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競馬大学[補講]「パドックのススメ2024年」

おそらく近代の啓蒙書で
1番売れたのは
福沢諭吉「学問のススメ」
(1872年初版)で
あろう。
私の世代の方々は皆
論語や学問のススメの
有名なフレーズは
ソラで覚えていると思う。

かなり前になるが
家族にも「学問のススメ」を
読むことを薦めたが
我が家では
私以外誰も読まなかった……

これと同じようなことが
パドックについても言える。
私が2024年
パドックを診ることを皆さん
にお薦めしても
今はデータの時代
受け入れられないのかもしれない。

それは重々承知の上であるが
やはり私としては
馬の魅力、競馬の魅力を
多くの人に知ってもらう上で
このパドックを診るというのは
不可欠で
パドックは
より競馬を深く
面白みの溢れるものへと
変貌させるものであると
信じて疑わないのである。


よく
パドックは診ても分からない
パドックを診ても
馬の良し悪しは分からない
診るだけ無駄……
という悲しい声を聞く。
これらの意見は正確に言うと
無駄ではなくて
自分にはできない
やったことがない
ということであろう。

仮に私が一年間で
馬をパドックで診る頭数
(海外も込み)
を診て頂き
これを30年続けて頂ければ
誰でも私の言うことは
納得できると思う。
特別に見方を
教えなくてもである。

騎手や調教師で馬にずっと
触れていても
所詮診るのは
自分の関わりのある馬
関わりのあるレースで
案外診ている量自体
は少ないと思う。

ネット社会によって
今や全世界と
言っていいほどの
パドックが
診られる時代である。
一日十数時間
色々な馬を診て
学ぶことは出来る。

自分の知ってる馬だけを
診ていても
「パドック力」は全く付かない。

ただ
流石に……私のような
馬中毒患者でない限り
それだけの馬を診続けるのは
キツイとは思うので
この話は個人的な話として
置いておいたとしても
そもそも無駄だという方々は
「パドックを診る意義」を
勘違いされてると思う。

例えば
パドックで馬体から
いい馬を探す、走る馬を探す
これは結構難しい。
それこそ
どれだけの馬も診てるか?
ということが
ダイレクトに影響を及ぼす。
骨格がいいが、筋肉がまだついて
きていないとか
筋肉の質と骨格、フォームが
合ってるとか合ってないとか
もっと言うと
馬の性格等々も当然影響してくる。
それらを総合して名馬となる訳で
あるが……
これは本当に難しい。

この難しさは
診なければいけない
要素が無数にあるから
難しいというのではなく
どの要素が
1番この馬の競走能力に
影響を及ぼしているか?
という
判断が難しいのである。

だから
パドックで
「いい馬を馬体から探す」
というのは
本来非常に難しいことで
競馬の初学者が
目標にすべきところ
ではないことを
まず最初に述べておく。
それはパドックを診る
本来の目的ではなく、
応用技術である。

無論
フライトラインのような
誰が診ても
素晴らしい馬体の名馬と
いうのはいる。

フライトラインという馬は
私が長年診てきた
アメリカ競馬の中で
最高の馬体だと思ったが、
それが実際走るかどうかは
メンタル面も
含めて色々な要素があるので
簡単には分からない。

ただ、走る機能としては
最高のものを
持っているという
ことは言えるのだが。

セリで
ある程度馬体が
完成した馬で
一流馬ばかり揃えて
見せられて
どれが1番いい馬か?
というのは
非常に難問である。

各馬
長所と短所がそれなりにあって
それがどの程度影響するのか?
は競走スタイルや走り方、
気性にもよるので
その辺を
足し算引き算して考えるのは
本当に難しい。

こういう判断をしろ、
と言われるのであれば
おそらく
パドックを診ることは
限りなく「無駄」に近いし
それが分かるまで
到達出来る人は
本当にメジャーリーグで言えば
大谷翔平さんレベルなのであろう。
全ての人が努力によって
大谷翔平にはなれないのと同じ
である。

ただ
馬券に役に立つ程度であれば
そのハードルはグッと下がって
それこそ
「パドックは診ても分からない
診るだけ無駄」ということは
全く当て嵌まらない。

自分の馬券の
的中率を数10%上げたり
自分の馬券の中から
無駄な買い目を絞ること
これはあるレベルまでであれば
それほど難しいことではない。

これらのことを
「パドックのススメ2024」では
書いていきたいのだが
おそらく初学者の方もおられる
と思うので
馬のメンタル面のことを書いて
おきたい。

それは何かというと
馬はそもそも本気で走って
いない、ということである。
これはレースに乗ったことが
ある人なら誰でも分かると思う。
安藤勝己さんが動画で
「基本的に馬は6割くらいの
力でしか走っていない、
それを8割出させてしまうのが
ライアンムーアとか一流騎手……」
という発言をされていたが
私もこれには深く同意するし
6割というのも、私の肌感覚的に
ちょうどいい感じだと思う。

