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I REGRET NOTHING

本記事はAcompany5周年アドベントカレンダーの9日目の記事となっています。

株式会社AcompanyのR&Dチームにてテックリードを務めております櫻井です。

普段はTEE(殊にSGX)の修羅としての側面しか晒していないため、あまりそれ以外の部分について話す機会はありませんが、ちょうどそろそろ現職に転職して1年が経とうとしているので、入社1年エントリ的なものをここに書き散らします。

さて、表題の英語は一体何なんだという話ですが、これはかの有名な残虐ゲーム(の皮を被った超絶おバカゲー)「POSTAL」シリーズの主人公「ポスタル・デュード」の名台詞(?)です。

とてもこの場では書けないような地獄みたいな状況で放つセリフなので、ここではPOSTAL4の同名のBGMを載せるに留めますが、日本語に直すなら「後悔なんてしてないぜ」となります(日本語化パッチを当てた時のポスタル・デュードのセリフそのものです)。
本記事の内容を一言でまとめるのであれば、このセリフに尽きるなと思ったわけです。

「安定」という死

現職には、某IT系大企業から転職してきました。
その会社は世間的にも言わずと知れた大企業ですから、ここにいれば食いっぱぐれる事は恐らくないだろう、とはやはり考えていました。

実際、一度大企業に入ってしまうと、スタートアップ企業やベンチャー企業というのは些か「不安定さ」を感じる側面があり、元々心配性な私から見るとなかなかそちらに動くという選択肢は取りづらいなと感じていました。

しかし、大企業に居続けるにつれ、日増しに違和感が増していきます。
ちょうど新卒入社の前の年度では、IPAの未踏プロジェクトでひたすらにSGXをしばき倒してプロダクトを練り上げていたわけですが、そういった刺激的な経験をした後に携わるには、大企業SIerでやるような仕事はあまりにも退屈すぎたのです。

詳細に書きすぎると怒られそうなのでぼかしますが、安定を得る代わりに、技術的に挑戦的でもなく、過度に冗長な無駄にまみれた、これのどこが世界の役に立っているのか、生きている意味が分からなくなるタスクを、虚無の顔面で2年少々始末していたわけです。
(安定とは言っても外資系でしたので、一般的な日本企業ほど安定しているわけでもないのですが)

入社年度に未踏アドバンストに申し込もうとしたら会社に禁止され、副業も禁止の中あれだけ熱中していたTEEで取れるムーブメントというのはどうしても減ってしまい、2年目にはただただ退屈な形式的なタスクをしばくだけの、虚無の人間に成り果てていました。

そうなるとやはり以下のような思考が浮かんでくるのです。「こんなのをあと40年続けてしわくちゃのジジイになって俺は無様に死ぬのか?」と。

「安定」というと一見聞こえは良いですが、その実は「死」そのものでもあります(熱的死として知られる概念です)。
エントロピーが収束状態から発散状態に向かい、最終的に平衡(安定)状態を迎えるというのは、熱力学第二法則としてよく知られている話です。

これに照らし合わせて、生物の命についても(比喩的に)同様の話を当てはめる事があります。
つまり、生まれた時点が最もエントロピーが低く(収束状態)、死こそが発散しきった最も安定した状態であるという事です。実際、何故か「命」という正体不明のものを持って物体が1つの塊として動き回っている状態よりも、死して死体を分解され土に還った状態の方が、物理的には遥かに安定した(乱雑さの高い)状態でしょう。

しかし、生物というのは面白いもので、飯というネゲントロピーを食い散らかし、どうにか「安定」への絶対的な流れに必死に逆らっているわけです。
にも関わらず、そんな「虚無の仕事」に甘んじて自ら「安定」に流れていくのは、それこそ「死」以外の何物でもないのではないか?

