一次創作小説。現代のイギリスに存在する情報機関〈ツイスト〉に所属している青年2人、ヴェルとエディの物語です。
〝Green eyed monster.〟 男は流麗なクイーンズ・イングリッシュで歌うように呟いた。 「シェイクスピアでしょうか」 エディは出典を言い当てる。すると、男は感心したように目を細めた。 「オセロ、きみは怪物に唆された経験がおありかい?」 「生憎、私は女性とは距離を置く主義ですゆえ。それに、恋愛にうつつを抜かして嫉妬に取り憑かれる暇など、私たちエージェントには存在しないも同然ですから」 エディは、自身のコードネームと同一の名を持つ戯曲の登場人物に思
スティレットナイフに付着した血液を拭い、ヴェルはバディのいるフロアへと向かった。 ロンドンの夜は夏でさえ少し肌寒く、九月を迎えた途端に一段と涼しさが増した。空はいつものように分厚い雲で覆われている。ヴェルは故郷の気温と太陽を懐かしみながら、エディに近づいた。 エディは非常階段の手すりにもたれて夜風に当たっていた。指先には久しぶりに煙草を持っているのが見える。 「こっちは片付いた。あとは迎えを待つだけ」 声をかけると、エディはくぐもった声で答えた。 「ああ、ご苦
「こんばんは」 平らな声を上からかけられる。その主が呼び出した本人であると判明し、リズは微笑を浮かべた。 「ハロー、急に呼び出してごめんなさいね。エールで良かった?」 「お構いなく。開発の方は順調で?」ケイはいつもと変わらずに平淡な表情のまま尋ねると、リズの隣のカウンター席に腰掛けた。 「ぼちぼち、かしら。良い合成繊維が入ったから、デザイナーと協力して新しい防弾服を作ってるところなんだけど、なかなか妥協点が見つからなくて。実行部員は民間人のふりしながら銃持って動き回ら
男は冷静だと思い込みたかった。先ほどまでパーティー会場で楽しく談笑していた目の前の青年に向かって、「最後に一つ言いたいことがある」と淡々とした口調で言い放つことなど容易いはずだ。しかし、アールデコ調のスイートルームの空気と、自分の額に強く突きつけられた鉄の冷たさはそれを許してはくれなかった。男は悲鳴の代わりに、子犬の鳴くような声を出すのが精一杯だった。 何故こんなことに。男はアルコールがまだ抜けきっていない頭で考える。このホテルのパーティーに招待された。大手企業の創立八十周