当たり前だが
馬には走る動機がない

走って勝てば
いい生活が待ってるわけでも……
何か直接自分たちに
いいことがあるわけでもない

そもそも
それなのに全力で走って
競走するのが
馬鹿というものであろう。

基本的に馬は「恐怖」で
走らされている。

昨今のお馬さん擬人化世代には
厳しいお話であるが
それが偽りのない競馬の真実。
逆に馬があんな重い人間を乗せて
よくわからないゴールに向かって
心臓がバクバクいいながら
全力で喜んで走ってるとしたら
とんでもない馬鹿であろう。
当たり前だが
大半の馬は
競馬なんか走りたくない。
出来れば働かないで
お金を稼ぎたい人間の大人と
同じである(笑)

だから
それをいかに人間が騙して
走らせるか?
それが競馬である。
ただ、物忘れが激しい馬
(母馬と仔馬を10日前後
離しておくだけで
親であることすら忘れる(笑))
でも
段々学習能力がついて

本気で走らなくても
いいんだ~
実はこの「恐怖」は単なる脅し
じゃん!
本気で走らんでも
自分たちには
なんの被害もないと
気付いてしまうのである。
そうなったら引退するしかない。

「賢い」馬は
ステイゴールドのように
全く本気で走らなくなるし
走った感だけだしてくるようになる。
これが「頭のいい」馬なのである。

競走馬の引退についても
エフフォーリアの記事
「競馬大学補講:
エフフォーリアに見る競争馬の加齢と引退」
2022年6月29日に
詳しく書いたが
馬は肉体的なピークより遙かに先に
メンタルで走らなくなるのである。
簡単にいうと
馬が「賢く」なってしまうのである。
放牧の目的は肉体的なケアも当然であるが
「いやな競馬を馬に忘れさせる」というのが
大きな目的でもある。

普通に考えてみても
これらは
当たり前のことであろう。
誰が何の利益もないのに
毎回馬鹿みたいに
本気で走るのであろう……
だからそもそも
馬は本気で走ってないし
メンタル的に力を抜く賢さを
持ってしまうと
厄介だということである。
それを皆で騙して
競走生活を長くするのである。


この今まで書いてきた
メンタルは
確実に馬体の善し悪しを超える。

どんなにフライトライン
のような素晴らしい馬体の
馬でも、
やる気ゼロなら走るわけが
ないからである。

そこで騎手にとって
いかに馬に本気を出させるか?
「馬を駆る」ということが
いかに本質的であるかが
おわかり頂けるであろう。

それと共に
日本の競馬が騎乗フォームばかり
気にする……ことがいかに
阿呆らしいことかも分かる。
無論重心にしっかり乗るとか
そういうのは当たり前で
競馬以前の話
馬に乗る人で重心を
合わせられなければ
馬に乗ること自体向いてない。
怪我をする。
そうではなく
いわゆる日本人が好きな
アメリカンスタイル
綺麗で動かない、
馬上で無駄な動きをしない、
空気抵抗を軽減させる……
等々を最重視するのは
馬ではなくて
バイクでの話であろう。

もし仮に毎回100%の力を
馬が何もしなくても
出してくれるなら
このアメリカンスタイルは
かなり正しい理論であるが
そもそも馬は走りたくない
やめようやめようとする生き物である。
特に欧州のような起伏の激しい
タイトルホルダーでも走るのが
いやになってしまう
タフなコースでは
いかに馬を励まし励まし
「駆る」か?勝負
その方が
綺麗なフォームで……云々より
遙かに大切なのである。

40%の出力の馬に
綺麗なフォームで乗り続けるより
汚い(そんなものがあるのか分からないが)
フォームで70%の出力を馬に出させた
方が当然ながら圧倒的に
パフォーマンスは上がる。
欧州競馬ではいかに馬を「駆れる」か勝負
なので、どうしてもアメリカ競馬よりは
オーバーアクションになる。
対するアメリカ競馬は
フラットなコース、非常に走りやすい
ある意味フェアなレース形態で
薬物、スパイク鉄等も使いながら(笑)
ガンガンスタートから飛ばす
最高速で走ることを
普段の調教から
教育されてるので
勝手に全力で走る。

