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なぜ男性は戦うのか

はじめに


 11月19日は国際男性デーである。国際男性デーとは、男性が女性に対して持つ加害性を自覚し、女性のために何ができるかを考え行動する日である。国際機関が指定する「国際デー」には含まれていない。


 本来国際男性デーは「男性が女性に対して持つ加害性を自覚し、男性が犯した罪を償うためにはどうすればよいか」を考える日であるが、「男性の生きづらさに目を向ける」日であるという解釈もある。国際女性デーとは違い国際デーに含まれていないため、様々な解釈があるのかもしれない。

 国際男性デーを「男性の生きづらさに目を向ける日」と解釈する立場の人は、男性が生きづらさを抱えることを示す様々な事実を指摘する。例えば男性が「らしさ」に縛られているというものもあるが、男性が女性よりも自殺する、といった「命の軽さ」を指摘する声も多い。


https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html


 「命の軽さ」に関して、頻繁に話題に挙げられるのは「戦争」に関する話題である。一般的に戦争は男性が戦場に立つことが多く、それゆえに命を落とすリスクが高くなる、というものである。
 国際男性デーである2022年11月19日、一般社団法人外国人の子供たちの就学を支援する会の理事長であり、株式会社Almost Japaneseの代表を務める小原ブラス氏がこのようなツイートを投稿した。


 小原氏はロシアの出身であり、是非はともかく出身国が戦闘行為に従事しているという状況であるため、より切実であろう。ちなみに小原氏は日本のメディアでプーチン大統領を批判していることから、ロシア国内では犯罪者扱いであるようだ。

 ちなみに、小原氏のツイートで指摘されている「戦争で一番犠牲になるのは若い男性」ということ自体は、特に的外れというわけではない。実際、太平洋戦争が終戦した1945年の日本の人口ピラミッドを見ると、若年男性が明らかに減少している。この減少は太平洋戦争「のみ」によるものではないだろうが、ここまで明らかな人口減少を太平洋戦争以外で説明するのは難しいだろう。


https://dashboard.e-stat.go.jp/pyramidGraph?screenCode=00570&regionCode=00000&pyramidAreaType=2

 

 しかし、小原氏のツイートには多くの批判的意見が寄せられた。その内容を一つ一つ紹介するのは難しいが、多くの批判的意見に共通して見られたのは「戦争は男性が始めるものだ」という意見だ。要するに、男性が勝手に戦争を始めるのだから、戦争を始める側である男性が死亡するのは仕方ないが、女性や子供はそのプロセスに関わっていないため、女性や子供が死亡するのは由々しき問題である、ということであろう。

 さて、ここからが本題である。確かに戦争で主に戦うのは男性であるが、なぜ男性は命の危険を冒してまで戦地に赴くのであろうか。なぜ戦地に赴き戦闘行為に及ぶのは男性なのか。次章ではそのことについて検討していこう。


男性が戦うメリットとは?


 
 戦闘というのはとてもリスクやコストがかかるものである。命の危険は言うまでもないが、使用する武器や食料もタダで手に入るものではないため、資源的なコストも軽くはない。ではなぜ男性はそうしたリスクやコストを払ってでも戦おうとするのか?そうしたリスクやコストを上回るメリットが何かあるのだろうか?
 この「メリット」として、研究では「遺伝的利益」が指摘されている。遺伝的利益とは要するに「繁殖成功」であり、自分の遺伝子を後世に残すことができるか、ということだ。

 Chagnonによるヤノマミ族の研究では、実際に戦闘が繁殖成功と関係している可能性が示唆されている。ヤノマミ族とはベネズエラ南部とブラジル北部に隣接する地域の先住民族で、狩猟採集を主に行っている。
 ヤノマミ族では、戦闘で敵を殺した経験のある男性は「unokais」と呼ばれる。敵を殺した男性はunokaimouと呼ばれる儀式を行い、その後unokaisと呼ばれるようになるが、unokaisの地位を得ることは強制されるものではない。ただ、少年たちは勇敢であることが推奨されるようだ。
 Chagnonは、unokaisと非unokaisとの間で繁殖成功における違いがあるのか、ということについて調査を行った。その結果、unokaisは非unkaisと比べて多くの妻や子どもがいることが分かったのだ。また、Chagnonのデータによると、unokaisの88%に子どもがいる一方、非unokaisでは49%であったという。さらに、unokaisの88%には妻がいたが、非unokaisで妻がいたのは51%であった

