見出し画像

幻の『兵庫県民歌』追跡記録・その4

 かくして1947年(昭和22年)、近畿地方で最初の県民歌として『兵庫県民歌』は制定された。しかし、その存在は制定主体である県からも半世紀近くにわたって否定されるほど徹底的に歴史から抹消され、芦屋に遺された富田資料がわずかに存在を物語るのみの状態となっている。

■34編の最終候補作

 富田資料には入選作となった野口猛の応募作はもとより、佳作10編を含む最終候補作34編のガリ版刷りが含まれている。応募者の住所の内訳は県内が13編に対して県外が21編で、県外からの応募は東京都が7編、大阪府が4編、新潟県・愛知県・和歌山県が各2編、山形県・静岡県・福岡県・鹿児島県が各1編であった。
 最終的には県在住者の応募作が入選となっているが、入選作・佳作を含めて34編の最終候補作はいずれも「日本のユーゴスラビア」と揶揄される複雑な成立過程を経て現在の形となった兵庫県の郷土色をどのように出すかと言う課題に対する苦心の形跡が見て取れるものになっている。最終候補に残った顔触れで特に目を引くのは翌1948年(昭和23年)制定の『和歌山県民歌』で入選し、1954年(昭和29年)には『宝塚市歌』を作詞した西川好次郎(1903-1990)であるが、佳作には選ばれなかった。
 県内から最終選考に残った13編の住所の内訳は次の通りである。

神戸市(3編)‥生田区(現:中央区)、武庫郡御影町(現:東灘区)、明石郡櫨谷村(現:西区)
阪神間(6編)‥尼崎市、西宮市、伊丹市×2、川辺郡小浜村(現:宝塚市)×2
播磨(3編)‥加東郡中東條村(現:加東市)、揖保郡越部村(現:たつの市)、同太田村(現:太子町)
但馬(1編)‥朝来郡生野町(現:朝来市)

 丹波および淡路島からの応募作を最終候補で確認することは出来なかった。

 最終候補作の歌詞を見て行くと、とにかく具体的な地名を出すことを避ける傾向が強く入選作を含めて「復興」と日本国憲法の理念である「平和」を強調したものが多いのに気付く。歌詞中に出て来た地名を拾い上げて行くと、次のような結果となった(「扇港」や「白鷺城」のような別名や雅称は一つにまとめている)。

摂津‥●
神戸港‥●●●●●●●
六甲山‥●●●●
摩耶山‥●
灘五郷‥●
有馬温泉‥●●●
須磨‥●●●●●●
舞子‥●●
猪名野‥●
宝塚‥●●
甲子園‥●
播磨‥●●●
姫路城‥●●
明石‥●●●
但馬‥●●●●
日本海‥●●
丹波‥●
淡路島‥●●●●●●
瀬戸内海‥●●●●

 予想通りと言うべきか、県内外を問わず神戸・阪神間にイメージが偏っている。県庁所在地の顔である神戸港がトップに来るのは当然の結果と言えるが、景勝地も古来からの歌枕である須磨に対岸の淡路島が2位タイ、山一つ取っても県内最高峰(1,510m)の氷ノ山を押し退けて神戸・阪神間の行楽地である六甲山(931m)が上位と言った具合である。空襲での焼失をまぬがれ、現在では世界遺産となっている天下の名城・姫路城が余り取り上げられていないことも意外な結果であった。
 但馬や丹波はさらに不憫で、日本海を含めても瀬戸内海側の半数にも満たない。この結果を見てもわかるように、兵庫県はその成立過程や地域事情の複雑さから静岡県の富士山や滋賀県の琵琶湖のような県内の誰もが納得するような県の「顔」が決められない状態が県の成立から現在まで130年以上も続いているのである。強いて言えば「二つの海」が最大の地理的特徴であり、数点の最終候補作はその特徴を含めた歌詞になっていたが入選には至らなかった。

 結果的に、入選作はこうした地域性をばっさりとかなぐり捨てた歌詞が採用されている。強いて言えば2番の「港のにぎわい」が神戸港の繁栄を抽象的に表現しているぐらいで、前年に制定された宮城県の2代目県民歌『輝く郷土』並みに地域性の薄い歌詞となっているのが良くも悪くも『兵庫県民歌』の特徴の一つである。

つづく

画像‥姫路城天守閣。写真素材 足成の掲載写真を利用。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?