息が詰まって胸が苦しくなって、何もかもどうでも良くなって、強烈なライトとクラクションが叫ぶ道の真中から逃げようともしなかった、あの時の光景をみているようだった。

 その時に、私は突き飛ばされたから、今ここにいるんだ。今度は、私が突き飛ばしてやらなくてはいけない。そのために、私は、その町から逃げ続けてきたのだ。


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2015年3月20日

思い立ったはいいけれど、一番最初のこの書き出しがすごく書きづらいです。なんで3月も終わりなのに、こんなにも寒いんだろうって、部屋の暖房をガンガンにつけて、最初はペンで書こうとした手紙ですが、漢字は思い出せないし字は汚いしで、結局タイプすることにしました。そのままメールすればそれでいいんだけれど、味気ないから、印刷してお手紙として届けようかなって。

この間鞄を片付けてたら、借りっぱなしの図書館の本が一冊入ってしまってました。一緒に送るので図書館のおねえさんに謝っておいてください。

あそこの図書館、確か閉まるのが5時だったと思うけど、その閉館の30分前に音楽が流れるの、覚えているでしょうか。久し振りに図書館に行って、その本を借りた時、Shazamで調べたら、ジョージ・ウィンストンっていうピアニストの「Color/Dance」って曲でした。オータムってアルバムに入ってるそうです。

学校の帰りの音楽だとか、図書館の閉館の時の音楽だとか、その独特なさびしさって、その時は何とも思わないのに、どうでもいいとき(電車の中で変わらない風景を見ている時とか)ふっと、その気持が音楽と一緒によみがえってくるんだよね。なんでだろう。

伝えたいことがあってこうして手紙を書いたのに、結局どうでもいいことばかりを綴ってしまいましたが、どうせなのでこのまま送りたいと思います。

どうぞ、お元気で。



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 国道17号の嫌な思い出。

 友達と組んでいた部活のバンドの発表の時のために、みんな一緒のTシャツを買おうって話をしていて、夕方にユニクロへ待ち合わす事にしていた。家族と乗る車でなら数分で辿りつく事ができるんだけれど、当時まだ中学生で、世界はまだ、自転車と、本の中でした旅することが出来なかった。私は少し浮ついた気持ちのまま、国道を自転車で漕ぎ続けた。代わり映えのない風景。早く辿り着きたくて、無意識にペダルの力を込めて、どんどんと先へ先へと進んでいった。

 何十分も自転車を漕ぎ続けた。もういい加減、到着してもおかしくないなって思っていた。

 その時、はっと気がついた。私は全く逆の方向に進んでしまっていたんだ。もう日が傾き始めていた。どうしよう。みんなもう集まっているよね。まだ待ち続けてくれているんだろうか。約束をほっぽらかしたと思われているんじゃないだろうか。私は、進んだ道を、必死で戻っていった。

 結局、私はユニクロにたどり着くことができなかった。道の途中、お店から買い物を終えた友達らと鉢合わせして、代わりに買ってくれていたTシャツを受け取った。正直、顔を上げることができなかった。

 急いで帰路を進む私が着ている服は、その時のTシャツだった。未だ、遠い異国の地にいても何年も着続けている私。結局のところ、あの頃から私は、大して成長もしていないんだろうな。


(続)


こるすとれいんす



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