こういう競馬においては
相対的に馬を「駆る」
必要性がなくなり
俗に言う
「アメリカンスタイル」で
綺麗に乗るというのも
頷ける部分がある。

ただ、アメリカ競馬の騎手を
見れば明らかだが
欧州の中堅騎手が来てもいきなり
リーディングになるくらい
技術の差は明々白々である。
アメリカの騎手は基本
走ることを調教された馬を
邪魔しないで
乗ればいいだけなのである。

これは日本の地方競馬と
中央競馬の騎手にも言える
最近は地方競馬から素晴らしい
騎手がでていないが
私は基本的には地方競馬の
騎手の方が馬を動かせるという
意味で上手いと思う。
無論欧州から来てる騎手は除くが。
アンカツさん、岩田騎手、内田騎手
戸崎騎手……
皆、中央競馬で直ぐにトップになった。
おそらく時代は違えど
桑島騎手や石崎騎手、田中騎手……
今でも吉原騎手、御神本騎手……
誰がその当時の中央競馬に移籍しても
通用していたし
今でも通用するであろう。

地方競馬の馬というのは
特に昔は
重いダートで
いろいろ怪我と疲労を抱えており
それこそ「走りたくない」
気持ちが強い。
黙ってたら、疲れてて止まるし
馬も走らなくていいことを知っている。
そういう馬を鼓舞し、先行させ
動かすために
騎手に要求される
馬を動かす技術というのがあり
地方の騎手はそれをずっと
中央競馬の騎手より数を乗りながら
鍛えているのである。
毎日毎日そのトレーニングをしている
のだから
それは差が出るであろう……という
ことである。


日本の競馬を長年見てきて
この欧州では当たり前の
馬を動かすという
技術や方法論が蔑ろにされてきた
感はある。
全力で走ってる馬を効率よく
走らせるためには
綺麗に乗った方がいい、
これは当たり前だが
そもそも馬は全力で走らないのである。
そして1番本質的なことは
いかに馬に力を出させられるか
走らせることができるか、なのである。
それができるのが現代競馬で言えば
ライアンムーアなのである。

皆さん……
お気づきかと思うが
この記事は「パドックのススメ」では
なかったのか……😅
雑談が過ぎた

ただ初学者の方に絶対知っておいて
欲しいのは
馬はそもそも本気で走る気なんかないし
なんなら人間を舐めてきて
できることなら手抜きをしたいと
いうことである。
ある意味人間に似ていて
共感を覚えるが(笑)
なんのメリットもないのに
全力で走るやつがいたら
それこそ馬鹿なのである。

これが無駄な雑談ではないないのは
パドックで診るのは
馬体や筋肉だけではないと
いうことである。

メンタル面
実は馬の表情もすごく大切である。
もちろん
表情にでやすい馬でにくい馬がいて
引退してしまったが
有名どころで1番分かりやすいのは
タイトルホルダー
最後の有馬記念はやる気に満ちあふれて
るし、天皇賞春はまったく
やる気がなく、凱旋門賞は心が途中で折れた
全てが表情にでる馬で
私はこの馬の取捨は全て成功したと思う。
それくらい馬の表情は大切で
それがわかる馬を見つけると
結構な武器になる。
これは人間でも当てはまる
私のような仕事を何十年もしていると
何度かあったことがある人ならば
その人の表情で体調とか悪い部分が
なんとなく分かるものである。
これは職業病みたいなもので
そういう風に人を見てしまう、
というのもある。
おそらく皆さんも格闘技やスポーツ
選手の表情から、色々読み取れるものが
あると思う。馬も全く同じである。

ある馬が急に激走したら
色々な原因が考えられる
八百長とか(笑)
ただ、結構表情がいつもと違ったり
何かが違うものである。
そういうものが見つかれば
その馬の馬券的に取捨に大きく
役に立つであろう。

ここまでメンタルは大事だと
いう話を長々書いたが
ここからは普通のパドックの
お話である。

まず
言葉の定義をしておきたい。
パドックには
「横の比較」
「縦の比較」なるものがある。
「横の比較」はそのレースの
出走馬どうしで、馬体の良し悪し
を比較するモノで
「縦の比較」は
ある馬一頭の状態の良し悪しを
以前の状態と比較するものである。

この使い分け
バランスが非常に大切だと
私は思っている。
そしてこれらが
馬券の的中不的中に大きな
影響を及ぼす
つまりパドックは診ても
無駄ではないことをここで
強く強調しておきたい。
「パドックのススメ」という
記事なので当たり前であるが。