あくまで比喩的な表現ですので、生命としての死はさておき、筆者の精神としては完全に「安定という死」で言えば「瀕死」の状態にあったわけです。

ネゲントロピーを得る決断

さっきからしれっと「ネゲントロピー」という言葉を出していますが、これはいわばエントロピーが低い状態(収束状態)に保たれているような状態、あるいはそのような状態にする何かを指す言葉です。

前述の通り、熱的死へと身を流されていたわけですが、そんな中Twitterでぼやいている所を拾っていただいたのが、現職であるAcompanyに転職するきっかけでした。

厚生労働省の発表では、事業所規模1000人以上の会社の大卒の3年以内離職率ですら25%を超えると言いますから、より良い先を目指すための転職はもちろん、嫌気が差して転職するというケースも、現代の日本では一般的にも少なくない状況なのだとは思います。
しかし前述の通り、私は過度に心配性で慎重な人間ですので、「安定」から脱するという決断の難しさは、それは生半可なものではありませんでした。

元々未踏でBI-SGXを開発していた手前、秘密計算については一定以上には見知っている状態でした。
それ故、面接においては生意気にも私の方から細かい技術的な話またはスタンスについてお聞きし、私自身の秘密計算に対しての考えを伝えた上でいただいた反応も見て、さらに色々と調べた上で、「ここだったら身を預けてもいいだろう」と最終的に結論づけ、転職というネゲントロピーの決断を下すに至ったわけです。

チャレンジャー

一度「安定という死」を脱する決断を下したら、後はひたすらに世界の役に立つだろう形で、自分の本気を出すべく気概を高めていくだけです。

2年少々の期間ですっかり錆びついた秘密計算屋としての感覚のリハビリを行いました。触れなさすぎてもう二度と触りたくないとまで思っていたSGXも、そのクソ仕様を見て「ああ、あの時と何も変わっていないな」と思い出し苦笑いしながら、当時の感覚を取り戻していました。
いや、SGXはクソ仕様過ぎて触りたくないのは今でも変わらないのですが(笑)、まあこれは虚無からまたそういう腐れ縁に好転(?)したわけです。
(この時、ちょうど産総研様でSGXについてのレクチャをさせていただいていたのですが、この経験は非常にありがたく貴重なものでした)

それ以外の部分でもやはり色々と心構えはしていました。とはいっても、私自身「意識高い系」が死ぬほど好かないので、そういったアプローチのものでは全くないのですが、思い出としても印象的なのは「車の買い替え」での出来事です。

普段ほとんど話していない内容として、私は個人的にアメ車が非常に好きなのですが、その当時ちょうど新しいアメ車への乗り換えを行っておりました。
その車というのは、マッスルカーの一角として名高い「ダッジ・チャレンジャー」です。

フォルムといいその極悪な排気音やエンジンといい、何もかもが私の好みのド真ん中だったのですが、この契約時にディーラーのいつも私の担当をしてくださっている方が、ある言葉をかけてくれました:

「櫻井さん、新たな門出をされるわけですから、チャレンジャー(挑戦者)と一緒にぜひ思いっきり『挑戦』してください」

これは素直に嬉しいもので、やけに記憶に強く焼き付いており、多分一生忘れないであろう会話だと思っています。

そして、チャレンジャーを迎えた後、現職の入社日当日には「かつてSGXと死闘した秘密計算屋」として、プライバシーテック企業の門をくぐったわけです。

Acompanyの研究開発職

私は自分に対して常に不安を抱えている人間です。特に情報系となると顕著で、大学へ進んだ時も、研究室に配属された時も、未踏に採択された時も、本当に俺に務まるのか?と考えていました。俺は他の奴らみたいにプログラム書けないぞと。

埼玉の片田舎の治安が終わった小中に通い、ガキの頃からプログラミングをしていたわけでもなく、大学3年まで情報科学の中で特にこれといった専門もなかった人間が、たまたま体裁取り繕って運良く通っただけなのではないか、と。

これは現職に転職した際も同様で、「この辺りで化けの皮が剥がれ力不足でクビになるのではないか」と思っていました。

しかし、この会社のR&Dチームで研究開発の仕事をしていると、俺でも役に立てるかも知れない、と思えるようになってきました。
これは現職のレベルが低いという意味ではもちろんなく、技術的に未知とも言えるプライバシーテック上の何かを実現するために、メンバ同士で食い潰すことなく、それぞれが己の全ての力を注ぎ込める環境がデカいと思っています。

