キャンプなんて縁がないと思っていた。昨日までは。
これは、アウトドアブランド「Col to Col(コル・トゥ・コル)」が立ち上がるまでの経緯と、中の人が何を考えているのかを、三人のメンバー(タッカ・エンゾー・ドフィ)が代わる代わる綴っていく「問わず語り」です。
【エンゾーの回:001】
世はまさに、空前のアウトドアブームだ。ホームセンターや100円ショップではキャンプ用品コーナーが面積を広げ、スノーピークは年々売り上げを更新し、2022年からは無印良品やワークマンが本格的にキャンプ市場へ参入すると宣言している。
週末ともなればキャンプ場はどこもテントでいっぱいで、人気のサイトは2ヶ月先まで予約がとれない。
そんな状況を、一方では少し冷めた目で見守っている人たちがいた。
例えばウチの奥さんだ。
彼女は長崎の山の中で生まれ育った。夏はうだるような暑さの中、どこからともなく入り込んでくるムカデに悩まされ、冬は何枚布団を重ねても遮断できない寒さに凍え、眠れぬ夜を過ごす。そんな生活を、30年も送ってきた。
なので、僕がSNSで友達の焚き火画像などを見ながら、うっかり
「キャンプって楽しそうだよねえ」
などと言おうものなら、チベットスナギツネのような目で見られた。
「私は休みの日に外出してまで食事の用意とか後片付けとかしたくないから」
誤解のないように言っておくと、彼女は別にキャンパーが嫌いなわけではないし、自然と触れ合いたい人の気持ちが分からないわけでもない。
ただ、山間での生活にはもう飽き飽きしていて、やっとの思いで快適な都会(福岡)に出て来たので、限られた時間とお金を使って余暇を過ごすなら、わざわざ不便な思いをして実家のような場所でキャンプをするより、見知らぬ土地を旅しながら「おもてなし」を受けた方がずっと楽しいしリラックスできると考えているのだ。
一方で僕自身はといえば、キャンプに興味がないわけではないが、それ以上に面倒くさがりだった。火遊びやテント泊はやってみたいが、設営や撤収は大変そうだし、料理にも疎かった。
何より、夫婦二人暮らしの生活で、キャンプに興味がない奥さんを置いて自分一人だけ泊まりがけで遊びに行くということにまあまあ罪悪感があったので、好奇心よりも彼女を説得する困難さが勝って、行動に移すまでには至らなかった。
そういうわけで、我が家が夫婦二人でキャンプに出かけるようなことは、起こりようがなかったのだった。
さて、キャンプには興味がなかったが、このところ僕らはコーヒーの魅力にすっかりハマっていた。何軒ものコーヒーショップを開拓し、自分たちの好きな産地やローストの度合いも少しずつ分かるようになった。
そんなある時、奥さんが少し意外なことを言い出した。
「キャンプは嫌だけど、家の庭先かベランダでお湯を沸かして、コーヒーを煎れて飲んでみたりはしたいんだよね」
なるほど。それは考えただけでも楽しそうだ。
そこで、アウトドアで使えるコーヒーグッズを求めて、スノーピークの直営店に行ってみることにした。行けば、何かが変わるかもしれないと思いつつ。
店内には、実に様々なキャンプ用品が並んでいた。チタンのマグカップやガスを燃やすバーナーを見ると、アウトドア感をくすぐられて気分が上がった。ベランダに置いたら良さそうなテーブルと椅子も、片っ端から試してみたりした。そのあたりまでは楽しかった。
ところが、店の奥にずらりと展示してある大小のテントやシェルターを見はじめると、忘れかけていた自分たちの本性を再確認することになる。
あ、これは無理なヤツだ。
こんなデカいものを広げたり畳んだりするような手間のかかることを、まったくやりたいと思わない。
…うん、知ってた。やっぱりキャンプは、マメな人がする遊びだ。僕たちは、なんだかすっかりやる気を失って、何も買わずに家路についた。
帰りしな、僕はFacebookにこの感想をそのまま書き込んだ。
「来た時はワクワクして扉をくぐり、帰るころには得体の知れない敗北感を感じながら店を後にした」
すると、それに
「オチがめっちゃウケましたwwww」
とレスがついた。数年前、とある企業が開催したワークショップで知り合い、以来ほとんど顔を合わせていないにも関わらず、不思議と細く長く縁が続いている女子からだった。
彼女…ドフィはこう続けた。
「私、マメじゃないですが、キャンプ大好きです。『どこでも我が家』的に、その日その日、好きな場所に、自分のお気に入りの家が建てられるみたいな世界観がたまらないです」
好きな場所に、自分のお気に入りの家を建てる。それがキャンプ。
衝撃だった。
今まで、キャンプというのは自然に親しむことこそが本分であり、それが全てだと思ってきた。ストイックに、不便さを楽しむもの。だからこそ、自然にうんざりしている妻の気持ちを動かすことができなかった。
ところがどうだ。テントは単なる寝床ではなく「もうひとつの家」であり、持っていくギアは「家財道具」だというではないか。
自分の理想の家を建て、自分が吟味したモノに囲まれながら、そこで一晩「暮らす」。
僕はこの考え方にすっかり魅了され、家に帰ってすぐ、少し興奮気味に奥さんに伝えた。
「キャンプって、お気に入りのロケーションに建てる、ミニマルな家づくりだったんだよ!」
その瞬間、あれだけキャンプに興味を示さなかった彼女が、みるみる目の色を変えた。何かのスイッチが入る音がした。
僕たち夫婦が最初のキャンプをするのは、それからわずか2ヶ月後のことである。
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