実はこの記事を書く前に
ネットで色々検索をかけてみてみた
「パドック分からない」
「パドック診るだけ無駄」
みたいな
私と真逆の人生を生きる方々の
言説である。

その中で
生ける伝説武豊が園田競馬で
馬券を買うみたいな番組で
「パドックは診ないですね
診ても分からないので」
という発言があった。
これをもって
あの武豊がパドックを診ても
分からないんだから
パドックを診ても無駄
素人にわかるはずはない
みたいな意見を言われてる
プロ、素人の方々がいるが
それは大きな間違いである。

それは
武豊が「パドックを分からない」
と言ったのは
普段から園田競馬の馬を診てるわけでも
過去のその園田の馬の
パドックや状態を確認して
来たわけでもないので
「縦の比較」が全く出来ないので
診ても意味がないから、
過去の成績で予想するということ
である。

もし武豊が
園田のそのレースの
出走馬の状態を全て知っていたら
今日はどんな状態なのか?を
必ず確認するはずである。
パドックを見に行くに
決まっている。
実際
自分の乗る馬は
状態の善し悪しは
分かると武豊は言っていたし
それは当たり前であろう。

足の運びが
今日はおかしいとか、
なんか
やる気無いなあ
いつもに比べてとか
それが分からない人は
武豊をあげるまでもなく
プロの騎手として
いるわけがない。
それによって
騎乗作戦も変える
からである。

これから走る馬の
状態把握は
非常に大切で
私は逆にこれをしなくて
よく馬券を買えるな……
と思うくらいである。

ただ
私も海外の競馬場にいって
急に馬を診たら
縦の比較ができないので
この馬は入れ込んでても走るのか
寝ぼけていても走るのか
????だらけで
しかも
競馬は条件を揃えて走るので
そもそも同じくらいの力の馬が走るので
パドックにおいて「横の比較」を
そういう未知だらけの
レースに持ち込んでも難しい。

日本の競馬であれば
馬柱というものがあって
武豊の予想のように過去の
レースを遡れるが……
今、現在どうなってるかは知らないが
私が世界中の競馬を現地で
楽しんでいた時代は
競馬新聞と言っても
レープロみたいなものしかなく
当然走ってる条件
ペース、当日の馬場によって
欧州競馬は特に
勝ち時計等
激変するので
全く当てにならないのである。
そこで、仕方なく横の比較や
この馬場、コースを走る傾向の
ある馬はどういう特徴があるのか
そういう半強制的
「横の比較」に頼らざるを得ないの
であるが……

(まあ……ただ本題とは離れるが
欧州トップジョッキーはかなり
信頼出来るので
その辺を頼りに買う戦略もあるとは
思うが……。)

日本の競馬に話を戻そう
私は基本的に
条件戦、特に古馬では
もっぱら
「縦の比較」を使っている
これらのレースに参戦することが
レース数から言っても多いので
基本「縦の比較」で
この馬はこのくらいの状態ならば
このくらいのパフォーマンスをする
というのを把握しておく

ああそうだ……
よく勘違いされるのだが
私が無数にあらゆる馬の縦の比較が
できるくらい
記憶力があるわけでも
しっかり覚えているわけでもない。
普通の人よりはかなり
頭に入ってる頭数は
多いとは思うし
馬体に関する記憶力も
人よりある方だろうと思うが
全部は到底無理である。

だから当然
全てのレースなんて
馬券は買わないし
noteにもしない。
しっかり過去の状態を知らなければ
こういう条件戦では
それこそ診ても
無駄だからである。

私は趣味でnoteで
予想をあげているが
そのレース、条件戦では
特にだが
全ての馬の過去の
パドック状態がわかる
つまり私が詳しい馬が多数出走してる
レースを選んで馬券を買っているので
ある。そりゃ当るだろうという😅
厳しく言われれば
その通りであるが
知らない馬がいるレースを買うと
敗因も分からないし
何故外れたのかもわからないのである。
だからよく知ってる馬が多いレース
これが1番のnoteにする
つまり馬券を買う
1番の選定理由である。

ただ……ただである
パドックを診ていて
したくもないのに
明らかに「横の比較」
で馬体が抜けて
しまっている馬がいる
そういう時もnoteにするし
記事に書く。
無論条件を揃えて走る条件戦では
珍しいことだが
長期休養明けだったり
転入馬だったりする場合には
こういうことが起こる。