意味の分からない表現かもしれませんが、「品質の良い忙しさ」があるのです。労働時間や勤務環境などで言えば、大企業SIerなどとは比べ物にならないほどのド級のホワイトです。

しかし、その労働時間には、大企業SIerでよくあるような虚無が入り込む余地は一切ありません。
必要性皆無の会議に強制参加させられる事もなく、2人いれば済む現地作業に朝8時から15人で詰めかける事もありません。
リモートワークに難色を示す化石もいませんし、議事録の分担に固執する意識高い系もいなければ、エクセルで仕様書作成ごっこをする地獄のタスクもありません。

現職にあるのは、ただただプライバシーテックを世に普及させより良くするための、必要性の塊以外の何物でもない、純然たる「研究開発」とその周辺のタスクです。

よって、純粋な忙しさで言えば現職の方が忙しいのです。業務時間内外問わず一人でウンウン唸っては、風呂に入ったり深夜酒飲みながら突然ひらめいたり、それをチームのメンバと一緒にどんどん改良していったりと、そこに費やされるエネルギーの質の高さは、やはり大企業SIerでのそれとは桁が違います。

スタートアップやベンチャーに対してかつて抱いていたような「時間や量によってのみ決定される忙しさ」を感じるというよりは、「そのゴールの遂行に必要な質の高さのエネルギーを、ある時間内でフルに出力する忙しさ」を現在は感じており、これは曲がりなりにも未踏などを経てきた私からすると、非常に個人的にも性格にマッチするものであると考えています。

CEOの器

しかし私はまともではありませんから、特に制度面では直球に改善点を言い過ぎる事もままありました。
要はそこは言うにしろ忖度しろという話なのですが、これについてCEOの高橋さんと直接話した事があります。

私はあまりにも治安の悪い地域に住んでいたため、昔から舐められたり付け込まれたらその時点で負け、先に潰せ、他の人間は全員敵だと思え、の極端な性悪説のもとに生き延びてきたわけですが、このCEOと直接話した機会の際も、弾圧されるのではないかと非常に警戒していました。

実際にお話しした結果、これはもう完全に私の負けでしたね。器のデカさが埼玉の治安悪いわ陰湿だわのクソ田舎とは桁が違います。この会社にいる人間であれば悪意は無いので信用してくれ、との言葉で一線を画する器のデカさが垣間見え、以来私は大分丸くなっているような気がします。

(ちなみに私は今でも埼玉に住んでいます)

I REGRET NOTHING

そんなこんなで一年近く働いているのですが、事態は驚くほど好転しています。

昨年末より株式会社Datachainさんに副業としてSGX関係で携わらせていただいておりますし、ありがたい事に2023年のセキュリティキャンプ全国大会では、TEE(SGX)をひたすらこねくり回すゼミの講師をさせていただける事になりました。

必ずしも業務でTEEに特化しているわけではなく、比較的手広くプライバシーテック中心に色々携わっているのですが、それでも最近は本来私自身が辿るべき道に戻ってこれているような感覚がしています。
未踏アドバンストに出られなかったのだけは、唯一未だに心残りでしょうか(笑)

屍のように虚空で犬かきをしていた一年前の自分は消え、世に爪痕を残せるような機会に恵まれてきていると感じています。

昔、進路に悩んでいる時に私の父親と話していて、こんな事を言われた事があります:

「自力で切り開ける人間はどの選択肢を取ろうがどうにか出来るし、それが無理な人間ならどっちを選ぼうがくたばるだけだから、それで朽ちたらお前がそれまでだったというだけ」

今のところ、何とかなっているでしょうか。これからどうなるかは誰にも分かりませんが、少なくとも今のところであれば、自分の選んだ選択肢についてこう言えます。

I REGRET NOTHING.

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