https://www.science.org/doi/10.1126/science.239.4843.985


 最もこの研究が出版されたのは1988年と古く、この研究ではないがChagnonの研究は論争の的にもなった(エルドラドの闇論争)。さらにヤノマミ族は我々の社会とは文化や慣習が全く異なるため、この結果は一般化できないのでは、との指摘もあるだろう。
 しかし、比較的最近行われた他の民族の研究においても、優秀な戦士が繁殖成功をおさめやすいことが確認されている。GlowackiとWranghamは、東アフリカの遊牧民であるニャンガトム族に関する研究を行った。ニャンガトム族では結婚の際、花婿側が花嫁側の親族に婚資として家畜を贈るが、この家畜が不足する場合もあり、男性は家畜を得るために他の村を襲撃し、家畜を略奪することもある。
 GlowackiとWranghamは、ニャンガトム族において、略奪に対する積極性と繁殖成功との間の関連を調査した。その結果、若年男性においては、略奪参加数と妻や子どもの数との間に有意な関係は確認されなかった。しかし、年長者においては、若い時に略奪経験が豊富であった男性は、そうでない男性と比べ妻や子どもの数が多かった

 これらのことから、文化の違いはあれど、優秀な戦士はある程度の遺伝的利益を受けられていることが伺える。

 ※これは余談であるが、いわゆる戦争の起源については様々な見解があり、食糧の貯蓄を行うようになった農耕社会が戦争の起源であるとする説もある。一方、Crevecoeurらがジェベル・サハバ墓地(1万3400年前の墓地遺跡)の再分析を行った結果、後期更新世の狩猟漁労採集民が小規模な紛争を繰り返していたことが示唆され、戦闘自体は農耕社会以前にも存在したとも考えられている。

 
 優秀な戦士が繁殖に成功しやすいということは、非西洋社会の先住民族にのみ見られる傾向ではない。Ruschらの研究によると、第二次世界大戦において名誉勲章を授与されたアメリカの退役軍人は、その他の退役軍人と比べ多くの子どもがいたことが分かっている。


 

 ここまで「優秀な戦士は繁殖成功しやすい」ということについて述べてきた。しかし、戦士として優秀であることと繁殖成功しやすいこととの間にどのような関係があるのかや、なぜ優秀な戦士は繁殖成功しやすいのか等はこうした研究だけでは分からない。優秀な戦士は力が強いため、ライバルから女性を奪うことができるからかもしれないし(実際ヤノマミ族に関する研究ではそうしたことも指摘されていた)、優秀な戦士は力が強いため無理やり女性と関係を持つことができるからかもしれない。
 
 他方で、研究からは、「優秀な戦士は女性からモテるからではないか」という可能性も指摘されている。

 Escasaらは、エクアドルのコナンボという農村社会において、どのような男性が女性から魅力的と判断されるか?ということに関する調査を行った。その結果、戦士としての評価が高い男性は、女性から魅力的であると評価されやすいことが分かった。

https://psycnet.apa.org/record/2010-07977-005

 また、先ほど紹介したRuschらの研究では、優秀な戦士は女性から魅力的に思われるのか、ということに関する実験も行われている。実験の結果、戦争で勲章が授与された男性兵士は、女性からより魅力的であると評価されやすいことが分かった。興味深いことに、戦地における戦闘の結果勲章が授与された男性兵士は女性から魅力的だと評価されたが、自然災害現場における活動の結果勲章が授与された男性兵士は女性から魅力的であるとは評価されなかった。なお、男性は勲章が授与された女性兵士を特に魅力的であるとは評価しなかった。


 これらの結果をまとめると、

優秀な男性の戦士は、女性から魅力的であると評価されやすい。女性からの評価が高い男性は関係を結びやすいため、繁殖に成功しやすい。戦闘において戦果を得るために戦うことは、命のリスクも伴うが繁殖にも成功しやすいため、そうした特徴は後世に継承される

ということになるだろう。女性からモテれば女性と関係を持ちやすくなるだろうから、特に避妊技術が発達していない環境においては繁殖成功にもつながりやすいと考えられる。そして繁殖成功しやすい特徴は後世にも引き継がれやすいため、(かなりの長い時間がかかるが)集団内にそうした特徴が広がるかもしれない。人類史という観点から見ると、繁殖成功しやすいということは非常に重要なのだ。


おわりに


 今回は「なぜ男性は戦うのか」ということについて検討してきた。この記事で挙げた仮説は男性が戦う理由の全てを説明するものではない。他方で、こうしたことを考えることは、例えば「戦いを抑えるためにはどうすればよいか」といったことを考える上でも有効であろう。すべての人類に平和あれ。







珈琲国の王をやってます。戦いなどない平和な国ですが、彼女募集中です。DM下さい。
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