ちょっと話はまた逸れるが
最近はnoteに
時々馬体はいいけど
まだ走ってない馬を挙げて
おくことはある。
これは読者への未来の
プレゼントみたいなものである☆
noteでレースを選ぶ際も
過去の注目馬みたいなものは
なるべく被らないように……
という配慮を少しはしている。
ただ……どうしても
馬券を取りたくなって(笑)
同じ馬を前回同様noteしたときは
それ相応の自信があると
思って頂いて構わない。

競馬
パドックの基本は
「縦の比較」である
その馬のいいパフォーマンスを
したとき
どういうパドック状態だったか?
それをしっかり診るだけで
かなりパドックはあてに
なるものだということが
分かると思う。
2023年凱旋門賞で
エースインパクトが
ジェラルディーナのように
パドックで暴れまくっていて
グリーンチャンネル解説陣が
不安だ不安だ……と言っていたが

私は即座にXでポストしたように
あれが絶好調のエースインパクトで
……これはデビューから
パドックを診ていれば
当たり前で……
大人しい時ほど走らない。
私の中では
これは超有名事実だと
思っていたが
日本の解説者はそれですら
確認してないらしい😭
そして圧倒的なパフォーマンスで
凱旋門賞を勝った。
極めて当たり前だが。

こういうように
馬一頭一頭に個性があって
一概にこう、この状態が
いいとは言えないのが競馬
なのである。
ダノンベルーガなんて
毎回足を引きずっていて
初めて見た人なら
いつも消しである(笑)
ただ、それでも走るのである。
不思議なことに。
もし……あのトモの問題が解決
出来たら
ダノンベルーガはG1を何勝も
する馬だと思う。
普通あれは致命傷である。
おそらく八割くらいしか
力を出せていない。
それであれだけ走るんだから
種牡馬として成功する可能性は
十分ある。

最初は自分の好きな馬だけでいい
毎回パドックを診て
どういう状態の時に
いい走りができるのか?
それを考察するだけでも
かなりの競馬力はつく。

さて
「縦の比較」の話ばかりを
書いたが
「横の比較」はどういう時に
使うか?
それは主に新馬戦、2歳戦である。
以前私は横の比較を
新馬戦等で、馬体の良し悪しで
やっていたが
これが間違えていたことが昨年で
改めて、であるが
はっきりした。
キャリアの浅い馬で何を
横の比較をすればいいかというと……
それは仕上り、馬体の完成度である。
これに尽きるし
2歳戦はこの見方に変えてから
読者の皆さんに
私が1番得意なのは二歳重賞だと
言われるまでになってしまった😅
ずっと書いてきた
ジャンタルマンタルとか
あの完成度は古馬だし、チートである。
でもそういう馬を素直に狙って
いけばいいのである。

では
何故この2歳戦で「横の比較」が
うまくいくのか?
それは
例えば新馬戦でいうと
将来OP馬になる馬も
未勝利になる馬も
一緒に走るのである。
二歳重賞も似たようなものである。
これは
はっきり横の比較として差が
出やすいのである。
条件戦みたいに
ずっと1勝だけした同士で
闘うと……それは
横の比較の差が出ない。
だから条件戦では
「縦の比較」をすべきだし
本当は出走馬全てにそれが
出来ないようでは
馬券は大きく買わない方が
いいと私は思う。

もう
8000字を超えてしまったので
講義で言えば居眠り学生が
沢山出ている頃だろう……
この辺で終わりにするが
最近お休み中の「競馬大学」だが
そのうちしっかりまた書いて
行こうと思う。
どういう骨格にはどういう筋肉が
いいとは
走るフォームによって
何処をパドックで確認すべきだとか
そういう内容を次は書こうと
思っている。

最後に
競馬は本当に楽しみの宝石箱で
いろいろな楽しみ方ができる。
データ予想だったり
血統予想だったり
騎手の細かい技術論だったり
そして私が薦めるパドックで
あったり
そういう諸々のアプローチをして
……その結果が
数十分以内に出てしまうというのも
なんだか
残酷であり、哲学的で
非常に面白い。

パドックをしっかり診て
一頭一頭の個性を楽しんでもらえれば
私はこれにまさる喜びはない。

私が小さい頃、よく
おじさんが言っていた……

シンザンは
他の馬より重すぎる蹄鉄を
履いているから
今回は消しだと

生涯19戦
一度も連を外さなかった
シンザン……

おじさんの馬券がどうなったかは
想像に難くない
シンザンはあの蹄鉄で走るという
個性なのである。



(終わり)

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