つらいとき、花のひとことに救われる
昔のことを思い出した。
以前勤めていた和菓子店は、年末が2番目の繁忙期だった。そのピークが終わった日、わたしは暗い気持ちで家路についていた。最寄りの駅から自宅へと歩き始めたときに涙がこぼれる。わたしはなんのために生きてるんだろう…そう思いながら。ふいに湧き出た想いだった。とぼとぼと下を向いて歩いた。
当時住んでいたマンションにはエントランスまでの通路に花壇があった。大家さんがお世話をしている、何種類もの花が年間をとおして咲いているような花壇だった。
その日わたしはそこで「おかえり」という声を耳にする。えっ?と思って顔をあげると、一輪の花がわたしを真っ直ぐに見て、「おかえり」と、もう一度言った。
わたしは頭がおかしくなったのだろうか…とは思わなかった。ただ、えっ?という感じで時が止まる。
少しの間だったと思うが、それから「ただいま」と声に出した。花はニコニコとわたしに笑いかけているように見えた。
そのまま自分の部屋へ帰り、玄関で靴を履いたまま大号泣した記憶がある。たくさんのつらいものを出すことができた。
それから、花に行ってきますとただいまを言うようになった。花から言葉が返ってくることはもうなかったけど、あまり気にならなかった。もう一度聞きたいな…とは思ったけど。ただ挨拶をすることがすごく嬉しかった。反射的ではない、したくてする挨拶。ひとりじゃないと思える嬉しさもあった。習慣になり、ふたたび日常の忙しさへ飲み込まれそうになった頃のある日に、花は仲間たちとともにいなくなってしまったけれど…。
その花がどんな花だったかはもう忘れてしまったが、おかえりと言った声と、それを聞いたときの嬉しさは心の中にしっかりとある。
また逢えたらいいな。
パン買います♪